第3話

明朝4時。ベランダの手すりにカラスがとまってダミ声で鳴いているのに気づいて目が覚めた。


再び布団をかぶりうずくまるように眠ろうとしたが、これが寝付けれない。

上体を起こしてしばらくぼんやりとしているとある事に気づいた。


成澤という男性に連絡をしていなかった。


スマートフォンを開き、週末に会えるかメールをした。

顔と歯を洗い終わり、軽く朝食も済ませて支度した後、いつもより1時間ほど早く家を出た。


会社寄りの1駅前に下車し、コーヒーショップへ立ち寄った。こんな時間から悠長な気分に浸るなんてほとんどない。

カウンター席に座りブレンドコーヒーをゆっくりと啜り、窓の外の行き交う人を眺めていた。


スマートフォンに着信が来た。

成澤というあの男性からだ。


土曜日なら時間が空いているので会おうと返事が記されていた。待ち合わせの場所を決めないとな。それにしてもなぜ彼は承諾してくれたのだろう。


本来なら断るはずだが、相手も何か聞きたいことでもあるのだろうか。そうこうしているうちに出勤時間が迫ってきたので、店を出て会社に向かった。


数日後の土曜日、とりあえず待ち合わせ場所を新宿駅南口にした。13時。改札口から数えんばかりの人混みの中からあの男性が現れた。

隣にはもう1人小柄な女性が一緒にいた。


「時間ギリギリになってすみません。」

「いえ。こちらこそ今日はありがとうございます。あの、そちらの方は?」

「僕の妹です。ほら、挨拶して」

「芽依。芽依と言います」

「芹沢と言います。」


芽依と名乗る女性は大きな声で挨拶をした後、どこか挙動不審な表情をしていて僕を見ようとしなかった。


「この子人見知りするんです。あまり気にしないでください」

「近くにカフェがあるんですが、妹さん大丈夫そうかな?」

「ええ。とりあえず行きましょう」


横断歩道を渡り、2つ先の路地から奥に入った所のカフェに入った。注文をした後、お互いに自己紹介がてら挨拶をした。


「今、実家暮らしなんですが、親が出かけていて、妹1人にできないので一緒に連れてきました」

「芽依…ちゃんって呼んでいいかな?」

「いいよ。兄ちゃん、あたし芽依ちゃんになった」

「うん。いつもみんなが言ってくれているよね」

「あの…失礼ですが、芽依ちゃん何かありましたか?」

「いつもこんな感じですよ。この子、発達障がいを持っているんです」

「兄ちゃん、障がいじゃない。魔法を使えるんだよ」

「そうだ、そうだな。」

「魔法?」

「みんなを幸せにすることができるんだよ」

「へぇ、凄いなぁ」


「芽依?どうした?」

「トイレ行きたい」

「階段のすぐ隣にある。行っておいで」


芽依は蒼の言う通り1人で席を立った。


「…わけのわからないことばかり言ってすみません」

「芽依ちゃん、いつから障がいに?」

「小学校に入学してから異変に気づきました。見た目でお分かりでしょうが、あの子は僕より7歳年上なんです。だから本当は姉なんです。」

「発達障がいって種類がありますよね?」

「彼女はアスペルガー症候群です。物事のこだわりが強いんです。だから、今日出かけるという話をしたら、自分もついてきたいとせがんだんです。1人で来たかったのが本音です」

「こういう人の多い場所に来る事には苦手としないんですか?」

「両親はできるだけ実家付近の静かな所にいるようにと言いつけていますが、珍しく今日は僕についてきました」


そう話しているうちに芽依が戻ってくるのが遅いので蒼がトイレに見にいくと、ドアの隅に隠れていた。

何をしていたのかと尋ねると1人で遊んでいたと返答した。


続けて話を聞いていくと芽依は普段は洋服が好きでファッション雑誌を見ては、時々両親や蒼に服を買ってもらっているという。

今日のコーディネートも自分で決めたとらしい。


見た目だけでは、どこにでもいる35歳の女性。

ただ話すと幼稚園児のような素振りを見せるという人だった。


それでも僕は先日自殺を図ろうとした自分がまるで彼女から魔法をかけられたかのように、その事はすっかり頭から抜けていたのだった。

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