第2話:二年目-春
──二度目の春が来た。
見慣れた景色に感慨深さをもつ今日此頃。
僕の勇気を持った行動は功を奏し、新学期からはオカルト同好会を発足できた。
会員は僕とゆーれいちゃん。
今後はもっと人が増えるだろうと期待して、僕は使用許可を得た空き教室へ向かう。
オカルト同好会の活動内容は至極単純。
ただ、オカルトに関する情報共有を目的としている。
自分の知っている怖い話、動画、心霊スポット、不思議な場所にUMA。果ては宇宙人と何でもござれ。
要するに雑談部屋となっていた。
いつかは会員と心霊スポットにも行ってみたいが、二人で行くには腰が重い。
何より二人では僕が彼女を認識できない。
だから誰かが入ってくれるまでは情報の共有を主な活動としていた。
「ゆーれいちゃん、おまたせ」
空き教室には誰もいない。
だが、声をかけながら入ることが習慣になっていた。
誰もいなければ独り言だが、ゆーれいちゃんがいれば返事は返ってくる。そういった意味でゆーれいちゃんの存在を確認するために必要な行動だった。
「やっほー、遅いよー」
「ごめんね、今日は掃除当番だった」
「ほら、昨日の続きしよ? 時間なくなっちゃうよ」
僕達オカルト同好会は正式に認可されている活動ではない。そのせいで空き教室は使っても良くはなったが顧問もいない。放課後は17時までしか残らないように言われていた。普段は15時まで授業だから残りは2時間あるかないか。それが僕たちに許された時間だった。僕が席につくといつもの語り口でゆーれいちゃんは話を切り出す。
「ねぇ、知ってる?」
──曰く、数年前にあった本当の話。
それは小さな集落が舞台だ。
今は廃れた集落に神様がいた。
もちろん、新興宗教の話ではない。
本当に人ではなく神様がいたらしい。
その神様は突然現れたという。
もちろん、集落の人間はその奇妙な存在を受け入れるわけがない。
自らを神と名乗り現れた存在は、どう見ても普通の狐だった。
ただその狐が言葉を発するわけもなく、接触した村人は頭の中で声が聞こえたと口を揃えて言う。
初めは妙な野良狐が村に住み着いた程度にしか思わなかった村人も、その狐に会うたびに頭の中で自分は神だと言ってくると扱いに困っていた。
そんな不気味な存在に居着かれては適わないと何人かの村人は自称神様の狐を追い出す事とした。
古来より狐は化かすもの、現代においても村人の認識は変わらない。
狐が居着いた付近を探すと小さな祠があった。
その朽ちかけた祠の裏に狐は横たわっていたが、人が来たことに気付き体を起こすと細い瞳で村人を見据える。
一時間もしないで戻ってきた村人は、すっかり狐を忘れたように、あんな野良狐なんてどこにでも居ると言い出して我関せずと帰っていった。
送り出した村人は首を傾げながら村人の態度の急変に、もしかすると本当に狐は神様なのかと疑い始めていた。
数日もすると狐を追い出そうとしていた村人達は、初めから狐がいなかったように日常を過ごしていたが……。
いつだったか、赤い雨が降った。
血のように赤い、赤い、雨。
それは霧のような小雨で昼頃から降り始めて、夜まで止まなかった。
雲の無い空の天気雨。
青い空からは赤い涙。
赤い雨を不気味に思う村人をよそに狐を追い出そうとしていた村人達は、雨を気にした素振りを見せることはない。
その翌日、村人が消えた。
変わりに狐が増えた。
増えた狐は慣れた足で村を歩き回る。
妙に懐っこい狐は何かを言いたげに見えたが、人の言葉を発する訳もなし。
狐は消えた村人の家の近くに居着いていた。
ある日、また赤い雨が降った。
また村人が消えた。
そして狐が増えた。
懐っこい狐同士はよく行動を共にしていた。
その姿は世間話をしながら歩くようにも見える。
だが、神と名乗る狐と接触している狐は見なかった。
もう何度赤い雨が降ったことか。
気付けば当たり前の様に狐で溢れた村となっていた。
そこで残る村人は周囲を見渡して気付く。
この村には狐と女しかいないと──。
「って言う話なんだけど、知ってる?」
ゆーれいちゃんは可愛らしく首を傾げた、気がした。
僕は首を横に振る。
「何かで見たの?」
「んー、どうかなぁ。何か今日思い出したんだー。たぶん、昔なんかで見たんだろうね。テレビかな?」
僕とゆーれいちゃんは大体情報を共有している。大半の話は知っているのだ。それでも時折、彼女は僕の知らない話を持ってくる。よりにもよって、そんな時ばっかり何で見たかを忘れているのだ。この歯痒さをどうにかして欲しい。
しかしながら、話は単純だ。
神を名乗る狐が現れ、赤い雨が降ると村人が狐になる。それだけの話ではある。ではあるのだが、オカルトが好きな僕はそれだけでは終われない。野暮とは思いながら、疑問を口にした。
「結局、その神様の狐はどうなったの?」
「さぁ? 確か今も集落にいる的な終わり方だったかなぁ」
「ふーん。まぁ、良くある終わり方かな。その神様は何がしたかったの?」
「知らないよー。そんなの神様に聞いてー?」
「神様が人間を狐に変える……。原理はわからなくても理由は欲しいなぁ」
「じゃあ、神様に会ってみたら?」
「え?」
「ほら、今も居るみたいだし。隣の県の話みたいだから会えるかも?」
「そんな近いところの話だったの?」
「うん」
「気になるなぁ」
「気を付けてね。神様にあった男の人は狐になっちゃうみたいだし」
声だけの彼女に感情を感じられなかった。
彼女を知った手前、オカルトの否定ができなくなっている。
そんな彼女の平坦な声は、まるでこの話がまだ終わっていないと告げているようで、まだ肌寒い空き教室で僕は少しだけ背筋を冷やしていた。
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