第15話

「また雑魚狩りかね」


 荷台に目を向けて、マーマインは言った。


 手入れされた蒼い髪に、濁った青い瞳。腐敗の匂いを纏う、いかにもトンプソンエリアの騎士然としている女だ。


 ラクーシャが気をつけろといったのも頷ける。誰がどうみても、治安維持の役目を果たす者ではない。


「治安維持のため、暴徒を引き取ったのですよ」


「エレナ・トンプソン君が始末したのではないと」


 マーマインはトンプソンを強調して名前を呼ぶ。嫌みな女だが、こうしてトンプソンを強調して呼ぶ騎士は多い。


「ええ。駆けつけた頃には気絶させられていました」


「噂を払拭するためかね? 善行に必死だな」


 気絶した女たちを見下した目線を向ける。


「だが、気絶した暴徒を受け取るだけで点数が稼げるのだ。トンプソン出身らしい、姑息で悪くない行動だ」


「お褒めいただき光栄です」


 エレナが真面目ぶった顔で敬礼してみせると、マーマインは眉間に眉をひそめて、舌打ちをする。


「さっさと騎士団長に報告してきてはどうだ。点数稼ぎにな」


 よほど挑発に乗って欲しいらしいが、挑発が安すぎる。トンプソンの名に劣等感を抱いていればこれでも怒りを抱くのかもしれない。


「は」


 エレナは背筋をことさら伸ばすと、挑発しているはずのマーマインが額に青筋を浮かべていた。


 ――あまり煽るような真似はやめておこう。


 とはいえ、挑発に対して丁寧な態度で返答しているだけなのだが。


「それでは失礼いたします」


「ふん、騎士団長なんぞに媚びを売りよって」……」


 マーマインはぶつくさと不満げな言葉を漏らしながら、去って行く。


「あれは違うだろうな」


 ウインドミルの躍進に騎士が関与していたという噂があるらしいが、マーマインは関わっていないだろう。


 あのような小物じみた女であれば、小銭稼ぎが目的で大胆なことはしないはずだ。


 もしものことを考えて何とでも言い訳がきき、判明しても対したお咎めのない狡っ辛い真似しかしないのではないか。


 犯罪組織とつながり、ケツ持ちを行うなど、天地がひっくり返ってもやりたがらないはずだ。


 ラクーシャの忠告は、単に面倒なからみかたをしてくるから、ということなのだろう。




「一々報告しなくていいよ」


 ユーライアは面倒くさそうに言った。ハエを払うかの態度だ。


「ですが」


「いずれかの組織の末端だろう。いいよ、適当で」


「いえ、手続き通りにやるべきです」


 そのあたりを蔑ろにしてきたからこそ、グズグズとルールが崩れていったのだと、エレナは考えている。


 エレナの真面目くさった顔を一瞥すると、ユーライアはわざとらしいため息を吐いた。


「真面目だなあ。どうせ書類を二、三枚書いて牢屋にぶち込んでしまいだろう?」


「いえ、犯罪組織は片っ端から潰します」


 唐突な決意宣言である。だが、その意図するところをユーライアはくみ取ったのか、ふうん、と興味を見せた。


「末端から遡っていって組織自体を破壊するつもりかい」


「はい」


「無理筋だな。末端はなぜ末端なのか分かるかい? 切り離しても痛みがないから末端なんだよ」


 ユーライアは棚から書類を取り出して、ペラペラとめくる。


 書類には、エレナが捕らえた犯罪者の情報やリストが記載されていた。すべてエレナが作成したものだ。


「一つの組織ならともかく、こうも手広くやっても、手が足りないだろう。それに、壊滅させたとして、屑どもをどこに置いておく? まさか虐殺するつもりではあるまい」


「組織運営に必要な一切を奪って放流すれば良いのです。幹部、あるいは首領はそのまま牢獄にぶち込みます。これを繰り返せば馬鹿な真似をする者もいなくなるでしょう」


「却下だ」


 団長は鼻で笑って、書類を机の上にぶちまける。


「そんなことができるならとっくにやってるよ」


「私ならばできます」


「そう、キミだけならね。だがここはトンプソンエリア、ゴミの掃きだめだ」


 冷めた目がエレナを見つめる。


 何も期待していない目だ。腐っているわけではなく、ただ、期待しないだけ。情熱というものが欠落していた。


 いつもどこかぼんやりしている騎士団長の初めて見る顔だった。


「問題ありません。何かあれば私を切り捨てていただいて結構です」


 ユーライアは呆れたようにエレナを眺めて、ため息を吐いた。


「ま、そこまでやりたいのであればやるといい」


 やれやれと首を振って、椅子に深々と座り直した。


「は」


 エレナは敬礼をした。


「身内には気を配っておくことだね」


「身内はおりません。孤児ですので」


「ふん、そうかい」


 団長は深々と椅子に背を預けると、さっさと出ていけと手を振った。


「失礼しました」


 部屋を出て行くエレナの背に、団長は言った。


「ホントにね」





 切れかけた電灯がチカチカと瞬く室内に、女たちはいた。


 もうもうと薄く紫がかった煙が立ちこめている中。女たちは思い思いに男を足蹴にし、なぶり、あるいはかわいがっている。


 眉をひそめるような光景がそこにはあったが、それにしても男たちは幸せの絶頂のような顔でヘラヘラとよだれを垂らし笑っていた。


「トンプソンでさあ。何でも末端狩りに躍起になってるそうで」


 足蹴にされた男はことさらに笑みを深めてうめき声をあげた。


「ふ、う……」


 男はじわりと頭を濡らす血を舐めて、恍惚に身じろぎをすると、からんと音がした。


 男の足下には注射器が転がっていた。そして、男の腕には針のあと。


 言うまでもなく、ここは男娼の生産場所なのだ。


 粗悪な薬を過剰に吸引させて、性交渉を継続的に行わせることで、異常な快楽で従わせる。


 そうすると、その者の幸せと人生は薬と女に抱かれることのみなるのだ。


 何をしても楽しくはなく、辛く苦しい。唯一無二の人生の道しるべが、足下に転がるそれのみとなる。


 男娼を作るに一番手っ取り早くかつ嫌がらず女に抱かれる商品となる手管だった。


 薬に馴染めなかった弱い男は圧倒いう間に死ぬが、それを気にする者はここにはいない。何せ男は星の数ほどいて、攫ってくればいくらでも供給可能である。


 彼女たちにとって、男は金と欲を満たす最高の道具だった。


「トンプソン……ああ、あの騎士か。でも名前の通りここ出身だろ? 金か、男で転ぶさ」


 そうあざ笑って、女はよだれを垂らして笑っている男を蹴りとばす。


「ありがとうございます」


 うつろな感謝の声。


「ここにこれだけの美男子がいるんだ。どっかに引っかかるだろ」


「なんでもかつてないほど真面目らしいですぜ。あと男の趣味も悪いとか」


 なんでも、筋肉だるまの男の元へせっせと通っているんだとか、と嘲笑混じりに女は語った。


「筋肉男かあ。趣味がわからんなあ」


 線が細く、小柄な男を抱きしめた女がぼそりという。


「お前は少年にしか興味ねえだろうが」


「いや、筋肉だるまは趣味わりいよ」


 口々に男の趣味の品評をするが、リーダーらしき女が面倒くさそうに言った。


「じゃあ金だ。薬でもいい」


 金が無造作に積まれているテーブルを蹴り上げる。ガチャガチャと金が崩れ落ちた。


「そんなにやるんですか?」


 ひときわ若い女が、不満げに口を尖らした。


「これっぽっちなわけねえだろ。賄賂ってのはデカけりゃデカい方が良いだろ」


 呆れて首を降った女に不満げな反論の声が飛んだ。


「囲んで殺しゃあいいじゃないですか」


「ばっかお前、ウインドミルが何で急成長したのか知らねえのかよ」


「なんかあったんすか?」


「騎士の後ろ盾があったのよ。騎士ってのは顔も権力もほどよく効く。手中に入れておけばやりたい放題よ」


「ははあ……」


 年若い女は感銘の声を上げる。いかにも頭の回らない馬鹿っぽい顔に、リーダーの女は半笑いで言った。


「それくらい知っとけ」


「すんません。馬鹿なもんで」


 あははは、と明るい笑い声が響く。立ちこめた麻薬の薬で少しハイになっているのかもしれない。


 部屋に立ちこめる薬は、女であれば自力で拒絶することは容易い。


 だが、所詮は腐ったエリアに住み、男を食い物にして笑う程度の低い者共である。快楽に弱く、拒絶する意思は端から持ち合わせていないのは必定といえよう。


 影響をはねのけられるからといって、本当にそうするかは、その者の意思一つである。快楽に耽溺することも、また容易いのだ。


 部屋の中で笑い声に揺られる煙だったが、唐突に入り口の方へ流れはじめた。


 痴れた瞳で煙を見つめていた女は導かれるままに入り口へと眼を向ける。


「酷い匂いだ」


 凜とした女の声が薄汚れた部屋に響いた。


「……」


 浮ついた空気に亀裂が入る。皆押し黙り、聞き覚えのない声の主へと目線を走らせた。


「手入れだ。男娼の生産業か。薬物と、オーバードーズでの男の殺害、および処分。重罪だな」


「これはこれは」


 淡々と罪を数える姿を見て、リーダーの女は眉をつり上げた。


「エレナ・トンプソン騎士じゃあないか。男を買いに来たのか?」


「手入れだと言っただろう」


 エレナの声はあくまで平坦である。感情は交じっていない。目線は薬にやられて、幸せそうに笑う男たちに向けられていた。


 その瞳には哀れみもなければ怒りもない。物を見る目である。


「まあまあ、そう焦るなよ。何か欲しいものがあるからここに来たんだろう? 金か、男か。それとも薬か?」


「欲しい物か」


 エレナの目線が男から女へ。


 ――真面目といっても所詮はトンプソンだ。私たちも何も変わらないのさ。


 リーダーはしたり顔で言ってやりたかったが、表情を引き締め、たたずまいを正した。


 二人の会話を見る周囲の女たちはニヤニヤと笑っている。これからくるであろう暖かい未来を考えているのだろう。


「ああ、自慢じゃないが、私たちは大体のものを用意できる」


 ニッと笑い、手をたたく。


「それに、お前が協力してくれるなら、これからずっと欲しい物は欲しいままに手に入れられるぞ」


「ふむ」


 エレナは興味をそそられたかのように頷き、腕を組んだ。


「ならばいただこうか」


「そうこなくっちゃ」


 チョロいもんだ、と得意満面で立ち上がり、エレナの前に手を差し出した。


「これから仲良くやろうや」


「ああ」


 エレナは組んでいた腕をほどいて、目の前の女の顎を殴りあげた。


「がふあ!?」


 顎を砕かれ、天井に打ち付けられる女。


「っは」


 唖然と打ち上がったリーダーを見上げる女たち。


「是非とも続きは牢獄で聞かせてもらおう。仲良くいこうじゃないか」


 エレナは煙で鈍った女たちが反応するより先に煙が渦を巻いた。


 ほんの数秒後、立っているのはエレナ一人だった。


 残りは、痛みにうめき声を上げる女と、快楽に笑う男だけ。


「生命樹を使うまでもないな」


 何の変哲もない軍用手袋(グローブ)に滴る血を払いのけて、つぶやいた。

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