第49話 同じ文字が、書いても……ある。

「〝おかゆ〟……? 〝さんどいっち〟じゃ……なくて?」


 俺がテーブルに並べた〝おかゆ〟と〝さらだちきん〟の袋を一瞥いちべつ。オリヴィアは首をかしげた。


 スキル〝すーぱーのたなか〟でこれまでに錬成だか召喚だかしたものを入れた箱を抱え、朝食のあと、オリヴィアとオクタヴィアの部屋を訪れた。〝研究室をもらって安心安全な引きこもり生活を手に入れよう〟作戦の作戦会議だ。

 今日のお題は〝何を最初の研究対象に選ぶか〟といったところだろうか。


 オリヴィアが引きこもっているあいだに足の踏み場もない状態になっていた部屋はオクタヴィアの手によって少しずつ片付けられていた。

 ただ――。


「昨日、アルバート様とユウキに本の一部を運んでもらったおかげでやっとテーブルと足の踏み場を発掘することができました!」


 オクタヴィアが胸を張って見せびらかした部屋は本気でテーブルと足の踏み場を発掘しただけの状態なのだけれど。

 昨日、書庫に返す本を受け取るために見た室内の惨状を考えれば劇的な変化ではある。でも、ちょっとよろめいたら大量の本を筆頭にうず高く積み上げられたあれこれが雪崩を起こしそうな状態だ。

 実際、オリヴィアが待つテーブルへと向かった俺とユウキは計九か所の雪崩を発生させてオクタヴィアを絶望させた。ちなみに内訳は俺が一か所、ユウキが八か所だ。


 という話はさておいて――。


「私と、タヴィは……〝さんどいっち〟は見て、知っているけれど……〝おかゆ〟は見たこと、ない。見たことが、ある……〝さんどいっち〟について……まずは、まとめた方が……いいんじゃ、ない?」


 一見すると無表情に見えるオリヴィアだけど、よくよく見ると唇がほんの少しとがっている。

 一昨日の夜に初めてユウキの前世の国、世界のものを見てからどんな風に資料をまとめようか、〝さんどいっち〟を題材に頭の中でアレコレ考えていたのだろう。オクタヴィアがせっせせっせと部屋の片付けをしている横で本を広げてアレコレ考えてウキウキしていたのだろう。

 そんなウキウキで考えた計画があっさり崩れてご機嫌ななめ、と言ったところだろうか。


「それに……ほら。〝さんどいっち〟の中に入れた……〝かぼちゃさらだ〟と、あと……?」


「パックサラダシリーズのカボチャサラダ、マカロニサラダ、ポテトサラダとごぼうサラダですね」


「……」


 オリヴィアが箱から探し出してテーブルに並べた四枚の袋を見てユウキが補足する。オリヴィアはと言えば、小さくうなずきはしたけれど無言。目を合わせないどころか、ユウキの視線から逃げるようにそろそろと顔を背けてしまった。

 ユウキに対する人見知りは絶賛継続中のようだ。

 オリヴィアの反応に肩を落とすユウキの背中をなでなで、ネコをかぶった末っ子王子は困り顔で微笑んで見せた。


「そういえば、リヴィ。〝さんどいっち〟を作った夜もこの四枚の袋を並べてずーっと見てたよね。見たことのない文字が書いてあるから気になってただけじゃなかったんだ」


「……ん」


 オクタヴィアの問いに、やっぱりというかなんというか、オリヴィアはいつもどおりに答える。

 そして、やっぱり――。


「この四枚は〝ぱっくさらだしりーず〟の〝かぼちゃさらだ〟……と……?」


「……マカロニサラダとポテトサラダとごぼうサラダ、ですね」


「……」


 オリヴィアの好物だというカボチャが使われている〝かぼちゃさらだ〟以外の〝ぱっくさらだしりーず〟の名前は出てこないし、ユウキに話しかけられると目をそらしてしまう。

 またもや肩を落としているユウキにそろそろ慣れるかあきらめるかしろよ、と心の中でため息をついて、俺は改めて四枚の袋に目を向けた。


「そう言えば、この四枚の袋。シリーズと言うだけあってよく似てますね。袋の大きさやデザイン、文字の大きさや書かれている位置もよく似ています」


「……ん。同じ場所、に……同じ文字が、書いても……ある。この四枚についてまとめて、比較……することで……わかること、が……たくさん、あるかなって……」


「たしかに。ココとココとココとココは同じ文字に見えます。もしかして、〝さらだ〟って書いてあるのかな?」


「正解だよ、アル」


 ネコをかぶった末っ子王子の顔で尋ねるとユウキは目を丸くしてうなずいた。オリヴィアも同じことを考えていたのだろう。ユウキの答えにますます目が輝く。


「最初にこの袋を見たときから気が付いてたの、リヴィ?」


「……ん」


「リヴィ、すごい! 私のリヴィはお人形さんみたいにかわいくて、しかも、とってもかしこいですねーーー!」


「……ふきゅっ」


 押しつぶされるいきおいでオクタヴィアに抱きしめられ、なぞの鳴き声を発するオリヴィアを苦笑いで眺めながら俺は金色の前髪をくるくると指でいじった。

 特別な理由がなければ素直でかわいい末っ子王子様は〝それならオリヴィア姉様の言うとおり、まずは〝さんどいっち〟についてまとめましょう!〟 と、きゅるん☆ とかわいい笑顔で言うだろう。


「オリヴィア姉様の言うとおり、〝さんどいっち〟についてまとめることでわかることがたくさんありそうです。でも、最初は……父様たちに話すときに見せる資料は〝おかゆ〟がいいんです」


 しかし、今回は折れるわけにはいかない。


「以前、父様とラルフに〝おかゆ〟を見せたことがあるんです」


 素直でかわいい末っ子王子はほんの少しだけネコを脱いだ真剣な表情でオリヴィアを見つめたのだった。

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