第5話
蒼に告白されてから1ヶ月近くが経ったある日、ある人物から電話がかかってきた。
芽依だった。蒼が元気がないから何かあったのかと問われた。
「仕事には行けているの?」
「うん。仕事は行ってる。だけど家にいる時は、部屋に引きこもっている」
「何かで悩んでいるとかあるかな?」
「うーん…兄ちゃんにしか分からない」
「そうだよね。」
彼にしか分からない、そりゃそうかもしれないが、芽依だって何かしら彼の行動をみているはずだ。ひとまずは蒼本人からの返事を待つしかないな。
僕は電話を切り、パソコンを開いて同性愛者について何項目か調べてみた。
男性が男性を愛するという事は異性へと感情を抱く事と変わりはないと、記事を目にする事が多い。ただ日本では同性婚が認められていないので、高齢の同性愛者の生活まで先の事を考えると、現状は一向に厳しいという。
たしかに生活保護者になるにしても、高齢化が進んでいる事だし、彼らの未来が視野が狭くなってしまうのはなんだか勿体無い気がするな。
友達や仲間になれたとしても、いつまでも一緒にはいられなくなってしまう。蒼もその1人という事だ。家族にも言えないなんて、僕には何をしてあげればいいのだろうか。
一方その頃、蒼は自宅の部屋で1人ベッドに寝転がりながらゲームに夢中になっていた。芽依は蒼の事が気になり、部屋のドアの前で立ちすくんでいた。
「兄ちゃん」
「…」
「…うぅ。兄ちゃん!出てきて!」
「…どうした?」
「芹沢さんに何で電話しないの?」
「向こうも仕事で忙しいんだ。あまり会うのも失礼だし」
「さっき電話来てたよ。兄ちゃんに会いたいって」
「そうか…。あとで僕からも連絡しておくよ」
「あぁ、待って!この間言ってたこと、何?」
「中に、入ってきて」
芽依は蒼の部屋に入り、床にしゃがみ込んで座った。蒼は目を泳がせながら、何か言いたそうな表情をしていた。
「お願いがあるんだ」
「何?」
「僕に、メイクの仕方を教えてくれないか?」
芽依は目が点になりしばらく黙り込んだ。
「兄ちゃん、プロのメイクの人になりたいの?」
「違う。…男がメイクをしたらおかしいか?」
「いいや。顔が良いから意外にメイクしやすいかも」
「芽依の使っている、メイク道具でもいいんだ。今、僕にメイクしてくれないか?」
「…とりあえずやってみる。お母さん来たらどうする?」
「練習だって言えばいい」
蒼は芽依の部屋に移り、化粧台の椅子に座って鏡を見ながら芽依に話しかけていた。
芽依は本棚からいくつか雑誌を取り出して、唇をムの字のように食いしばりながら蒼に似合いそうなメイキャップを見て、メイク道具を机の上に広げて置いていった。
蒼の前髪をクリップで留めて顔全体を保湿水で整えて、化粧下地、ファンデーション、フェイスパウダー、ビューラー、マスカラ、アイブロウ、アイシャドウなど、ひと通りのメイクをして、唇にリップとグロスを軽い程度につけると、芽依は笑顔で蒼に声をかけた。
「…できた。どうかな?」
「なんか…自分じゃないみたいだ。芽依、お前凄いな。ちゃんと綺麗に仕上がっている」
「兄ちゃん、やっぱり顔が良いからメイクしやすかった。少しエラが張っているから、シャドーも入れてみたんだよ。」
蒼は芽依の手際の良さに驚いたのと同時に、もう1人の自分が映し出されている姿に見惚れていた。
芽依はボブの長さのあるウィッグがあるから付けてみようと言うと、頭の上からかぶせてみた。
「わぁ…綺麗。兄ちゃんじゃないみたい」
蒼もますます気持ちが昂ぶり、芽依と一緒に喜んでいた。
「なぁ、芽依。僕、これ自分でも出来そうかな?」
「うん、絶対出来る。メイクする分、よく顔が引き立つよね…あっ、もうお父さんも帰ってくるよ。早くメイク落とさなきゃ」
「メイク落とし貸して」
2人は慌てながらもどこか楽しげになり、両親には内緒という事でまた芽依からメイクを教わることにして習得しようと考えていた。
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