第14話

 気絶しているチンピラ二人を、エレナは荷台に載せていた。


 ざっと見るに、命に別状はないが頭と首をやっているため普通に生活するにはしばらく時間がかかるだろう。


 意識を取り戻させるためにも、まずは治療が必要なのは確かだった。


「確かにお渡ししました」


 オーガストは気絶したチンピラに目をやり言った。


「最近はこういうことも増えてきた。キミも気をつけることだ」


「騎士を頼ろうと考える人が少ないのが影響しているのかもしれません」


「……そうだな」


 エレナはそれが当然であることだと、頷いた。


「私も騎士になる前は、騎士に頼ろうと考えたことはない」


「治安維持の役に立ちませんか」


「今の団長はなんだかんだと言って、仕事をする質だが、それ以前は酷いものだった」


 エレナの脳裏に昔の有様が浮かび上がる。


 今も酷いが、昔はもっと酷かった。町中は薄汚れていたし、雰囲気も殺伐としていたものだ。


 今でこそ暴力は痛みを想像させ、恐怖を煽るための手段だが、エレナが子供の頃は脅す前に血を流し、死体が二、三転がっていることは珍しくなかった。


 脅しに用いるのではなく実力行使するものだったことを考えればずいぶんと穏やかになったものである。


「ウインドミルが崩壊したのは、まずかったでしょうか」


 オーガストは初めてばつが悪そうに頭を掻いた。


「気にしなくて良い。所詮やつらも人道にもとる屑だ。治安を安定に役立っていたのはそれが奴らにとって利益になるからにすぎない」


「そういった機微に疎いのでよくわかりませんが、貴方がそういうのであれば、そうなのでしょうね」


「治安を安定させる力があるということは自分たちだけは好き勝手できるということの裏返しでもある。当然、奴らはそれ相応の報いを受けさせるに値する働きをしていたのだ」


 壊滅したことで、おもねっていた者も平然と見放すようになった。


 ウインドミルという組織の悪行が書類となって積み重なっていく。報告の何割かは都合の悪いことを押しつけているだけなのだろうが、それでも目に余るほどの量だった。


 ――とはいえ、それらを合算してもかつての惨状にはほど遠い。


 暴力が脅しへと転落したように、治安維持の名目は確かに果たしていた。根深いところの野蛮な意識の改善がみられるのだから、その見返りとしてはこの程度の利益の享受は見逃しても良いという意見もある。


 だが、それを許していてはなにも改善はしないのだとエレナは思っている。


 このエリアをゴミ箱でなくすには、せめて騎士くらいは悪行を見返りとして許すような立場であってはいけないのだ。


「あれから大事はないだろうか」


 ウインドミルとはまた別の思惑で動いていた暗殺者を雇った勢力は、あれから姿を見せていない。


 何かアプローチがあるだろうとエレナは考えていたが、そんなそぶりを一向に見せないのは不審の一言である。


「仕事が増えました」


 日に日に治安は悪くなる一方だということだ。腕が立つとはいえ、男を暴力の盾にしようなどと考えが出ること自体が異常な事態を表している。


「寝首をかかれないようにな」


「成り行きで暴力を家業にしてしまいましたから、背後を気にしないといけませんね」


 言葉の過激さと裏腹にオーガストは爽やかな笑みを浮かべている。


 暴力そのものは好むところなのだろうか。そうでもなければ男の身で鍛えたりはすまい。


「ああ、もうご存じかもしれませんが」


 とオーガストは切り出した。


「ウインドミルがここまで発展したのは、どうやら騎士が後ろにいたからだ、という噂があるようです」


「……そうなのか」


 ――初耳だった。否定したいところだが、このトンプソンエリアにおいては十分あり得る話だ。


「ええ、有名な噂だそうです。ご存じでは……ないようですね」


「すまんな噂に疎くて」


「いえ、薄々感じていましたが、お互い、知り合いが少ないようで」


「そうだな……」


 はあ、とエレナはため息を吐いた。


 トンプソンエリア出身でありならが職務に真面目すぎるエレナに、友はいない。


 昔から、悪さをする前に勉強や、暴力の腕を磨くことを優先する質だった。


 昔からその傾向はあったが、騎士となってからはさらに酷くなった。


 汚濁の中で一人清廉ぶっていれば、嫌われるのも当たり前であろう。


 オーガストにしても、男でありながら女に媚びず、むしろ女に対しても暴力で打ち勝つそのあり方は、異端の一言である。


 周りとの軋轢を避ける傾向にあるが、それでも隠しきれない他者への関心の薄さ、無頓着さが一層ズレた何かを感じさせる。


「もし、噂が本当であれば目的はなんでしょう」


「利益だろう。ウインドミルはこのエリアのトップとして君臨し、権力と金を手にする。寄生した騎士はそのおこぼれをもらう。そして騎士はたまに便宜を図るだけの楽な仕事だ」


「騎士は、真面目に治安維持に励む者かとばかり思っていましたよ」


 からかいの念はなかった。本当にそう思っていたらしい。オーガストは割合意外そうな表情をしていた。


 ――意外と、純真な男だ。


「そんな真面目な者であれば、このエリアで騎士はしてないよ」


「貴方は真面目でしょう」


 真っ直ぐエレナを見て言う。


「……」


 エレナはそっぽを向いた。


「私はエレナ・トンプソン。ここの住人だ。真面目なものか」


 そう、真面目な人間など、トンプソンエリアでは生きていけないのだ。


 多少なりとも、生き汚く、ずるく生きなければ明日にでもゴミに埋もれるだけ。


「――今まで出会った者で一番真面目な人だと思いますが」


「ふ、キミはあまり人と関わってこなかっただろう」


 ――私は当たり前のことを当たり前のようにしているだけだ。


 トンプソンエリアでは珍しいだけだ。他のエリアに行けば、珍しくもないだろう。


「村出身なので」


 オーガストは頷いた。


「ほう……キミこそえらく勤勉なのではないかな」


 村とは、エリア認定を受けていない辺境地区の総称だ。


 この王国の最端に点在するコミュニティのようなものである。


 王の庇護が届きづらいため、人が生きるには厳しい環境であることが多い。


「初めて言われましたね」


 と、オーガストは苦笑する。


「キミの男でありながら、女より強く、その練り上げた体躯と、武は常軌を逸している。真面目でなければなんだというのだ」


「天稟、と言われたことがあります」


「ふむ」


 エレナは驚きで言葉につまる。


 妙に卑下する癖というか、今まで達人とか、努力に対する賛美を否定してきた男が才能の一言ですまそうとしているのだ。


 そしてそれに納得がいっている風である。


 この男は自分の培ってきたものを才能というありふれた、一切の積み重ねを放棄する言葉で己を定義している。


 それは傲慢というべきなのか、自身の人生に価値を見いだしていないからなのか――ともかく、健全な態度ではあるまい。


「才能など、努力あってこそだろう」


「そうかもしれませんね」


 酷く他人事だった。笑みも曖昧で、要領を得ない。


「キミはもう少し自分を認めてはどうかな。生命樹をまとった女に一方的に勝利したのだ。それがいかに驚くべきことかわかっていないわけではあるまい」


「別に私は私が嫌いな訳でも、認めていないわけでもないのですが」


 と、オーガストは困った笑みを浮かべる。


「ですが、賞賛は受け取っておきましょう」


「そうしてくれ」


 あまり意図が伝わっていない気がするが、これ以上言いつのっても無駄だろう、とエレナは頷いた。


「キミは私の命の恩人だからな」


「いつか大きな借りとして返していただきましょう」


 オーガストは冗談めかして言うのだった。

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