第4話:二年目-秋


──二度目の秋が来た。

なぜ秋はこうも物悲しくなるのかわからない今日此頃。

最近ゆーれいちゃんの活動がめざましい。

新規部員の勧誘に顧問の調達、ゲストを捕まえて面白い話をさせるなど、僕一人では出来ないことをしてくれる。

そんな彼女と共に今日は課外活動である。

残念な事によーかいちゃんは用事で来れないらしい。

他愛無い話をしながら肌寒い並木道を抜け、鳥居をくぐった。

神社の境内で白い装束と赤い袴を履く、所謂巫女服を着た女性に話しかけると、女性は神社の中へ消えていった。程なくして初老の柔らかい雰囲気の男性と共に戻ってくると、女性は業務へ戻り男性が声をかけてきた。

「こんにちわ。わざわざ良くいらっしゃいました」

「こんにちわ。今日はよろしくお願いします」

挨拶を済ませた僕たちは神社の中へと促され、社務所へと通される。今日は人が出払っているのか、まばらに席が空いている。そのまま奥へと進むと応接間のような部屋に辿りついた。そのまま椅子に座るように勧められ、僕は会釈して腰を下ろす。

「お話の前に何か飲み物でも」

「お気遣いありがとうございます。ですが、実は来る前に間食をしてしまいまして……」

「そうでしたか。若い証拠ですね」

初老の男性は目元と口元に深い皺をつくり優しく微笑む。


──曰く本人の体験談。


この世界には境界というものが存在します。

中と外、他人や自分、宗派の違い。

曖昧なものや明確なものを含めて、我々は幾つもの境界を跨いで生活しています。

最たるものは家と外でしょうか。

生活の拠点である自宅は無意識に安心できる、無防備になる空間だと思っている人が大半でしょう。

その家と外を隔てる境界は玄関と言えますね。

自分達が安心して暮らせると感じられる要因は、容易く玄関を超えられないという考えから来るのだと思います。

同じ事がこの神社にも言えます。

境内は神様のお家で、鳥居より外は外界だと区別できます。そうなると鳥居は玄関の役目を持つ境界になりますね。

私達のような神職とは神様に仕えるお仕事でして、簡単に言うならば神様のお家で働かせて貰っている従者とでも言いましょうか。

何人もの従者が神様のお家を整備・運営をする為に働いています。

そんな中、人間というものは自分達では解決できない悩みなどに遭遇した場合に神頼みという言葉の通り、こちらを訪ねてくる方が稀にいます。

私の経験上、年に2・3人程いらっしゃいます。

私達にできることは話を聞いて、どうしたいのかを教えてもらい、それを神様へ伝える事です。

きっと目の前で神様にお願いしているのを見ると、もう大丈夫だと安心できるのでしょう。

殆どの方は憑き物が取れたように穏やかな表情になります。

普段意識はしないものの、きっと皆さんも心のどこかで神様を信仰しているんだなぁと実感しています。


……少し話が逸れましたね。

私が神様の元で働き始めて3年ぐらいでしょうか。

神様にお願いを届けられなかった男性がいます。


その男性は朝の早い時間に神社へ来られました。

ですが一向に境内へ入りません。

鳥居の前で立ち往生しているのです。

不審に思った社務所の人間が声を掛けたのですが、どうも境内に入れないとの事でした。

詳しく聞くと日常生活に支障はないが、何故か鳥居をくぐれないという話です。

後に対応した方が私の先輩を呼びに来まして、それに私も付き添わせてもらい彼の元へと行きました。


鳥居の前に立つ男性は所在無さげに、ぼうっと鳥居を眺めていました。

彼はどこにでもいるような、歳は30代位の方でした。

先輩も彼と世間話を交えて詳細を聞きつつ、ごく自然な流れで社務所へと案内しようと促した所、男性も軽く会釈して足を持ち上げました。


その時です。

男性が明らかに不自然な体勢で固まったのです。

彼は自分の状態を理解できていないように不思議な顔で、本来ならば持ち上げた足を地面につけて支える傾いた体が見えない壁にもたれる様に固まっていました。

先輩は笑顔を貼り付けたまま立ち止まり、私は自分の常識を覆すような光景に悪戯なのかとも邪推しました。

男性が「あぁ……」と諦めた声を漏らすと壁はなかったように、その場に頭を抱えて座り込んでしまいました。


先輩が聞いたところ、鳥居の前で立ち止まって帰ることはあっても中に促されたのは初めてで、足が持ち上がった時点で彼も境内に入れると思ったようでした。彼は鳥居に関わらなければ生活には困らないからと境内に入ること自体は諦めていたようで、不思議な出来事を体験した割には早く立ち直り、立ち上がると私達に頭を下げて帰っていきました。

その時に先輩が彼に言った言葉はこんなものでした。


貴方がどういった人生を送ってきたのかは私達にはわかりません。

ですが、この鳥居というのは神様の家に入る為の玄関です。

その玄関を超えられないということは神様が玄関に鍵を締めているのだと思います。

貴方が境内に入ろうとしたと言うことは、よく創作にある何かに憑かれて神聖な場を避けさせている訳ではないのでしょう。

きっと貴方自身に何かしらの落ち度がある訳では無いと思いますが原因がわからない以上、今後も神様は玄関に鍵を締めたままだと思います。

もし何か原因に心当たりがあれば訪ねてください。

私達は神様の家で働かせて貰っている人間ですが、神様の真意を汲むことはできません。

例え境内に入れずとも困っている人の話を聞き、手助けすることも私達の仕事です。

原因がわかれば神様に口添え……は言いすぎですが、もしかすると鍵を開けてくれるかもしれません。

ですので、どうかお気を落とさずに……。


「それは、何と言うか不思議な話ですね。それから話の男性はこちらに?」

初老の男性はゆっくりと首を振る。

「いいえ。ただ、彼は先輩の言っていた通り何かに憑かれているわけでも、悪い行いをした訳ではないと思います。あくまでも私が彼を見た時の印象ですけどね」

「不躾な質問にはなりますけど、何で鳥居を超えられなかったのか思いつきますか?」

そうですね、と男性は僅かに思考を巡らせた後に口を開く。

「私自身は所謂オカルト的な事を信じている訳ではありませんが、職業柄そう言った因縁めいたものを感じる時があります。なので何も根拠はない話ですが、彼の因果。過去からの……、それこそ先祖まで遡った何かが原因なのではとは思ってしまいますね」

「本職の方にそう言われると信じてしまいますね。今日はありがとうございました。とても興味深いお話でした」

ゆーれいちゃんが立ち上がり頭を下げた気がしたので僕も頭を下げる。

「良ければまた来てください。今度はお茶菓子も用意しましょう」

柔らかく微笑む男性はちらと、僕の方を見る。

「ところで……。いえ、何でもありません」

「そうですか?」

「ええ。外まで送りましょう」

僕とゆーれいちゃんは男性に連れられて鳥居を超えて外へ出た。

「あの話を聞いたあとに鳥居をくぐると不思議な気分ですね。普通に通れてしまいます」

「……そうですね。鳥居をくぐれるのであれば神様が家に入ることを許してくれているのでしょう」

「次は初詣に来ますね」

そう言ったゆーれいちゃんの声は明るく、男性も嬉しそうに手を振ってくれた。

それを見て僕もゆーれいちゃんを追って帰路へつく。


心持ち境内の外が暖かく感じたのは、きっと神様は暑がりなんだろうと僕は納得した。

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