第2話
翌週。いつも通りに会社に出勤してデスクに座ると、向かいに座っている同僚が僕の顔を見てきた。
「なぁ、顔色悪いぞ。何かあった?」
「いや。ないよ。どうした?」
「ああ、いや。そうだ、加奈さん昨日家に来てさ。いつもよりワインをガブ飲みしていたから、何かあったのかなって」
「何も聞いてない。そうか、あいつそんなに…」
「喧嘩した?」
「してないよ」
こいつもしつこいな。
今ここで別れたんだよなんて言えるわけがないだろう。
そうしている間にミーティングも終わり、デスクに戻るとスマートフォンにメールが届いていた。
実家の母だった。入籍の件で元カノの加奈を家に連れてきてほしいとの事だというが、こちらとしては、何を今更と言いがかりをしたいくらい反発心が湧いた。
仕事が忙しいので後日返信すると返した。
加奈は両親にそれなりに気に入れられいたが、本性は知らない。別れ際に吐いたあの言葉を知ったら、きっと白目を向くに違いない。しばらくは黙っていよう。
退勤して会社の外に出ると、近くのビルからも溢れるように、人々が駅に向かって歩いていた。
構内の改札口を通ろうとした時、先日の出来事を思い出した。
19時50分。あの駅まで行く距離を考えるとあの時間に着ける。何を思い立ったかわからないが、先日助けてくれた男性に会いたいと考えた。
改札口を抜けて帰り道とは違うあの駅へ繋がる方のホームに駆けて行き、電車に乗った。
中央総武線の市川駅。車両の上の線路図を眺めていると、降り立った駅名がフォーカスした。
やがて目的のその駅に着き、下車してしばらくホームの壁沿いに立っていた。もし男性がここが帰宅路ならまた会えるはず。
20時半。改札の方に目を向けると、まばらに人が入ってきた。その中にあの男性の姿を見つけた。その人に向かって歩いていくと、男性が立ち止まった。
「もしかして、先日飛び込もうとした人ですか?」
「挨拶に来ました。その節は迷惑をかけてすみませんでした」
「わざわざ来たんですか?」
「ええ。ここに来たら会えるかと思いまして」
何かを疑っているのか、男性はコートに手を入れたまま僕の顔を見てあまり近づこうとしてこない。
「あの、僕に名刺を渡してくれましたよね?」
「そうでしたっけ?」
「これ…成澤さんの名刺ですよね?」
「…ああ。そうか、あの時身分証がなかったから、代わりに出したんだ。何であなたが持っているんですか?」
「それは、そちらから差し出されたんで…あなたも酔っていたでしょう。要らないと断りましたが、受け取れって言われたんで頂きました」
「そうでしたか…」
ホームに電車が入ってきた。しかし男性は電車に乗ろうとしなかった。
「…電車、大丈夫ですか?」
「えぇ。まだ時間はありますし。そちらは?」
「そろそろ帰ろうかと思う。あの…良かったら僕の名刺も渡してもいいですか?」
「まぁ…良いですよ」
「芹沢と言います。…成澤さんと呼んでもいいですか?」
「はい」
「連絡先のアドレス、これなんですね。」
「もしかして登録する気ですか?」
「ダメ、ですか?」
「僕ら、ほぼ初対面ですし…いきなりはいかがかと思いますが…」
「じゃあ、週末。週末に改めてお会いしませんか?」
「一応仕事があるので、会えるかどうかは何とも言えないです」
「わかりました。近くなったら僕から連絡します。それでもいいですか?」
「ええ。いいですよ」
「では、帰ります。お時間取らせてすみません。」
成澤という男性は会釈をして、次に来た電車に乗って帰って行った。僕も反対側のホームに行きちょうど来た電車に乗った。
自宅に着いて、ソファに座り込み、名刺を眺めていた。
改めて気づいたが、先程の会話がどこか中高生や大学生の女子がまるで片思いをしている相手に対して話しかけたようなものだった。
我に返るとほぼ失礼な態度を示したような感じがしたな。
だから、男性も
勤務先は広告代理店か。あまり聞いたことのない社名だな。
週末に会いましょうだなんて、僕も白々しい。とりあえず数日経ったら連絡してみるか。
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