第4章 晴れた空色の……。
第41話 今朝も姿を現わさないとはな。
小アーリス城の一階にある王子、王女用の食堂には七人分の席が用意されている。一番上の兄と二番目の姉は国内のどこだかに視察に行っていて、ここしばらく不在。
だから、今朝も五人分の朝食が用意されていて、五人の王子、王女がナイフとフォークを手に優雅に朝食を取っていないとおかしいのだけど――。
「……」
ななめ前の空席をちらっと見て俺はあきれ顔になった。その席に座るはずの一番年の近い姉・オリヴィアは兄弟たちが朝食を食べ終えようかというこの時間になってもいまだに姿を現わしていない。
何日も食堂に姿を現わさず、ついには乳兄弟のオクタヴィアを部屋から追い出し、スキルまで使って引きこもっていたオリヴィアをオクタヴィア立案〝おいしいおいしい言いながら食べてオリヴィアホイホイ作戦〟やらユウキ立案〝歌って踊ってオリヴィアホイホイ作戦〟を経て、俺立案〝シンプルにノックしてドアを開けてもらおう作戦〟で無事に引きずり出したのが昨夜のこと。
何日もまともに食事を取っておらず、夕食も食べ損ねたオリヴィアのためにスキル〝すーぱーのたなか〟で錬成だか召喚だかした〝しょくぱん〟と〝ぱっくさらだしりーず〟を使って〝さんどいっち〟を作ったのも昨夜遅くのこと。
〝さんどいっち〟を持って俺とユウキの部屋を出ていく直前、オリヴィアはこう言っていた。
――明日の、朝……食堂に来る?
――それなら、話はまた明日。
と。
だというのに――。
「今朝も食堂に姿を現わさないとはな」
「オクタヴィアも来てなかったよ。……アル、露骨に面倒くさそうな顔するなって。誰が見てるかわからないんだからちゃんとネコをかぶって、ネコを」
乳兄弟の食堂は王子、王女用の食堂の隣にある。食堂を出て合流するなり乳兄弟の兄担当と言わんばかりの顔で説教するユウキににーっこり。
「面倒くさいなんて全っ然、思ってるよ!」
きゅるん☆ とかわいい末っ子王子スマイルでそう言うとユウキはげんなりとした顔になった。言葉と表情に落差があり過ぎて気持ち悪い、とか思っているのだろう。ユウキの表情に満足げに笑ったあと、俺は金色の前髪をくるくると指でいじり始めた。
「実際、面倒くさいことになってるんだよ」
「なんで? オリヴィア様が食堂に姿を現わさないなんてよくあることじゃない」
「そう、よくあること。いつものこと。昨日までの俺だったら放っておくし面倒くさいことにもならない」
本の虫で通称・ひきこもり姫なんて呼ばれている十五才の姉は食事の時間に遅刻するのはもちろん、すっぽかすこともよくあるのだ。
でも――。
「俺は昨日、オリヴィアと協力関係を結んでしまった」
乳兄弟であるユウキやオクタヴィアもいっしょに、だ。
戦争に行かずに済む方法はないか。
安心安全な場所で引きこもれる方法はないか。
王族として生まれた自分はともかく、乳兄弟を危険にさらさないで済む方法はないか。
同じようなことをオリヴィアが考えていると知って――それが引きこもっていた理由だったと知って、協力関係を結んだ。ユウキが転生者であることを明かし、オリヴィアとオクタヴィアの前でスキル〝すーぱーのたなか〟を使ってみせたのだ。
「協力すると言って友好関係を築こうとしている以上、素直でかわいい末っ子王子としては協力者である姉が来ると言っていた朝食に来なかったら心配をしに部屋まで様子を見に行かないといけない。……実に面倒くさいことになった」
と、ぶつぶつ言いながら小アーリス城の二階に続く階段へと向かう。人目がないのをいいことにネコをこっそり脱いだ俺がため息をつくのを聞いてユウキがくすりと笑った。
「そっか。オリヴィア様とオクタヴィアのこと、心配してるんだ」
「素直でかわいい末っ子王子としては、な」
「そっか。素直でかわいい末っ子王子なアルはお姉さんとお姉さんの乳兄弟のこと、心配してるんだ」
乳兄弟の兄担当と言わんばかりの顔で笑っているユウキをじろりとにらみつける。スネを蹴飛ばしてやりたいところだけど目的の部屋の前に到着してしまった。フン! と鼻を鳴らし、あとで絶対にスネを蹴飛ばしてやろうと心に決めてネコを装着。
「オリヴィア姉様、オクタヴィア……あの、起きてますか? 大丈夫ですか?」
俺はドアをノックしたのだった。
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