第5話:二年目-冬


──二度目の冬が来た。

最初の冬よりどこか余裕がある今日此頃。

学生生活に慣れたことや、去年の様に何も進展がなかったわけじゃないという精神状態が作用しているのだろう。

今年一年は色々あった。

オカルト同好会の発足、新規部員の獲得、様々なオカルト話の情報交換。

本当に楽しかった。

きっと来年も楽しいのだろうと僕は雪のちらつく寒空の下を歩き、学校を目指す。


放課後、空き教室ではゆーれいちゃんとよーかいちゃんが楽しそうにはしゃいでいた。

「もー、なんですかぁ」

「えへへー、しよーちゃーん」

妙にテンションの高いゆーれいちゃんはよーかいちゃんに纏わり付いているようで、よーかいちゃんは笑いながら身体をくねらせていた。

女の子同士気が合うのか、半年も経てば二人は仲良くなっていた。それを何となく眺めるのも僕の日常となった頃、珍しい人が空き教室に足を運んできた。

「おぉ、いるね」

「あ、せんせーおはよー」

「れいちゃん、もう放課後ですよ」

「珍しいですね、どうしたんてすか?」

「ちょっと手が空いたから顧問らしく様子を見に来たんだよ」

入口近くの机から椅子を動かして時永先生は足を投げ出す。

「せんせー、だらしなーい」

「授業中じゃないから良いの」

そう言うと膝下までのスカートなのを忘れているのか投げ出した足を肩幅に開く、対面には僕が座っているのにも関わらず。

「私漫画で読みました。そうやって男の人の前では無防備なふりをするんですよね?」

「犬飼、漫画は漫画だよ。疲れたら足も腕も伸ばしたくなるでしょ」

そう言って今度は胸を見せつけるように両腕を天井に向け気持ちよさそうに伸ばした。僕は見ないようにとは思いつつ、目は勝手に時永先生を捉えて離さない。

「せんせー、ここに来たからにはオカルトなお話をお願いしまーす」

「あー、私顧問かぁ。それなら少し位、顧問らしいことしないと駄目かなぁ」

伸ばしきった体を弛緩させた先生は背中を丸めて深く息を吐いた後に体を起こす。

「そうだなぁ、時期も時期だ。ここの……まぁ、学生の話をしようか」


──曰く、ある恋の話。


大体、5年くらい前の話だったかな。

冬休み明けの新学期が始まった頃。

今日みたいに、ちらちらと雪の降ってる日だったよ。

その日、私は仕事が早めに済んだから定時で帰る予定だったんだ。

まぁ、17時位。

もう外は暗くて街灯に雪がちらついてたよ。

私は最寄りの駅から帰るんだが、多少積もっても私が帰る頃には学生が踏み固めた雪道のお陰で結構歩きやすいんだ。

少し風が強くて、私は両手をコートのポケットに入れて肩をすくめながら早足で帰路につく。

雪は嫌いではないけど、寒いのは苦手でね。

切れかけの街頭の灯り明滅していて、雪道が明るかったり暗かったりして少しばかり頭がくらついていたんだ。

仕事のせいで頭が疲れていたんだろうね。

その街灯の下に人影が見えたが、そんな事より私は早く帰りたかった。

だから、人影が誰かも確認せず前を通り抜けたんだが呼び止められてね。

振り返ったら何の事はない、見覚えのある顔だ。

私の受け持つクラスではなかったが、授業は担当していたクラスの生徒だった。

彼は……そうだな、笹原にしよう。

私を呼び止めたのは笹原と言う男子学生でね。

彼は3年で、自由登校の期間に入っていたんだ。

だから、こんな時間にいるのは意外で「どうしたんだ?」と反射的に聞いていたんだ。

そうすると、明滅する街頭を背にするせいもあったろうが翳った表情で言うんだ。

「彼女が死んだ」って。

彼女というのは同じクラスの、吉井にしよう。

私が授業を担当するクラスの笹原と吉井は付き合っていた。

私が聞いたわけではないが、教職をしていると学生の話は否応なく耳に入る。

だから、私はその言葉で誰かを察することが出来たんだ。

「……彼女って確か、同じクラスの吉井?」

「はい」

「本当? さっきまで学校にいたけど、そんな連絡……。いえ、詳しく教えて」

覇気のない笹原は零れ落ちる砂のように、さらさらと言葉を吐き出した。

もうその時には肌寒さなんて忘れてたよ。


笹原はその日、吉井と出掛けていたらしい。

隣の県の、ここよりも雪の降る場所だそうだ。

二人は雪の降り積もる街の宿に1泊する予定だったと。

土地勘もなく雪が降り積もった光景に気を良くした二人は色んな所を歩き回ったらしい。

ただ、それがいけなかった。

何日か前は天気がよく昼間に溶けた雪が夜間の冷気で凍って、その上に数日雪が降り続いていたんだ。

最初は降り積もった雪の下に氷が張って滑るのを楽しんでいた。

だが、境がわからなかったらしい。

池が凍って、上に雪が積もっていたんだ。

小動物の足跡があったらしくて、二人はそこに地面があると思って乗ってしまった。

最初は気づかなかったが、途中から足元が軋むような感触はあった。

だが、それも地中の霜柱が踏まれた重さで軋んでいると思ったんだと。

笹原から少し離れた位置で吉井が沈んだ。

ばしゃりと水の音がした。

笹原は駆け寄ろうとして足を滑らせて膝を打ち付けた。

打ち付けた膝が地面に刺さり、水がズボンに染み込む感触で現状を理解したらしい。

彼女のいた方を見ると上に伸ばしてもがく手が見えた。

助けようと前に体重をかけると、氷が膝を起点に沈み始めた。

焦って膝を抜いたが、その時に体重をかけた手元が沈んだような気がした。

今まで気にしていなかった氷の軋む感触が、仔細脳を刺激する。

吉井の上げた腕が氷を叩く音が聞こえて、同時に割れたのか水を叩く音も聞こえた。

想像できるだろ?

端っこが割れやすいとか、水を吸った衣類は重くなるとか。

そうなると吉井は自力で出ることは困難だ。

人間パニックになると足がつく場所ですら溺れる可能性がある。

今まで地面があると思っていた場所が唐突に割れて水の中に落ちる。

手を伸ばしても穴が空いていないところは氷だ。

人の乗れた氷が、水の中から割れるとは思えん。


笹原は怖くなって、誰にも言えなくて、気がついたら学校の近くに立ち尽くしていて。

誰にも言えないのに、家族のいる家には帰りにくいよな。

そこに私が通りかかったから怖いけど、どうにかしないと駄目だって思って、声を絞り出したんだと。

私には笹原が本当のことを言ってるのかは判断できなかった。だが、彼の淀みなく吐かれる重い言葉には形容し難い真実味を感じてしまったんだ。


そこからは私も焦ってな。

泊まる予定だった宿の名前、どの辺で吉井が消えたのかを聞いて急いで学校に戻ったよ。

笹原には一旦、家に帰って待っててくれって言ってね。

戻った職員室はもう電気が消えててさ。

誰もいない事が私を更に焦らせた。

電気をつけて備え付けの電話の受話器を取る。

遅れて気づいたが電話番号がわからなかった。

幸い古いがPCがあって調べられたんだが、問い合わせるとどうもおかしい。

確かに二人は予約していた。

それどころか昨日泊まって、今日の昼に帰っているのだ。

話が違うが笹原も混乱していたのだと私は思って、歩いていける範囲で池はないかと聞いたんだ。

一緒に泊まっていた女の子が、そこに張った氷に気付かずに乗って水に落ちたかもしれないと伝えた。

私の焦りは電話越しでも伝わったんだろう。電話越しから事務所の人に警察呼んでって言ってくれたのが聞こえたよ。

後で折り返してほしいと学校名、電話番号、私の名前を伝えて電話を切った。

次は学生名簿を出して、吉井の家に電話をかけた。

ここでまた話が食い違うんだが、吉井は今朝出掛けたという。

理解できない疑問はこの際、どうでも良かった。

吉井が友達と泊まりに行くのは知っていたらしく、話は早かった。事故にあったかもしれない、今は確認中だから待ってほしい、またかけ直すと伝えて切らせてもらった。あの時は焦っていたとはいえ悪いことをしたと思うよ。


次は笹原だ。

電話には笹原が出た。

宿に確認した事、笹原の名前は出していないが吉井の家にも電話をし、次は校長にも報告する事を伝えた。

家族に話したかを聞くと、今は全員出払っていたらしい。

私はまた電話するから待っててくれと電話を切った。


こんなに矢継ぎ早に電話をするのは初めてだった。

校長にも連絡するために緊急連絡先の書かれた紙を確認しに、席を立って壁掛けのホワイトボードの前へ行った所で電話がなった。宿からだ。

笹原の言った通り、歩いて行ける範囲の水場を探すと誰かが倒れ込んでいた様な跡が降り積もる雪の中見つかったらしい。

警察が雪を払いながら、氷が割れても大丈夫なように命綱を付けて雪の乱れた道筋をたどり最も雪の乱れた前に場所にたどり着く。

大人の男性が立っても割れない氷の下、抱き合う若い男女が発見された。



「とまぁ、こんな話だ。あ、ここの教師なのに不謹慎な話しちゃった。ごめん、違う学校ってことにして。後周りに話さないでね、私怒られちゃうから」

「え、終わりですか」

「終わりだよ」

「せんせー、それほんとの話?」

「いや、作り話だから」

「その後の話は無いんですか?」

「ないよ」

「笹原さんと吉井さんの両親には折り返したんですか?」

「作り話の粗を探すなよ」

「最後のって笹原さんと吉井さんですよね。時間のずれも気になりますが、私としては先生にその話をした笹原さんがどうして吉井さんと見つかったのか気になります」

やや食い気味なよーかいちゃんを見るに、琴線に触れる話だったようだ。だが、確かに不思議な話だ。


──整理しよう。

まず笹原と吉井は宿へ泊まりに行った。

だが泊まりに行った日付がバラバラだ。

①笹原は先生に話した当日に泊まりに行った。

②宿の人は昨日泊まって、当日の昼に帰ったと言う。

③吉井の親は今朝、泊まりに行ったと言っている。

整合が取れるのは①笹原と③吉井の親の証言だ。

だが、②宿には宿泊記録がある。

①③と②、どちらが正しいのか。


次は笹原の証言だ。

彼は当日に吉井と宿へ行き、凍った池へ行き、吉井が池に落ちて、④怖くなって帰ってきた。

17時頃に時永先生に顛末を話す。

笹原の話自体は一貫していると思う。

だが、実際は⑤吉井と共に氷の下にいた。

④怖くなって帰ってきた。

⑤吉井と共に氷の下にいた。

整合が取れない。


他にも気になる事はある。

①③⑤を正しいとしよう。

笹原と吉井は当日に泊まりに来て、二人して池に落ちた。

話自体はおかしくはない。

だが、だから気になる事がある。

先生が宿に電話したのは17時過ぎ。

笹原から話を聞くのや移動を考えれば、18時過ぎに宿に電話と仮定しよう。

きっと当日に宿へつくのは昼前後だ。

宿は大体チェックインとチェックアウトの時間は決まっている。

チェックインは早くて昼頃、割と15時頃が多い。

チェックアウトは大体午前中、10時頃が多い。

先生の記憶が正しいとすれば、恐らく昼にチェックイン。

12時だとしよう。

そうなると話を聞いた17時までは5時間になる。

散策を一時間程度と仮定、残り4時間。

宿からの折り返しも含めて、19時に二人を発見したと聞くことにする。

そうなると二人が池に落ちてから都合6時間。

一度空いた穴が、6時間で成人男性が乗っても割れない厚さになるのだろうか。


今度は②の宿泊記録、④の怖くなって帰ってきたを正しいとしよう。

笹原が混乱していたのか先生が聞き間違えたのか、二人は前日に泊まりに行った。

宿の宿泊記録は明確な証拠になる。

こうなると一つ話に無かった可能性も浮上する。

氷の下で見つかった男女は吉井と誰かだったと言うことだ。

それならば、笹原が帰ってきて先生に話したことも電話に笹原が出た事も解決だ。

しかし、そうなると事の顛末を知る笹原と謎の男の関係、吉井と謎の男の関係を知る必要があった。


だが、話は終わった。

笹原の言った彼女が死んだと言うのは結果としては間違っていないのだろう。

だが謎の男が出てくるならば、話に聞いた顛末に重大な何かが足りていない。

先生の言った不謹慎な話というのも少しだけ気になった。



あれこれと目を輝かせながら質問をするよーかいちゃんに対してゆーれいちゃんは先生に強がりを口にした。

「ふ、ふーん。まぁまぁ、かな? オカルト同好会の顧問としてきゅーだいてんをあげるね」

「そうかい、それなら最後に点数稼ぎでもしようかな。笹原は結構遠くに引っ越す予定だったんだ。だから、二人は思い出を作りたかったんだろうね」

「悲恋ですね。離れ離れになりたくなかったと。それを聞くと氷の下にいたはずの笹原さんが怖くなって帰ってきたと言うより悔しくての方が合いますね」

「そうなの? しよーちゃん」

「だって思い出づくりに行った先で不幸にも吉井さんと氷の下ですよ。離れても今後も会いに行くとか話してますよ絶対。それなのに吉井さんが池に落ちて、笹原さんは助けようとして一緒に落ちて。会いに行くことが叶わなくなって、それでも吉井さんを抱きしめて。きっと色々何が悪かったとか悩んで、それでも今更悩むのも手遅れで。それが悔しくて、せめて吉井さんだけでも助けたくて笹原さんは先生の前に現れたんですよ」

「……なぁ、犬飼。冥婚って知ってるか?」

「何ですか、冥婚って」

「ふふーん、しよーちゃん。冥婚ってゆーのは死んじゃった人と生きてる人が結婚する事だよ」

「ああ、同好会発足者だけあって良く知ってるな。まぁ、正確には死んだ人の魂がまだこの世界にある内に結婚させてあげて、その後にその魂を送り出してあげようって習俗だ。確かに私達生きてる側からすれば死ぬことは可愛そうにも思える。きっとそう思っての悲恋だろう。だが私達は傍観者であって当事者ではない。確かに吉井は……二人は死んだ。しかし、もしかするとこの世界に魂がある間に二人は婚姻を交わしているかもしれん。怪談では死後婚とか言われて、死んだ側が生きてる人を連れて行くと恐ろしいように話すが、何の事はない。これも一種の葬式だよ。誰だって死んだ側の身内は安らかに眠ってほしいと思うだろ? だから私は悲恋とは思わないよ」

「時永先生ってロマンチストなんですね。それを聞いちゃったら悲恋とは言えません。きっと二人は今も仲良くしてますね」

嬉しそうなよーかいちゃんに、頬を膨らませるゆーれいちゃんは想像が容易だった。


さすが同好会顧問。

不気味さや不思議さを持ちつつ、終わり方は悪くない。

オカルトなんて解明できないものは思考するための娯楽に過ぎないと叩きつけられた気分だ。


しかしながら、これが本当の話だとすると……。

昔の事を調べるのは野暮なのを、オカルトが好きな僕は充分に理解していた。

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