第7話
お互いに立ち止まったまま背中にもたれる蒼の重心を感じながら、僕は言葉を探しながら頭の中で整理していた。
すると、蒼は僕の首元に唇で触れてきた。
思わずびくりと身体がうずき、彼と顔が向かい合わせになった。
見つめられてくる瞳の奥が覗かれそうで次第に顔に火照りが出てきた。蒼は僕の片手を握りしめて、キスがしたいと言ってきた。目線を逸らし馬鹿なことを言うなと返事すると、彼は目を潤ませて眉をしかめてきた。
「そんなに、嫌?」
正直逃げたい思いでどう身体から離れようかと考えていたが、蒼は目を見てくれとせがんできた。
彼が僕の頬に両手で覆い、数秒だけ唇に触れさせてくれと告げてきた。
「今日だけだ」
そう言うと、蒼はすぐさま僕にキスをしてきた。身体を押し寄せて靴箱に背中が当たり、彼の舌が僕の舌を絡めてきたので、止めてくれと言い身体を離した。
「いくらなんでもやり過ぎだ。…もう、納得しただろう」
僕は靴を脱ぎリビングのソファにコートをかけて、台所で水をグラスに注いで一気飲みした。
「嫌なら突き放すか殴ればいいのに」
「できるかよ」
「どうして?」
「顔が綺麗だから…だから、傷つける事までする必要ないだろう。とにかく部屋に上がれ。布団、敷いておくから、ここにかけて待っていろ」
キスをされた感覚が唇に残っているのか、動揺が止まらない。
蒼の顔を見ずに隣の部屋から布団を取り出してきて、ベッドの横に敷いた。
彼もまた靴を脱ぎ向きを整えて部屋に入り、ソファに座った。部屋着を渡すと彼は受け取り、脱衣所を貸してくれと言ってきたので案内すると無言のまま中に入っていった。
その間に僕も着替えを済ませて、先にベッドの中に入って横向きになった。
脱衣所から出てきた蒼は既に横になっている僕を見ながら、畳んだ服を布団の横に置き、中に入って反対向きに横になった。
1時間ほどが経ったのか、僕は気がつくと眠っていた。目が覚めて後ろを向くと、蒼も既に寝ていた。部屋の冷たい空気が漂う中、トイレに行き用を足して戻ってくると、足音に気づいたのか、彼が目を覚ましていた。
「眠れない?」
「振り向いたらいないから、目が覚めたんだ」
「明日は休みか?」
「休暇取った」
「俺、午後から出勤だから少しは長く寝れそうだ。もう寝よう」
「芹沢さん」
「何?」
「明日話したいことがある。出勤前に聞いてくれるか?」
「ああ」
彼は少し微笑んで布団の中に入った。その後僕も眠りについた。
翌朝、先に蒼は起きて朝食の支度をしていた。泊めてくれた礼として僕にご飯を作りたかったと話して、用意ができるとテーブルに座った。
斜めに半分切ったトーストとソーセージに目玉焼き。シンプルだけど正直嬉しかった。
「昨日言っていた話したい事って?」
「どこから言えばいいか言いづらいな…」
「話せない事?」
「いや、ここまで来たら言うしかないな」
蒼は少し俯いて膝についた手を握り、僕の方を見た。
「僕、女になる」
「…はい?」
「つまりその…女性の格好をして街を歩きたいんだ」
「女装が、趣味だってこと?」
「趣味じゃない。スーツとか男性もの服を着ていると、身体が落ち着かなくて神経がピリピリしてくるんだ」
「その格好がしたいってさ…いわゆる、性の違いってやつ?」
「それに近いかな。僕は男性が好きだしさ」
冷静に彼の話を聞いていた。中学生の頃から女装に興味を示して、気がついた時には男が好きになっていたという。特に大きな驚きはなかったが、やはり今の好きな相手は僕だと言う。
その点についてはどう丁重に断る対応をした方がいいか戸惑いは募るばかりだった。
好きだというのは分かるが、性の対象として異性のように愛してみたいと示しているので、その辺りを受け入れるには時間が必要だと考えていた。
ただ僕は彼の事が嫌いにはなれないと、胸の奥で響く鼓動に触れてみたい。
そう密かに思っていたのだった。
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