第43話 え、俺の知識?

「ふあぁ~、おいしかったぁ~」


「……ん」


 ユウキいわく〝がっつりおおあじ〟な朝食をオリヴィアは半人前、オクタヴィアは一人前+オリヴィアが残した半人前を食べ終て満足げに息をついた。

 ここは俺とユウキが暮らす小アーリス城の一階にある部屋。ソファに並んで座るオリヴィアとオクタヴィアの対面に腰かけ、俺とユウキは二人が朝食を食べ終えるのを待っていた。


 温かなお茶を一口。


「それで、ね……アルバート」


 オリヴィアが口を開いた。


「戦争に行かないで済む方法……思い、付いた……かも……しれない」


「昨日の今日で、ですか?」


 目を丸くした俺は思わずユウキと顔を見合わせた。オリヴィアはと言えば人見知りのせいで目を合わせようとしないけれど、色の薄い青色の目をあげ、前髪のすきまからチラッ、チラッ……と俺の反応をうかがっている。

 慌てて人畜無害な末っ子王子スマイルを浮かべてパン! と手を打ち鳴らす。


「すごいです、オリヴィア姉様! それってどんな方法なんですか?」


 弟の好意的な反応に安心したのだろう。オリヴィアはほっと息をつくと紅茶のカップで口元を隠しながらゆっくりと話し始めた。


「お祖父様の乳兄弟で、転生者のジョージ様……の本に書いてあった。転生者の中に……アーリス城の一室をもらって、研究室にしてた人が……いたって。その人は王族、だったけど……グリーナ国と起こった、戦争では……前の戦争では、乳兄弟といっしょに研究室にこもってて、戦争には行かなかったって……」


「研究室にこもって、ですか」


 オリヴィアの話に俺は金色の前髪をくるくると指でいじった。戦争が始まっても安心安全なアーリス城内の研究室で引きこもり生活を送る。それができるなら実に理想的だ。

 ただ、心配な点もある。


「その人は何の研究をしていたんですか?」


「〝わくちん〟……て、書いてあった。研究が完成する、前に……病気で死んじゃって……研究を引き継げる人もいなかった、から……頓挫とんざしちゃったみたい、だけど……」


 ジョージ様やその後に現れた転生者は研究を引き継がなかったのだろうか。引き継ぐことができなかったのだろうか。金色の前髪をくるくるといじりながら俺はユウキに顔を向けた。


「ユウキ、〝わくちん〟ってわかる?」


 オリヴィアとオクタヴィアの前だ。もちろんネコをかぶったままで尋ねる。


「うーん、わかるようなわからないような……」


 煮え切らないことを言ってユウキはぽりぽりとえり首をかいた。


「ワクチンを打ったことはある。インフルエンザとかコロナとかのワクチン。そういう病気にかからなくしたり、かかりにくくしたりするためにワクチンを打つんだって親や先生からは教わった。でも、そのワクチンをどうやって作ってるのかは……」


「ユウキにはわからないんだね。わからないのは前世のユウキが子供だったから?」


「どうかな。大人だったらもう少し詳しく知ってるかもしれないけど、それでも作れるのは……お医者さんとか、薬の研究者……とか?」


「一般的な知識ではなく専門的な知識が必要、ということか」


 だから、その後に現れた転生者やジョージ様は研究を引き継ぐことができなかった。

 そうなると――。


「その人が研究室をもらえて戦争に行かずに済んだのは専門的な知識があって、専門的な研究が行えたからですよね、オリヴィア姉様」


「……ん」


「だとするとユウキの前世の知識では……子供だったユウキが知っていること、できることだけで研究室をもらうのは難しいのではないでしょうか」


 俺の言葉にユウキは同意するように小さくうなずいて、うつむいた。俺とオリヴィアの話を身を乗り出し、目を輝かせて聞いていたオクタヴィアの表情もみるみるうちに曇っていく。

 でも――。


「ユウキは〝わくちん〟を作れない……かもしれない。専門的な知識も、なくて……専門的な、研究もできない……かもしれない。でも、ユウキには……スキルがある」


 人見知りの姉にしては珍しくオリヴィアはずいぶんキッパリとした口調で言った。


「スキル? 〝すーぱーのたなか〟ですか?」


 首をかしげる俺をチラッと見上げ、すぐさまうつむくとカップで口元を隠しながらオリヴィアは小さく、こくりとうなずいた。


「昨日の夜、スキルで出した……〝さんどいっち〟の材料が入ってた、袋。 あれ、まだ……残ってる?」


「取ってあるよね、ユウキ」


「うん、カビが生えないように洗ってとりあえず箱の中に押し込んである。昨日出したものだけじゃなくてその前に出したものもいっしょくたに」


 正直、処分に困ってのことだ。

 スキル〝すーぱーのたなか〟で錬成だか召喚だかしたユウキの前世の国、世界のものはこの国、この世界のものと違い過ぎる。〝たんさんすい〟や〝おかゆ〟、〝しょくぱん〟や〝ぱっくさらだしりーず〟が入っていたつるつるした素材の容器なんかは特にそうだ。

 〝切り札〟であるユウキの前世の記憶とスキルについては他の兄姉はもちろん、できるだけ隠しておきたかった。だから、捨てることができずに人目につかない場所に押し込んだ。

 でも――。


「よかった……捨てて、なくて。スキルで出した、ものが……消えたりしない、みたいで」


 オリヴィアにとっては朗報だったらしい。そう言ってほほをゆるめた。


「ユウキの、スキルは……ユウキの前世の国や、世界のものを出現……させる。〝わくちん〟を作れる知識は重要、だけど……実物がある、ことも……重要」


 たしかにオリヴィアの言うとおりだ。〝わくちん〟は研究をしていたという転生者の頭の中にしかないけれどユウキがスキルで出したものは実際に〝ここ〟にある。俺もオリヴィアもオクタヴィアも――この国、この世界の人間が手に取って、見て、さわることができるのだ。

 ユウキには作り方がわからない〝かぼちゃさらだ〟やつるつるの素材だけど、作ったり分析したりできる人間が現れるかもしれない。スキルがあるかもしれないのだ。


「ユウキのスキルで出したもの、があれば……研究室をもらえる可能性、も……戦争に、行かずに済む可能性も……十分にある。でも……」


 そこで言葉を切ったオリヴィアはチラ……とユウキを上目遣いに見て言った。


「ユウキの……知識、も重要」


 オリヴィアの言葉にきょとんと目を丸くしたユウキは――。


「え、俺の知識?」


 そう言って自分の顔を指さしたのだった。

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