第4話
数時間僕と蒼、そして芽依はお互いの話をしているうちに、夕方の時間が近くなり、2人はそろそろ帰ると言ってきたので、また別の日に会って話そうと告げてきた。
駅の改札口付近で別れる際に芽依がお辞儀をして手を振ってきたので、僕も手を振り返した。
自宅の最寄り駅に着き、夕飯の買い出しにスーパーへ立ち寄った。手に取りながら食材を眺めていると、あの2人に会ったせいなのか、僕も実家に連絡を取りたいと考えた。
家に着き、夕飯の支度をしていると、タイミングよく母親から電話が来た。
家族は埼玉に住んでいることもあり、年に1、2回くらいしか顔を合わせない。
「親父、仕事まだ続けているの?」
「ええ。定年まであと6年はあるし、病気で死なない限りはバリバリ働くって張り切っているわよ。
「それなりにやってる。後輩がいる分、色々教える事もあるかな。」
「そうだ。加奈さん元気?」
「別れた」
「どうして?」
「向こうに好きな人できたって。」
「あんたもしっかりしないから他の人のところに行ったのよ。お父さん会いたがっていたのにね」
「あの親父が…」
「また何かあったら連絡して。加奈さんの話も今度詳しく聞かせて。私達もこれからご飯なの。じゃあ電話切るね」
あっという間の5分間の会話だった。
母は相変わらず
味噌汁の入った鍋が沸騰しそうだったので慌ててコンロの火を止めた。
しまった。冷凍庫から魚を出していなかった。
色々考え事をしているうちにすっかり忘れていた。とりあえず出して焼いて待つしかない。
20分ほどしてからようやくテーブルに品物が並んだ。軽く魚を焦がしてしまったが、他の惣菜とともに合わせて食べていこう。
「いただきます」
一人暮らしも長いと流石に料理などの家事には手早くできるようになった。焦げた部分の魚の味も悪くはない。
加奈が出入りしていた頃はたまにご飯を作ってくれていたものだった。
今じゃ上階に住む人の足音がよく聞こえるくらい静寂で冷たさの漂う空間に、何の気もなしにただ居座って飯をかき込む独身の男が1人いるだけ。
悲しくなんかない。逆に失恋、いやギスギスした愛がひとつ失っただけで歯切れよく吹っ切れたものだ。そう、悲しくなんかない…。
箸が止まり、口の中に含む白飯を噛み砕きながら、僕は自然と溢れてくる涙を止めることができなかった。
ビールを缶のまま喉に流し込んで気を紛らわした。これくらいの事で泣いていたら周囲に馬鹿にされる。
次に進むには、誰を愛せればいいのだろうか。
2週間後の昼食時に、蒼からメールが来た。
2人で会いたいか。芽依は来ないようだ。待ち合わせ場所は彼の勤務する会社がある大手町か。
18時。東京駅に近い場所にある創作居酒屋に入って個室に案内されると先に蒼が来ていた。
寄せ鍋が美味いというらしく、早速いくつか注文をして、ビールで乾杯をした。
彼はひたすら物を食べてあまり喋ろうとしなかった。僕もちょうど良く煮えた寄せ鍋の具をすくい、取り皿に入れて食べると美味いと笑みが溢れた。彼も微笑んでくれた。
「芹沢さん、正直そうでなんか居心地がいい」
「そう?あまり言われた事ないな」
「どうやら、芹沢さんの事が好きになったのかもしれない」
「えっ?」
ビールを飲もうとした時に、思わず彼の口から出た言葉に反応して手が止まった。
「好きというのは…つまり、そういう対象で見ているって事?」
「はい。会ってまだ日が浅いのに、ずっと気になっていて…」
「ひとつ聞いていいか?」
「芽依のこと?」
「ああ。芽依ちゃんがそれを知ったら、どう答えるか考えている?」
「その前に芹沢さんの返事が聞きたい。僕のこと…好きになれる?」
「俺は、女性が対象なんだよ。だから、悪いけど…そういう相手にはなれないかな」
蒼は目線を下を向き、少し寂しそうな表情をしていた。
男に告白されるなど想像もできなかったので、僕としても何とも言えず胸の中を掻きむしるような気になっていた。
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