第3話:二年目-夏
──二度目の夏が来た。
毎年去年より暑いと思う今日此頃。
そんなことを言ってしまえば、きっと今年の夏は50度くらいになってるなと僕は思う。
怪談が最も人気な季節と言って過言ではない夏。
なのに、オカルト同好会の会員は増えないオカルト。
やはり人口の少ない趣味なんだなと肩を落とす。
もう日がだいぶ長くなった空き教室で、まだまだ明るい空を眺めて過ごしていると声が降ってきた。
「ほら、ここだよ」
「おはよ……う?」
聞き慣れた声の隣には見覚えのない学生が立っている。
「新入部員、捕まえちゃった」
「捕まってしまいました」
「……捕まえちゃったの? 強制は良くないよ?」
「もー、掲示板で見てたから声かけたのにー」
ひどく楽しそうな声は隣の学生に、今更名前を聞いている。
「はじめまして、一年の犬飼紫陽です」
見た目は僕たちと変わらない。一年程度でそう変わるものでもないんだなと思うも、やはりどことなく幼さを感じる顔つきだ。きっと僕らも年上の人から見れば同じなんだろう。声の大きさは普通だが、ハキハキとした発音は彼女の大人っぽさを物語る。僕たちも自己紹介を終えると簡単に同好会の説明をした。説明なんてあって無いようなもので、一番大切な説明が17時には帰らないと先生に怒られると言う説明だ。
「それじゃあ、これからよろしくね。しよーちゃん」
「はい、よろしくおねがいします」
ゆーれいの次はよーかいときた。ふむ、なかなか面白くなってきたと僕は内心胸を踊らせた。
「それじゃあ、新入部員恒例の怖い話をお願いしまーす」
「恒例って私が初めてじゃないですか」
くすくすと柔らかく笑うよーかいちゃんは軽い口調で答えると、間をおいて語り始めた。
「では、こんな話はどうでしょう?」
──曰く、今も在る妖怪の話。
妖怪っていると思いますか?
私はいると思います。
もちろん、昔の人が自然現象や自分達の理解できない現象を暗喩して妖怪として扱っていた事も理解しています。
逆に言えば、現代においても科学的に立証できない事は幽霊や妖怪の仕業と考えることはできませんか?
私はそう考えます。
だって夢があるじゃないですか。
何でもかんでも解明しようとするのは人間の悪い癖だと思います。
……脱線しました。
ええと、すねこすりって知ってますか?
犬とも猫とも言われる妖怪なんですが。
あぁ、知っている? 流石ですね。
岡山発祥の妖怪でして、別名股くぐりとも言われます。
夜に出たことから、本当は何なのか判然としなかったのでしょうね。
これが昼間の明るい時間だったら、きっとすねこすりとは呼ばれず犬、または猫。或いは別の小動物だと断定できたでしょう。
ちなみにこれは1930年頃のお話です。
こう聞くと近い気もしますが、凡そ90年前です。
昭和10年辺りらしいですね。
昭和でも妖怪と呼ばれる存在は認知されていたようです。
……また脱線してしまいました。
えっと、すねこすりや股くぐりと言う名前から凡その大きさは想像できますよね?
ちなみに私は猫派です。
たまに人に慣れた野良猫とかいますよね。
そういう子って足元に来て自分のお腹を足に擦りつけたりするじゃないですか。
あれってマーキングだったり、甘えたり、挨拶の意味があるみたいですよ。
そう考えると夜にすねこすりが現れるって、野良猫がたまたま通った人に甘えてると思いませんか?
それを考えるとどうしても可愛いイメージが先行して猫だと思ってしまうんです。
想像してくださいよ。
確かに暗くてわかりませんが、脛あたりにお腹や頭をこすりつける猫を。
可愛いですよね?
私なら抱っこしちゃいます。
……でも、それはしない方が良いんだろうなぁとも思うわけです。
最初に話しましたよね。
科学的に立証できない事は幽霊や妖怪の仕業として考えられないかと。
すねこすりが何かわからない妖怪だからこそ、私は可愛い猫を想像してしまっているわけです。
別の人は犬と思うかもしれませんし、そこに答えはありません。
こう言った伝聞しかない過去の事は映像記録でもない限り科学的に解明できるものでもないと思います。
もちろん、人が書いた記録にも価値はありますが書いた人が真実を書いているかは別の話でして。
そうなると言い伝えられるすねこすりは科学的に立証できないので、妖怪だと言い換えられますね。
では、思い出してください。
すねこすりの大きさを。
小動物程度ですね。
きっと犬や猫と言われるだけあって服の上からでもわかる暖かさや、柔らかさ。
体を押し付ける圧力を感じたと思います。
股くぐりと言われるように、何度も股の下をくぐったとも言われます。
可愛いですよね。
猫が構ってほしくて足に体を擦り付けながら、何度も足の間を通り抜けるのは。
でも、待ってください。
すねこすりが犬や猫と言われていますが、夜にしか現れなかったため想像でしかありません。
不詳な妖怪を私は可愛い猫だと現実的には考えてしまいます。
ですが、これは怖い話。
すねこすりというラベルを貼られた箱は、中身が何か終ぞ今まで正体を表しません。
1930年頃、一部では米貸せ運動なる騒動が起こる食糧難があったとも言います。
局所的に食料が枯渇するとは考えにくいですし、全体的に流通量は減ったのではないでしょうか。
姥捨山は有名ですよね。
創作の様ですがこけしの都市伝説もあります。
それを考えると……、ねぇ?
箱の中には何が入っていたのでしようか。
仄暗い笑顔を浮かべているよーかいちゃんに僕は、彼女の語った怖い話以上の不気味さを感じてしまっていた。
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