第8話

 三十分ほど歩いた中でエレナは気づき始めていた。その方向は明らかにオーガストの根城を示している。


 ――もしやあの少年は未だにあの場へ通っているのか?


 一度燃やされかけた場所だ。二度目がないとは言い切れない。


 例え、家主がしばらく姿を見せなかったとしても嫌がらせにはなるし、いつか変えてきた時のために見張りをつけていることもあるだろう。


 能のないチンピラであろうとも、見張りを立てる程度の頭はあるはずだ。


 あるいは、指輪を渡せず、道場へおいたままなのか。だが、生命樹の共鳴が、極僅かな持ち主の生命力を吸って、健在であることを知らせていた。


 疑問は尽きなかったが、焦って生命樹を枯らしてしまっては元も子もない。


 じりじりと気が急く中で、なんとか心を克己して、生命樹の維持に努めた。


 それから程なくして、指輪が指し示した場所へとたどり着いた。


 大した距離ではなかったが既に日が沈みかけていた。


 薄暗くなる中で目的の場所を見れば、やはりオーガストの根城であった。


 根城は手入れされておらず、ただでさえボロ屋だったのが、今や朽ちかけの廃墟である。


 幸いにして、二度目の放火はされていないようだが、あれから一週間そこそこで、この朽ち果てようはさすがトンプソンエリアの建物といえるだろう。


 いい加減な作りなのだ。そして古く汚い。もちろん、燃やされたダメージも大きいのだろうが、一見して人が住むところではなかった。


「誰かいるのか」


 できるだけ、平静を保った声で、静かに呼びかけながら、エレナは扉を慎重に開ける。


 また、あの女の罠でないとも限らないのだ。


 しかし、その警戒心に反して、緊張感のない穏やかな声が返ってきた。


「ああ、騎士の方。お久しぶりです」


 返事が返ってくる。オーガストだ。


 呆気にとられたエレナは、珍しく無防備にオーガストは見た。


 なめまわすような不躾な視線だったが、オーガストは笑みを浮かべたまま、否をとなえない。


「何故ここにいる」


 散々迷ったあげくに、口に出た言葉がこれだった。エレナは身体から余計な力を抜き、自然体でオーガストに相対する。


「自分の根城にいることはそんなにおかしいことではないと思いますが?」


「……はぐらかすんじゃない」


 エレナはため息を吐いた。


「まあいい。無事であればそれで」


「あいにくと、殺されたり、犯されたりするような目にはあってませんね」


「男がそんなことを言うんじゃねえ」


 エレナはそう言ってから、仕切り直すように咳払いをした。


「渡した指輪はどうした」


 オーガストは首をかしげつつ、懐から指輪を取り出した。


「――ということは、あれは、少年のものだったのか」


「ふむ」


 オーガストはなんとなく事情を察したのか、相づちを一つうって、


「カスターなら無事ですよ。どうやら渡した指輪の方はそうではないようですが」


「そうか」


 指輪を捨てたのか。それとも盗まれたのか。何にせよ、人質に取られて入ればかなりやっかいだっただけに、安心できるものがあった。


「私が襲われ、殺されたようですね」


 オーガストは冗談めかして言った。


「やめろ。――いや、キミの腕をもう少し信じた方がよかったらしい」


 エレナが疲れたように言うと、オーガストは珍しく、笑い声を上げた。


「お気になさらず。所詮は無手の男です。そういうこともありえるでしょう」


「だが、そうはならなかった」


「ええ。残念ながら」


 オーガストはニッと笑った。さっぱりした笑みは、オーガストの男にしては厳めしい顔つきに不思議と合っていた。


「ううん……」


 エレナは咳払いをする。今までと違う一面を見て、少し同様していた。


「それで、キミはなぜここに帰ってきたんだ。そういうことが起きてしまってはどうするんだ?」


 エレナは当てこするように言った。


「待っているのですよ」


 しかし、オーガストはあくまでも穏やかな態度を崩さず答える。


「待つ? 何をだ」


「襲撃をです」


「何のために」


「勿論、すべて終わらせるためですよ」


「多勢に無勢だ。それに生命樹も持ち出される。男が一人でどうやって勝利するのだ」


「そうですね」


 オーガストは顎に手を当てて、一息おいた。


「闇討ちなんてどうでしょう」


「――」


 なんと言うことはない。ウインドミルを襲っている謎の存在とは、この男だったのだ。


 確かに、この男であれば、闇討ちもたやすいだろう。


 闇討ちならば、余計ないざこざを起こすことなく、一方的に打ちのめせる。


 それは、数や、力を押しのけて勝利する最も効率的な手段だ。


 ――乗り込んだ苦労はなんだったのか。


 エレナはすべて無駄な努力だったことに頭を抑えた。


「やめておけ。お前は知らないだろうが、この件によく分からない勢力も関わっている。仮に、お前がウインドミルを半壊させたとて、そのもう一勢力に狙われればどうしようもないぞ」


「私が殺された一件はそういう背景が」


 流石のオーガストも、警告してきた存在のことは知らないらしい。


「ああ、何者かはしらんが、仮面をした女だ。暗殺者じみた技を使って二度、闇討ちを受けた。いや、警告か」


 エレナはオーガストの足下に、見よう見まねで、飛礫を投げた。


「知っているか。飛礫というそうだ。投げる技術は暗殺者御用達らしい」


 オーガストはほお、と頷きながら地面に突き刺さった飛礫を抜き取った。


「飛び道具ですか。暗所から急所を射貫いて殺すのでしょうね」


「いや、毒を塗ってかすり傷を負わせるのと」


 エレナは、そう言って、首をかしげた。


「お前、知らないのか。界隈ではそこそこ有名な技術らしいが」


「武術関連にはそこまで詳しくないのですよ」


 言いつつ、手遊びに弄っていた飛礫をエレナに投げ返す。


 エレナは悠々と飛礫を受け取りつつ、


「妙なことを言う。ならばその技術と、体躯はなんだ。武に精通していなければ会得できないものだろうに」


 と、その時である。


「出てこんかいコラァ!」


 表から怒鳴り声がした。いかにもチンピラ然とした言葉だったが、追従するように、わめく幾人かの声も重なりあい、それなりの迫力を醸し出していた。


「どうやら来たようですね」


「そのようだ。さっさと逃げるなり、闇に紛れるなりしてはどうだ」


「いや、それには及びません」


 オーガストは無骨な机を軽々と持ち上げると、声のする方へぶん投げた。


 机は風を巻き込んだうなり声をあげて、壁を突き破る。


「うぎゃあ!?」


 机はチンピラにあたったらしい。


「この際です。全員倒して情報をいただきましょう。貴方こそ、お立場があるでしょう。身を隠されては?」


 本気か、冗談か、分かりづらい言葉をオーガストは微笑みと共に言った。


「ふん」


 エレナは壊れた壁から飛び出した。


「私は金や立場のために騎士になったわけではない」


 エレナの強襲に、チンピラたちは、隙だらけだった。


 武器型の生命樹を手にした者は、反撃する暇もなくあっさりとエレナに蹴り倒されていた。


 しかし、防具型の生命樹を身に纏う者は別だった。返す刀で襲ってくるエレナの攻撃を者ともせず、反撃したのである。


 武器型――一般的にケテルと呼称される武具は、持ち主が生命力を流し込めば流し込むだけ、それに応じた能力を発揮する。


 ライレンが手にしていた棒状の生命樹のように、与えられた栄養で成長したり、変形したりと持ち主の意に沿った形へと変わっていく。


 対して、防具型――ケセドは違う。こちらは着込んでいる限り持ち主の生命力を自動的に吸い上げていくものだ。


 燃費が悪く、そして自由がきかない。だが、それ故に強力だった。


 ケセドは本来の生命樹に近く、寄生生物のようなものだ。


 持ち主の危機――この場合生命樹の危機なのかもしれないが、これに応じて、自動的な反応を取る。


 今回の場合、エレナの攻撃に対して、反射的な殺傷変態が行われていた。


「く、ははは何だ無手で何をしようってんだあ?」


 ケセドを着込んだ女は、酔った時のような、上擦った声で嘲笑する。


 エレナの足は、血まみれになっていた。防具を蹴り上げる瞬間に、串刺しにされたのだ。


 連戦の疲労もあったのだろう。痛みに対しても感じ方がどこか鈍い。


 ――少し、まずいか。


 エレナは確かめるように怪我をした足で地面を踏みしめて、敵に視線を送る。


 もう一人の女は飛び込んで来たエレナから遠く離れた場所に立っている。机に対して回避を選んだらしい。


 身体を包むケセドは細く、のっぺりとしている。身体どころか、頭のてっぺんまで包み込んでいるせいで、人型の生命樹が自動的に動いているかのようだった。


 体型の通り、攻撃を加えてきた愚鈍な風情の生命樹とは違ってスマートな能力らしい。


「ちっ、生命樹の個人所有は違法だぞ」


「あはは、法を守る人間が、ここにいるかよ」


「それはそうだ」


 エレナは頷いた。


 法を守らせる騎士ではあるが、このトンプソンエリア出身の少女は、それをよく理解している。


「だが、守らせるのが騎士というものだ」


「騎士? 役に立たねえ連中が何になるってんだよ」


 はははは――と哄笑を上げながら、女はエレナへと襲い掛かる。


 動きは人外染みていて、脈略がない。完全に生命樹に為されるがままだ。


「馬鹿か。脱いだときのことを考えろっ」


 生命樹に振り回されているということは、無制限に生命力を搾り取られているということだ。生命樹は大きければ大きいほど操作難度が高まり、修練を必要とする。


 素人が使えば莫大な力を一瞬だけ発揮して枯れ死ぬこともありうる。


 一般所持の禁止が定められる理由の一つである。


「テメエと、その男が死んでから考えることだ」


 浮かれた声で、巨体を振り回す。腕は膨張し、殴る瞬間にエレナを刺し殺そうと、枝が伸びた。


「くっ力に浮かれやがって……これだから能のないチンピラは嫌なんだっ」


 エレナは距離感を狂わせながらも、なんとか紙一重で回避していく。


 大きく距離を取りたいが、そうするとこの女はオーガストを殺しに走るだろう。


 ――そもそも、変装などしなければよかったのだ。


 エレナは今更ながらに後悔を募らせていた。


 ライレン如きチンピラ相手ならば、生身でいくらでも戦えるが、熟達者やケセドを着込んだ馬鹿相手では、完全に力不足である。


 いつも通りの隊服であれば、織り込まれた生命樹の力で打開もできただろう。


 負傷した足を無視した動きで短期決戦だってしかけられた。


 しかし、今は私服である。急激にことを進めるつもりはなかったが故の失敗であった。


「つぶれろお!」


 俊敏な動きで押しつぶそうと飛びついてくる女。


 エレナがその場から飛び退いた瞬間、女が地面を粉砕する。


 物を破壊する感触を楽しんでいるのか、一々動作が大きい。単調な動きでなければ、とっくに押しつぶされているところだ。


「くは、ざまあねえなあ!」


 女は急制動を繰り返し、巨体では通常なしえない速さで破壊をまき散らしていた。


 その動きは明らかに限度を超えているが、痛みは感じていないのか、浮かれたように笑い続けている。


「お前も見ているだけじゃなくて、さっさとあの男をやれ!」


「ふむ、了承した」


 こちらを見物していたのっぺりとした女は組んでいた腕を解いて、オーガストへと視線を向ける。


「く、まずいな……」


 気は焦れど、解決策がない。負傷した足のせいで、防戦一方で、ボロ屋から離されていく一方だ。


 ――いかに鍛えようと、ケセドを着込んだ女相手では……。


「オーガスト、私がこの女をどうにかするまで耐えろ!」


 エレナは焦りにかられながら、叫んだ。


 オーガストを殺しに行った女の姿はすでにない。


「ははは、死ぬのはテメエだ」


 しかし、返答は目の前の女のみで、オーガストの声は聞こえない。


 ――もしやもう殺されたのか。


「く――」


 エレナはますます焦りを募らせる。


「時間がない」


 エレナは女の蹴りをくらって、吹き飛ばされる。


「ぐふっ」


 蹴りが腹に突き刺さり、腹からも血がしたたり落ちていた。


 後ろに飛ばなければ、内臓をやられていただろう、と、エレナは焦りとは別のところで冷静な思考があった。


 焦る意識と反面に冷める頭。血を流し過ぎたからか、それとも幼い頃から培ってきた危機感がそうさせているのか。目の前の人間に対する頭が回る。


「逃げるなよ」


 すぐさま追ってくる女。


「取り押さえるのはやめだ。殺す」


 エレナは懐に忍ばせていた飛礫を握って、突撃した。


 全身に生命力をみなぎらせ、怪我を無視して動く。激しい動きと、活性化する人体が血が噴出させる。


「さっさと死ねぇ!」


 まっすぐエレナへと突進する女の顔色も悪い。生命力を無理矢理搾り取られているのだ。


 普通なら生命力欠如による感覚異常が出てるはずだ。それがないのは、生命樹を制御できずに食われているからに他ならない。


 女の全身が膨張する。ケセドが破裂し、無数に伸びた枝が集約し、一つの槍となってエレナを狙う。


 エレナは飛礫を渾身の力で蹴った。


 飛礫は空気を切り裂き、槍と衝突する。


「――」


 女が息を呑む間もなく、女の胸に突き刺さってた。


 ぐらりと女が揺れる。


「――っと、アブねえアブねえ」


 女はこらえた。ケラケラと笑いながら、地面を踏みしめる。


 ケセドが厚く、中の女を守ったのだ。


 折り重なる無数の樹木がクッションとなり飛礫の勢いを緩めていた。


 樹木が砕かれようが繁殖したケセドは止まらない。砕かれた分だけ補充しようと宿主の生命力を吸い上げ始める。


「ふ、ふははは……」


 女は血の気の失せた顔で笑う。


「――。馬鹿な女だ」


 エレナは飛礫をまた一つ取り出すと、同じように女に向かって蹴り出した。


「さっさと死ね。その方が楽になる」


 女を――自身を守るために樹木が一瞬で体積を倍するの成長を見せる。


 成長したケセドは、難なく飛礫の行く手を阻んだ。


「は、はははは――」


 女は笑っていた。そこに理性はない。酩酊した者のごとき力のない立ち姿と、目をしていた。


 女は、生命樹の導くままにエレナへと襲い掛かろうとして一歩踏み出し――そのまま大地を踏みしめることなく、崩れ落ちたのだった。


「枯死だ。お前のように生命樹に使われるからそうなる」


 女から返事はない。供給が途絶えた生命樹もまた沈黙する。


 吸い取り、残った栄養で枯れることなく姿を保ち続けるだろう。


 だが、生命樹は死体には根付かない。


 次の愚かな生命体に寄生するまで、枯れることはない。


 思った以上に、重傷だ。エレナは傷口を押さえた。


 血が絶えず流れ落ちる傷と、生きるために必要な生命力を燃やした飢えが、エレナの身体を蝕んでいた。


 感覚は鈍く、しかし痛みだけは鋭敏に感じていた。


「ふう――」


 痛みを飲み込むように息をした。痛みが残っているなら、まだ大丈夫だ。


「おい、まだ生きているか!」


 エレナはオーガストに向けて呼びかけながら、家の方へ向かった。


「離されすぎたか」


 重いからだを半ば引きずりながらも戻ってくると、家は完全に崩壊していた。


「これは……」


 エレナ自身、己のことで精一杯だったため、こちらに気を回す余裕がなかったが、ここまで激しい戦闘の跡は予想外である。


「おい、生きているなら返事をしろ!」


 その声に反応するように、崩れ落ちた廃墟から大柄な男が飛び出してきた。


「ああ、お見苦しいところをお見せして申し訳ない」


 オーガストは平静を保ったまま言う。


 身体は血まみれだった。ただし、エレナのように全身から血が出ているというわけではなく、両腕からの出血が全身を濡らしているようだ。


「……生きていたか」


 ホッと、息をつくエレナ。


「なんとか殺されずにすみました」


「ふむ。あの女は死んだか」


 のっぺりとした女が瓦礫を吹き飛ばし現れる。


 ケセドで守られているからか、身体に傷は見られない。


「どうしたものかな」


 女は腕を組みながら、余裕ぶった言い回しをする。


「参りましたね。妙な生命樹のせいで打つ手がない。こちらが殺されるかも」


 オーガストはそう言いつつ、身体を獣のように低く保ち、両腕を地面につけた。


 ――この男の実力が如何ほどかはまだわからないが、相手はかなりの手練れらしい。


 エレナは息を吐ききって、もう一度大きく吸う。


「私も死力を尽くそう。加勢する」


「待て」


 と、そこで、のっぺりとした女は二人を静止するように手を上げた。


「――」


 警戒心を募らせ、構える二人。女は降参だと両手を挙げる。


「そこの女が死んだのなら帰ろう。私は死力を尽くす気はないんだ」


「ふむ。殺されないのはありがたいですね」


 オーガストは頷いて、あっさりと構えを解いた。


「敵のいうことをすぐに信用するな」


 エレナは警戒を解かず、オーガストを咎めた。


「いや、このまま行けばこちらが殺されていたでしょう。見逃してくれるというのであれば、是非もありません」


「詳しい事情が聞きたければ、気絶しているチンピラでも相手にしてくれ」


 あげた手をひらひらと振る。


「そこの女が死んだ時、私がするべきは生命樹の回収なんだ。後は好きにしてくれ」


 女はそう言うと、重力を無視するような身軽さで死体の元へと飛んでいく。


「よくもまあ、こんなものを着たがるな……」


 女は呆れながらも、生命樹に埋もれた死体の胸に手を突っ込み、種を取り出した。


「では私は帰るよ」


 目を離さないためか、急いでやってきたエレナとオーガストに言うと、回収した種を二人に見せた。


「警戒する必要もない、とでも言いたげだな」


 警戒心のない隙だらけな背中を見せて、去って行く女を見つめて、エレナは言う。


 女の背からは、襲ってこられても返り討ちにできるという自信がうかがえた。


「事実、我々に殺す手立てはありません」


「くそったれ」


 エレナは疲労困憊に呟くと、その場に座り込んだ。


「大丈夫か。男がそう傷を負うものじゃない。跡が残ったらどうするんだ」


「お気になさらず。腕の傷など、跡が残っていようと大したことはありません」


「そうはいうがな……まあいい。隊服を着てくるべきだった。私のミスだ」


「休暇中に私が攫われたり、ここで重傷を負ったりと、大変ですね」


 オーガストは私服姿のエレナを見て、言った。前よりも気安い雰囲気だったが、微妙なジョークを挟むのはやめて欲しい。


「どちらかというと、お前の余計な行いによるところが大きい」


「はあ……」


 オーガストはいまいちわかっていないのか、曖昧な返事をした。


「やはり、生身一つで生命樹を相手取るのは厳しいものがある」


「そうですね。ケセドと言いましたか。初めて相手にしましたが、やっかいな武具です」


「ここに住んでいれば、違法に手に入れた生命樹を使う者なぞ山ほどいる。これに懲りたら自重することだ」


「ええ、あまりもめ事を起こさない方がよさそうだ」


 素直に頷くオーガストに、エレナはばつが悪そうに顔を逸らして、


「あー、あの女はどのような相手だったんだ。幸い、キミは重傷を負っていないようだが」


「手強い相手でした。一度、首をへし折った感触があったのですが、回復してしまって。あのケセドは他人の血を吸い上げて、宿主を治療するようです」


「なんだソレは。聞いたことがない」


 ――そもそも、首をへし折ったと平然といっているが、ケセドを着込んだ女相手に早々できるものではない。


 この男は如何なる戦い方をしたのか、とエレナは思ったが、深く聞くこうとはしなかった。


「さて、しかし、他にも何度か人体を破壊して見ましたが、いずれもこちらの血を吸い上げた途端に完治しておりました」


「給血か。他人の生命力を奪えるのかな」


「王国外にいる獣のようですね」


「樹獣か。よく知っているな」


 国王の庇護にない砂漠地帯に住む獣である。生命樹を体内に宿し、荒れ狂う姿は異形の一言である。


 人々が国王の庇護下でなければ生きられない理由の一つである。


「私の出身のピストンドは辺境地域でしたから」


 エレナが耳にしたことがないエリアだ。それほどの辺境だということか。


「そのような珍しい生命樹を何故こいつらが持っているのだ」


「極めて理性的な態度を崩しませんでしたね。回収された方と違って」


「おかしな話だ。騎士でもあるまいし訓練もせずにケセドを使いこなすなど……」


 生命樹を扱うこと自体、相当の鍛錬が必要なのだ。それも、少量ではなく全身に纏うなど尋常ではない。トンプソンエリアの屑にはできない芸当である。


「考えていても埒が明かないな。……気絶した屑どもに聞くのが早い、か」

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