第8話

11時。

蒼が自宅に帰ると、芽依が玄関に出迎えて泣きながら彼に飛びついた。

母親に聞くと、誰かに連れ去られてしまったのではないかと、昨夜から泣きわめくことがあったという。


彼女の背中をさすりながらもう大丈夫だと伝えると、また出かける時は一緒に行きたいと甘えてきた。


蒼はある事を思い立ち、芽依にこれから買い物に行かないかと尋ねると速攻で行くと返答した。彼女は着替えてくるから、蒼も支度しておいてと上機嫌で部屋に入っていった。


1時間ほど経ち2人は渋谷に到着して、複合施設のあるビルに入り、何軒かフロアのファッションコーナーに立ち寄った。


とあるブランドショップの前にとまり、蒼が服を手に取ってみていると、店員が声をかけてきた。


「そのニットとロングスカート、今日入ってきたんです。プレゼントですか?」

「これ、男性でも着れますか?」

「ああ…確認してきますのでお待ちください」


店員はやや不審げな表情をして、他の店員に伝えていくとまた戻ってきた。

「よければ試着、してみます?」

「はい。お願いします。芽依ちゃん一緒に来て」

「うん」


試着室に入りカーテンを閉めようした時、他の客も彼の方を見ていた。着替えてカーテンを開けると、芽依が目を輝かせて笑顔で見ていた。


「どう、ですかね?」

「ええ、お似合いですよ。今年ゆったりしたサイズのコーデが人気あるんで、身体に余裕があると思いますね。色違いのも持ってきますか?」

「はい」

「兄ちゃん、良いじゃん。なんか芽依も欲しくなってきた」


2人はそれぞれ服を選びながら試着をして、店員が勧めてくれた服を買うことにした。

その後靴やバッグなどを見てはお揃いのものを買い、終始笑顔で満足感に浸っていた。


「芽依ちゃん、荷物持つか?」

「大丈夫、自分で持ってる」


駅のホームで電車を待ちながら、次にいつまたメイクをしようか話をしていた。

再び自宅に帰ると母親が買い過ぎだと指摘してきたが、2人はとにかく楽しくて心がおどっていた。


それから1ヶ月が経ち、僕は蒼を誘い、休日に会う事にした。代々木八幡駅から10分ほど歩いた所にある"lawn"というカフェレストランで夕食を取ることにした。


先に店内で待っていると、ドアを開く音が聞こえたので、目を向くといつもと違う蒼の姿に周りの客も釘付けになって彼を見ていた。


モノクロのグラデーションニットにタイト系の黒のロングスカートにブーツをまとい、ブラウン色のウィッグをかぶりナチュラルなメイクもしていた。


僕は唖然として彼を眺めていた。


「結構、決めてきたね」

「似合ってる?」

「ああ。雰囲気が変わって驚いた。別人みたい」

「ここディナーが美味しいって聞いたから選んだんだ。注文しようよ」


声色まで女性のような振る舞いをする彼に僕はなんて言えばいいのか、またもやうろたえそうになっていた。


「そんなに見つめないで。こっちが照れるよ」

「芽依ちゃんがメイクしてくれた?」

「今日は自分でしてきた。あの子から教えてくれて、最近になってやっと1人でできるようになった。女の人って凄いよね」


「そうだな、あはは…」


食前のワインで渇いた喉を潤しながら、ごまかし笑いをした。

僕はあまり彼の顔を見る事ができずに出された品を飲み込むように食べていき、時々噛み砕いた食べ物が喉の気管に入り込んで咳き込むと、蒼が大丈夫かと心配しながら声をかけてくれた。


ワインで程よく酔っていくと、彼を見つめながらその瞳に目線を追って生唾なまつばを飲んだ。


だいぶ身体もほてってきた。


何を気にしているのかわからないが、店内に居座っている間は、ずっと彼の事が気になって仕方がなかった。

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