第45話 面倒くさいことになった……。
「面倒くさいことになった……」
「アル、ろこつに面倒くさそうな顔をしないで。誰が見てるかわからないからちゃんとネコをかぶって」
「本っっっ当に面倒くさいことになった!」
「ちょっとオクタヴィアの頼みを聞いてあげるくらい、いいじゃないか」
乳兄弟の兄担当と言わんばかりの顔で説教するユウキを俺はじろりとにらみつけた。
ここは小アーリス城からアーリス城へとつながる道。緩やかな坂道をのぼった先にはアーリス城の入り口と、その入り口に立つ門番たちが見えている。
もちろん門番たちがまだ俺たちに気が付いていないことをわかっていてネコを脱いでいるし、グチグチ言っている。
「俺が言っているのは今、運んでいるこの本のことじゃない」
「そうなの?」
そう言う俺の腕にもユウキの腕にも箱が抱えられている。箱の中身はオリヴィアがアーリス城の書庫から借りてきた本。オリヴィアとオクタヴィアの部屋に積み上げられ、足の踏み場を奪っていた長らく借りっぱなしにしていた大量の本の一部だ。
「テーブルを発掘するのにひとまず! 少しでも! スペースを空けたいんです! 重ね重ね大っっっ変もうしわけないのですがひと往復だけお願いできないでしょうか!」
「あり、がとう……アルバート」
なんてオクタヴィアに元気いっぱい床に額をこすりつけて頼まれ、オリヴィアにフライングでお礼を言われてしまっては素直でかわいい末っ子王子はにっこり快く引き受けるしかない。
当然――。
「本を運ぶのも面倒だと思っている。心の底から面倒だと思っている。末っ子王子とはいえ王族である俺を使いっ
「この本のことじゃないって言いながらガッツリ、本気で面倒くさがってるじゃないか」
「でも、俺が今、一番面倒くさがっているのは研究室をもらうための交渉の話! オリヴィアが交渉するんだと思っていたのに! 一番厄介な役を押し付けられた気がする! 本っっっ当に面倒くさい!」
金色の前髪をくるくると指でいじりたいところだけど本の入った箱を抱えていて両手がふさがっている。しかたがなく晴れた青い空を仰ぎ見て舌打ちしようとして――。
「アルバート様、ユウキ、こんにちは!」
「門番の皆さん、こんにちは!」
二人の門番がこちらに気が付いてにっこりと微笑むのを見て、すぐさまネコかぶり全開でにっこりと微笑み返した。
「……こん、にちは」
ユウキの声が小さいのは俺の切り替えの早さに何か言いたくて、でも、それを必死に飲み込んでいるからだ。
「今日はどちらへ?」
「オリヴィア姉様が借りていた本を返しに書庫へ」
「そうですか、オリヴィア様の……。お優しいのですね、アルバート様は」
「高い場所に本を戻すときは気を付けてくださいね。行ってらっしゃいませ、アルバート様、ユウキ」
アーリス城内へと入っていく俺とユウキを門番たちは笑顔で見送る。ネコをかぶった末っ子王子スマイルを返して兵士たちに背中を向けた俺は――。
「面倒ではあるが素直でかわいい末っ子王子様の株はあがったから良しとするか」
にんまりと笑った。そんな俺の表情を見てユウキはげんなりとした顔になる。
「アル。今、すっごく根性悪そうな顔をしてる。……でもまぁ、研究内容を上の人たちに報告するのが面倒くさいっていうのは父さんもよくグチグチ言ってたからな。押し付けられたかどうかはともかく、厄介な役っていうのはそうなのかも」
こんなにもかわいい末っ子王子をつかまえて根性悪そうとは何事だ、とにらみつけようとしていた俺はユウキの話に目を丸くした。
「それは前世の話か? ユウキの前世の父親は研究者だったのか?」
「そうだったみたい」
「みたいってなんだ」
「正直、よくわかんないんだよ。大学で授業教えながら研究をしてたみたいなんだけど父さん、研究の話となるとこっちのことなんかお構いなしに早口でまくしたてるから」
「オリヴィアの話をするときのオクタヴィアか、筋肉の話をするときのウォルターみたいな感じか」
「……まあ、大体合ってる……かな?」
昨日今日で急に関わり合う機会が増えた乳兄弟仲間と脳みそが筋肉でできている筋肉バカな俺の上から三番目の兄の顔を思い浮かべたのだろう。ユウキが苦笑いでうなずく。
「ちなみに上の人たちの悪口を言うときも早口。エヴァ様の悪口を言うときのエディ様と、エディ様の悪口を言うときのエヴァ様みたいな早口」
ユウキに言われて上から四番目、五番目の姉兄の姿を思い浮かべる。目が合えば罵倒、ガン、下手するとスキルが飛び交うほどに仲の悪い双子の姉兄だ。
そんな二人が互いの悪口を早口でまくし立てる姿を思い浮かべて俺は遠くを見た。
「……うん、聞き流したくなるな」
深々とうなずいたあと、〝でもまぁ……〟とつぶやいた。
「ユウキの父親の……前世の、父親の気持ちもわからなくはない」
「そうなの? ……何、そのかわいそうなものを見るような目」
「いや、だって……父親がそれだけグチグチ言っていたのを聞いていたんだろう? それなのになんでピンと来てませんって顔してるんだよ」
「だから、さっきも言ったじゃないか。早口でまくし立てるから聞き流してたって」
あっけらかんと言うユウキに俺はますます〝かわいそうなものを見るような目〟になった。ユウキに対してではない。ユウキの前世の父親に対してだ。
子供相手に早口で愚痴や悪口を言うのはいかがなものかと思うが、ここまで見事に聞き流されているとそれはそれでちょっと同情してしまう。
ため息を一つ。
「ユウキの前世の国、世界もこっちと似たようなものなのだとしたら……金も人も無限じゃない。むしろ限りがあって余裕のないところがほとんどだ」
ピンと来ていないユウキに説明する。
隣国グリーナと戦争一歩手前のこの国や、戦争をしていたらしいユウキの前世の国ならなおのことだ。
「目先の利益につながるなら金も人も出してくれるだろうがオリヴィア立案の研究は微妙なところだ。長い目で見ればいずれは役に立つかもしれないが、すぐに、わかりやすく結果が出るものじゃない」
「そうなの……かな?」
「そうなんだよ」
ダメで元々。当たって砕けたらネコをかぶったかわいい弟がオリヴィアをなぐさめればいいと思っていた。ところが当たって研究室をもぎ取る役目がまわってきてしまったのだ。
面倒くさいと叫びたくもなる。
「ユウキのスキル〝すーぱーのたなか〟もグリーナ国との戦争が始まってしまえば研究のために研究室に引きこもらせておくより食料補給のために前線に送ったほうが有益と思われる可能性が高い」
同じ理由で研究と研究室の維持も難しい。どうにか研究室を手に入れてもグリーナ国との関係が悪化して状況が変われば一瞬で取り上げられてしまうかもしれない。
でも、それは口にしないでおくことにした。戦争や前線という言葉にユウキの顔がみるみるうちに青ざめたからだ。
だから――。
「まあ、面倒な役を押し付けられたとは思っているが妥当な役割分担だとも思っている。こんな厄介な交渉、素直でかわいくておねだり上手の末っ子王子様な俺以外に務まらないからな」
フフンとあごをあげ、金髪碧眼の王子様然としたかわいいかわいいお顔を見せびらかす。 まあ、素直でかわいくておねだり上手の末っ子王子様な俺じゃなかったとしても乳兄弟のユウキとオクタヴィア、王族だけど人見知りのオリヴィアの中で交渉を成功させられる可能性が高いのはダントツだ。
「……アル」
「まあ、見てろって。きゅるん☆ とかわいい末っ子王子スマイルで父様……陛下に宰相に大臣にその他もろもろ、片っ端からオトして研究室と安心安全な引きこもり生活をもぎ取り、未来永劫、死守してやるから」
不安げな表情のユウキに軽口を叩きながら、しかし、俺はそろそろと視線を空に向けてどうしたものかと心の中でつぶやいた。
大口を叩いたが正直言って策も勝算も今のところまったく、何もなかった。
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