第7話:三年目-夏前編1
──高校最後の夏が来た。
あれから僕は何度か寺田先生と会っている。
だが、学校で会う事はほとんどない。
ゆーれいちゃんが夢であった人と言っていたが、恐らく気のせいだろう。
そもそも覚えていなかったと言うし、雰囲気が似ていただけかもしれない。
時永先生に聞いてみると寺田先生は現国の先生らしい。
よーかいちゃんも担当ではないとの事で、一年を受け持っているのだと思う。
17時前ではあるが、外はまだまだ明るい。
僕は帰り道、歩道橋の真ん中で足を止める。
寺田先生がいたからだ。
「こんにちわ」
「こんにちわ、先生。何でこんな所に?」
「見回りだよ。学生服で遊びまわってないかの確認。君も遊びに行くなら着替えてね」
「今日はもうまっすぐ帰りますよ」
「それなら大丈夫だね」
僕は寺田先生と仲が良い。仲が良いというのは言い過ぎかもしれない。ただ、個人的には話しやすい先生だと思っている。
「先生はもう学校に戻るんですか?」
「うん、一通り見てまわったからね。ここなら見つけやすいし、僕を見つけた生徒も堂々とは遊びに行かないだろうしね」
確かにここは大きい道路を跨いだ歩道橋だ。登下校に通る学生も多い。見つけるのも見つかるのも楽な場所であった。
「あ、そう言えば先生」
「何だい?」
「結局、怖い話聞いてませんでした。せっかくなので聞かせてくださいよ。もう戻るんですよね」
「あぁ、そうだったね。そうだね、それじゃあ一つ」
──曰く、この歩道橋の話。
君はこの歩道橋を普段から通ってるのかな。
この歩道橋で数年前にあった事件とか知ってる?
えっと、確か3年前の事件だね。
この歩道橋で転落事故があったんだ。
名前は忘れちゃったけど、まだ若い女の子だったよ。
幸い病院に運ばれて一命はとりとめたんだけど、意識は混濁状態。
たまに意識が戻っては眠るって状態だったんだ。
当初は普通の転落事故、遊んでて落ちたって話だったんだ。
この辺は目撃者が多数いて、柵から滑り落ちる様に女の子が道路に落ちる所を見ていたらしいんだ。
意識を取り戻した女の子に家族の人が何で落ちたのか聞いたんだって。
そうしたら、歩道橋の上にいたおじさんと話した後、おじさんに落とされたって言うんだ。
でも目撃者達は歩道橋には女の子以外誰もいなかったって証言している。
順当に考えれば、女の子が錯乱していて勘違いしていた。
目撃者たちの歩道橋には女の子しかいなかったが正しく聞こえるよね。
「ねぇ、どう思う?」
ふいに先生が僕に話を振ってきた。
「どう……、ですか?」
「そう。オカルトが好きな君は普通の転落事故だと思う?」
「……本当にあった事故なんですか?」
「それも含めてどう思うかな? 調べても良いよ」
「んー、せっかくの怖い話ですからね。今調べるのは野暮ですよ」
そうだね、と先生は微笑む。
寺田先生は僕にオカルト的な見解を求めているのだろう。
なんせ僕はオカルト同好会の会員で、怖い話をねだった張本人だ。それならばまず前提を決めよう。
「僕は女の子の言葉を信じます」
「どうして?」
「目撃した人はきっと落ちる彼女だけしか見てなかったと思います。歩道橋から人が落ちる瞬間を見てしまっては、そっちに意識が行っても仕方ないかと。それでも現実的に考えれば気づかれなかっただけで彼女の言うおじさんは逃げただけかもしれません」
「普通の転落事故ではなく殺人だと?」
「いえ、きっとおじさんは彼女にしか見えていなかったんだと思います」
「幽霊って事?」
「僕は幽霊を4つの条件で定義しています。
1. 生命体ではない。
2. 透明、または透けている。
3. 触れる事はできない。
4. 会話態度の意思疎通は可能
この内、彼女にしか見えないのであれば1と2と4は達成していると思います。ただ、3に関しては聞いた話だけでは判断できません」
「幽霊を定義ね。オカルトは好きだけど信じてないのかな」
「そうですね。娯楽としては好きです。その不思議な現象がどうして起こったのかとか解明できない原因を、不毛でも探求する事が好きなんです」
「僕は幽霊って定義できないと思うなぁ。ちなみに触れなければ幽霊として、触れた場合は何になるの?」
「触れた場合……?」
いつも後回しにしてきた問題、永遠に解決する機会など無いと思われる問題。それをまっこうから聞かれるなんて思ってもいなかった。
「触れる幽霊もいるかもしれないよ? 幽霊もはっきり見えたり見えなかったりするみたいだし」
「……そう、ですね」
「でも定義付けは良いね。一つの判断基準になるし」
僕は改めて自分の幽霊論を考える。先生の言葉を聞くと確かに狭量だったのかもしれない。生命体ではないと定義はしたが生霊がいる事も知っている。はっきり見える幽霊もいると聞く。これは考えを改める時期が来たのかもしれない。考え込んだ僕に声が落ちてくる。
「答えはそのうちで良いよ。同じ学校にいるんだし」
「その割には学校出会いませんね。同好会にもあれっきりですし」
「いやぁ、タイミングが悪かったのかな。何か君以外が不機嫌そうに見えてさ。何となく行きにくくて」
寺田先生は恥ずかしそうに笑うと、もう行くねと歩道橋の階段を降りていった。何となく先生の背中を歩道橋から眺めつつ、先生が同好会に顔を出した時のことを思い返す。確かに妙な雰囲気であった。
ゆーれいちゃんは見えないが、よーかいちゃんと時永先生は固まっていた。あれは状況が理解できない時に起こる停止に見えた。きっとゆーれいちゃんも同様だ。確かに唐突に新任の先生が来て不思議に思うのは理解できるが、あの時の声は警戒を含んでいたように思える。
なぜ三人が寺田先生を警戒したのかはわからないが、それ以降の三人は特に変わった様子もなく寺田先生を新任の先生として扱っていた。
その最初と比べて妙な収まりの良さが少しだけ、気持ち悪い。
もしかすると、三人は何か僕に隠していることがあるのだろうか。
いつの間にか空を覆う曇天に圧迫感を覚えた僕は、明日ゆーれいちゃんと話すことを決めた。
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