第56話 これ、は……お姉ちゃん、の……命令。
自分のまくらを持ってきて、自分の部屋に置かれているのと同じタイプのベッドに横になっているのに全然、寝付けない。
寝返りを打つと仰向けの姿で人形のように身動き一つせずに眠るオリヴィアと、となりのベッドで眠るオクタヴィアが見えた。オリヴィアのスキル〝
まくら相手に正拳突きをくり出し、掛け布団相手に絞め技をかけている。剣術や武術の授業を担当しているヴィクトール先生が見せてくれるような、お手本どおりのきれいな正拳突きと絞め技だ。
オクタヴィアは夢の中で何と戦っているか。
『アル、バート……眠れ、ない?』
ぼんやりとオクタヴィアの戦いを見守っていた俺は聞こえてきたオリヴィアの声に目を丸くした。見るとオリヴィアは顔をかたむけ、色の薄い青色の目をぱっちりと開けてこちらを見ていた。
オリヴィアがいつの間にやら起きていたことに驚いたわけではない。スキル〝籠城〟で耳栓をしている状態のはずなのにオリヴィアの声が聞こえてきたからだ。
俺が目を丸くしている理由に思い当たったのだろう。
『私と……アル、バート……は、今……同じ城、に〝籠城〟している、状態。……だから、声……も、届く』
オリヴィアはほほをゆるめて説明した。
『そう、なんですね』
俺の声もちゃんと聞こえているらしい。オリヴィアはこくりとうなずく。
そして――。
『ユウキ、と……何が、あった……の? お姉、ちゃん……が、聞いて……あげる』
俺の腕をちょいちょいと引っ張り、オリヴィアはそう言った。
血はつながっていても王位継承権を争う
それにオリヴィアは転生者に関する本を読み漁っていた。転生者について、前世の記憶を思い出すということについて、俺の知らない情報を知っているかもしれない。
「ありがとうございます、オリヴィア姉さま。実は……その……」
俺は寝返りをうって横向きになるとかわいい末っ子王子らしくうるうるお目目でオリヴィアを見つめた。
「前世の記憶を取り戻してからのユウキは、その……らしくない言動というか……そういうのが増えた気がするんです。今日だって……」
そう言いながら俺は自分の手首をなでた。スキル〝すーぱーのたなか〟を使いたい、魔力を貸してくれと叫んでユウキがつかんだ手首だ。
「オリヴィア姉様はジョージ様が書いた日記や本を読まれたんですよね」
ジョージ様というのは先代の国王――お祖父様の乳兄弟で転生者だった人だ。
「前世の記憶を取り戻したジョージ様はジョージ様のままだったのでしょうか。それとも、前世の……オリヴィア姉様?」
「アルバート、は……さみしい……のね。ユウキ、が違う人に……なっていく、みたい……で」
眉と眉のあいだにしわが寄っていたのだろう。オリヴィアはぐりぐりと指で俺の眉間を押しながら言った。
〝さみしい〟――。
相手がユウキなら鼻で笑っているところだが目の前にいるのはオリヴィア。協力関係を結んでいるとはいえネコをかぶっておくべき相手を前にかわいい末っ子王子は黙ってうるうるお目目をふせた。
そんな俺を見て何を思ったのだろう。
「私が……小さい、頃ね、タヴィが、骨を……折っちゃって……ケガが治る、まで……離れて、暮らし……た、ことがあった……の。私、は……アーリス城。タヴィ、は……マーガレット領邸、で……一か月ほど」
オリヴィアは俺の眉間をぐりぐりしながらそんな話を始めた。
アーリス城の足元には六つの領の名を冠した屋敷が建っている。アーリス城を中心にそれぞれの領地がある方角に建つ屋敷で、王子・王女と乳兄弟はその屋敷で五才まで育てられる。オクタヴィアにとってマーガレット領邸は住み慣れた我が家、実家のようなものだ。静養のために一か月、暮らすくらいなんてことない。
ただ一つ、大好きな乳兄弟・オリヴィアと離れて暮らすことをのぞいては。
「一か月もよく耐えられましたね、オクタヴィアが」
「耐えたの、は……たぶん、タヴィをお世話……して、いた……先生や、マーガレット領邸……の、使用人たち、の……方」
淡々と言う姉にかわいい末っ子王子らしく苦笑いを漏らしたが、内心は当時の医者や使用人たちに同情の嵐だ。泣き叫び、すきを見ては小アーリス城にいるオリヴィアの元に帰ろうと脱走を試みるオクタヴィアの姿が容易に想像できる。
「その頃、ね……タヴィ、も私……も、牛乳が苦手、で……飲めなかったの。それ、なのに……ケガが治って、小アーリス城、に……戻って、きたタヴィ……は、出された牛乳を……ゴクゴク飲む、し……私、が……飲まずに逃げようとする、と……つかまえ、て……無理、矢理……飲ませようと、するし……」
逃げ回るオリヴィアを小脇に抱えて牛乳の前に座らせるオクタヴィアの姿も容易に想像できる。
そして――。
「マーガレット領、邸……で、ケガを治して、た……一か月、のあいだ……に、タヴィの体、を……幽霊や化け物が、乗っ取った……んじゃ、ないかって……別人、になっちゃたんじゃ……ないか、って……二度、と……本物のタヴィに会えない、んじゃ……ないか、って……怖かった」
牛乳を飲ませようと迫ってくるオクタヴィアを前に人形のような無表情で小動物みたいにぷるぷると震えるオリヴィアの姿も容易に想像できる。
「牛乳、は……骨を強く、する……牛乳を飲まない、と……また骨を折って……一か月も二か月、も……静養することになる。そう、使用人たち、に……言われ、て……飲むように、なった……っていうの、が……真相だった、んだけど……」
一か月ものあいだ、オリヴィアと引き離されたのが幼いオクタヴィアには相当にこたえたのだろう。結果、オリヴィアが怯える事態を招いたわけだけれども。
「ユウキ、は……前世の記憶、を……思い出した。たくさんの、経験……や、たくさんの人たち、から、聞いたり……かけられた、り……たくさんの言葉、を……思い出した。それらが影響、して……言動に変化、が……あるの、は……当然」
腐っても王族。至極真っ当な意見だ。
「そんな、ユウキ……を、見て……アルバートが、不安、とか……さみしい、とか……感じる、のも……当然。だって、私たちに、とって……乳兄弟は特別な、存在……だから」
そして、腐っても姉。オリヴィアは細い腕で俺の頭を抱き寄せると髪をそっとなでた。
「ジョージ様の日記、には……こう、書いて……あった。〝前世、の自分……と、今世、の……自分。似ているところ、も……ある、けれど……全然、違う……ところ、もある。前世の記憶、を……取り戻した……今の自分、は……前世の自分、なのか。それとも……今世の自分、なのか〟……って」
「……前世の自分、今世の自分」
今のユウキはどちらなのだろうか。そう考えて俺は自嘲気味に笑った。
ほほをぽりぽりとかいて、弟担当みたいな顔をして、〝だいち〟の心配ばかりする人間が今世のユウキなわけがない。俺の乳兄弟のユウキなわけがない。
「でも、ね……アルバート。ジョージ様の日記には……こうも、書いて……あった」
オリヴィアの言葉に、オリヴィアに抱きしめられたまま顔をあげる。
「前世の自分、か……今世の自分、か……じゃなくて……前世の自分、と……今世の自分。両方、なんだ……って。どちら、も自分……なんだって。ジョージ様、が……そう書いたの、は……前世の記憶、を取り戻して、から……五年後、のこと」
ユウキが前世の記憶を取り戻したのはつい二週間前のことだ。
「ユウキ自身、も……まだ、戸惑ってる。だから、今……急い、で……結論を出そうと、しては……ダメ。手を、離したら……ダメ。私たち、王族にとって……乳兄弟、は……特別な存在、なのだから」
どこまでわかっていて――見透かしていて言っているのか。
「明日に、なったら……自分の部屋、に……帰り、なさい。これ、は……お姉ちゃん、の……命令」
オリヴィアはそう言ってもう一度、俺の頭をぎゅっと細い腕で抱きしめたのだった。
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