ラーメンって

紫陽花の花びら

第1話

 良い季節になった。今日は本当にお散歩日和だ。

雲ひとつない青空が美しすぎて何だか泣きたくなる。

「お前はまたくっだらない事を考えているんじゃない?」

俺の少し前を歩く正樹の背中に声をかける。黙っている正樹は危険だ。

「えぇ~変なことなんて言うかよ。失礼だな! こんなに気持ち良い日が台無しになるだろ?」

鼻歌混じりで歩いている時は上機嫌だなよなぁ。

「正樹……」

振り返った正樹はニヤリと笑うと唐突に目を瞑り俺めがけて突進してきた。薄目を開けているのがまる判りだっうの。

わざとらしく俺の胸辺りに手を伸ばす。この可愛さは何年経っても変わらない。思わず抱き締めてしまう。

「馬鹿! やめ…ろ……」

真っ赤なになる所も変わらないし。

「良いじゃないか……誰もいないんだ」

「そう言う問題ではない!」

と言いながら離れない。


 平日の林野公園には人影はない。

「正樹……見てみろよ。銀杏の黄色と空の青さが堪らないね」

「本当だ。でもなんだか切なくなるよ」

「だよな。こんな何気ない事も同じように感じ合える俺達ってすげぇ幸せだって思うんだよ」

「前に同じ」 

「なんだ?」

「だって……俺の前にいるだろう……バカ」


 俺達は会社の同期。入社式で出逢い、お互いの嗜好も知らない時から何故か気があっていた。観る映画、聴く音楽、肉より魚、酒好き、タバコが駄目とか。気がつけばごく自然に隣にいた。

 俺は同性が恋愛対象だ。多分、多分だか正樹もそうだと感じていたが、こればかりは簡単に言えるものではない。下手したら友達を失いかねないから。


 研修が済み配属が発表になった。当然といえは当然だか配属先は別々だった。

 その日夜も俺達はいつもの居酒屋に寄った。珍しく正樹は喋らない。

「どうした? やけに静かだな」

黙ってビールを飲み干す正樹。

「まあ……これからも楽しくや……」

「俺は……俺は……友達以上になりたい。お前の特別になりたいんだ……」

「へっ?……それって……恋愛対象と思って……良いのか」

真っ赤なになって頷くお前の耳元に、

「俺もそう思っていたよ」

と囁いてから最早十年が過ぎた。いまだ会社の誰にも知られてはいない。ここ数年は奇跡だと思っていたが、つい最近自分自身についてハッキリ意思表示する部下が系列から入ってきた。

「自分はゲイです、ですから女性の方とは友達と言う事でお願いたします」

こんなにあっさり言われると、周りも好意的になるものだと言うことを身を持って教えられたばかりだった。

「なぁ……俺達の関係をいつまで隠しておくつもりだ? 無理矢理公表はしないけど、自然に広まるのは構わないんじゃない?」

「立って話す事じゃないねぇ」

俺達はすぐ横にあるベンチに座った。

すると正樹はクスクスと笑い始めた。

「なんだよ、何笑ってる?」

「いや……真面目な話し。俺も色々考えていたよ。だってこれまでの俺達ってさ、十年も付き合っているのに、現実味が無いって言うか、器が無いっうか。俺達ってまるでラーメから丼を除いたようだったて。いつも感じていたんだ」

「へえ? ラーメンから丼を除いたら……びぢゃびぢゃになるだろ? ラーメンとして認識出来ない。いや……なんかぐちゃぐちゃだろ?」

その比喩可笑しくないか? おい

正樹君。


「そうなんだよ。ぐちゃぐちゃなんだよ。本当に大切なものを見逃してるのに気付かなくて。生暖かい麺にくるまれて。それでも生きて行けるけどね。でも麺だけあったって駄目なんだ。シナチクもナルトもネギもゆで卵も海苔も必要なんだよ。それぞれが彩りになるのか、痛みになるのかは……それは俺達次第だって思う。要は受け止め方なんだ。それからスープは海だよ。荒れる時もあるし。凪ぐ時もある。それでも俺達に確固たる思いがあれば……人生上々だよね。俺とお前がひとつの丼の中で生きて行く。旨いラーメンになるよ。だから実態を作ろう。結婚しよう! そう思っていたんだ」

ちょっと! なんか凄い良いこと言っているのは判らんでも無いけど。

比喩がさぁ……比喩が上手くないよ。

「うん? 待て。結婚って言った? そう言ったよな。じゃぁそう言う事?」

今まで判らん比喩で偉そうに話していた正樹とは思えないほど照れてる。

「正樹くん……死ぬまで一緒にいてくれますか?」

「……」

「えっ? 聞こえない」

「うん!」

「ところで……何で例え話がラーメンだったの?」


「好きだから」


「それって……うどんでは出来ない話なの?」


「出来ない!」


「何で?」


「お前がラーメン大好きだから」


うんうんもう良いよ正樹。

途轍もなく幸せだよ。


「指輪買いに行く?」

真っ赤なになって頷く正樹。


偽物の仮面は脱ぎすてる事が出来た。


きっとラーメンは前より美味しくなる。

そして頑丈な丼に盛り付けする。


この世の果てでしか生きられないのかと思っていたが……陽の光は案外優しいかも。

人を大切に想える心は温かいな。


今日は本当お散歩日和だ!

なあ正樹。




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