閑話 ある王子と従者。

「うむ、お腹いっぱいだ! 満足、満足! ありがとう、我がかわいい弟と乳兄弟たちよ! それではな!」


 ハッハッハー! と豪快に笑いながらその場を立ち去るあるじの背中を見つめて従者である私、エドマンド・ハウエルはため息をついた。

 二才年下の主、ウォルター・バロン・リグラスはリグラス国現国王とバロン領の側妃とのあいだに生まれた王子。現国王にとっては上から三番目の子供だ。


 ウォルターがほぼほぼすべて食べてしまった料理は絶賛引きこもり中の王女・オリヴィア様のために、彼女の乳兄弟であるオクタヴィアと末の王子・アルバート様、乳兄弟のユウキが用意したものだ。

 ウォルターがすべてを食べてしまったことで三人の作戦は失敗に終わったらしい。


「か……完璧な作戦だと思ったのに……!」


 振り返るとガックリとひざから崩れ落ちたオクタヴィアの肩をユウキがなぐさめるようになでている。アルバート様はといえば困ったような微笑みを浮かべて乳兄弟二人を見守っている。


 本の虫、ひきこもり姫のオリヴィア様。

 素直でかわいらしいがただそれだけのアルバート様。


 母親の故郷であるマーガレット領とグリーン領が王位や権力にあまり興味ないことを考えても王位継承権争いにはまったくからんでこないだろう二人だ。警戒する必要もないが親交を深める必要もさしてない。

 隣国・グリーナとの戦争が始まり、王位継承争いが表面化するかもしれない今の状況ならなおのこと。


 だというのに――。


「体を動かしたあとの食事はうまい! 我がかわいい弟とその乳兄弟たちとで食べる食事もうまい!」


 主であるウォルターはそんなのんきなことを言って豪快に笑うのだ。

 この裏表のない性格と分けへだてのない態度が周囲から――特に共に鍛錬をつむ兵たちからは好意的に受け止められている。現国王に近しい性質だと言う者もいる。

 少々、思慮が足りないところはあるがそこは信頼できる者にがフォローしてもらえばいい。聞く耳も、考えて自分なりの答えを導き出すだけの意思もある。一年と経たずに成人もする。

 ウォルターは王位を狙えるだけの素質を持っているのだ。


 いや――。


「次は我がかわいい妹もいっしょに食べられると良いな。お前もそう思わんか、ウォーレン・・・・・


 素質を持っていた、のだ。

 ウォルターの背中を見つめてため息を一つつく。


「私はエドマンドです。ウォーレンは……いませんよ、ウォルター様」


 今日だけで何度目だろうかという訂正をする。

 ふとウォルターが足を止めた。振り返るとじっと私の顔を見つめる。いつもの明るい笑顔はない。ただ真顔でじっと見つめたあと――。


「そうだった、そうだった! いやぁ、慣れというのは恐ろしいな! つい言い間違えてしまう! すまないな、エドマンド!」


 ハッハッハー! と豪快に笑って再び、歩き出した。感情のない真顔からいつもどおりの明るい笑顔へ。表情の急激な変化に私は唇を引き結んでウォルターのようすをうかがう。


 ウォーレンというのはウォルターの乳兄弟だった少年の名だ。

 賢い少年だった。思慮が足りないウォルターを影に日なたにとフォローする優秀な右腕になったかもしれない。

 死んでしまった今となっては〝かもしれない〟以上のことは言えないのだけれど。


 階段をあがり、小アーリス城三階の一室に入る。かつてはウォルターとウォーレンが、今はウォルターと私が使っている部屋だ。

 ウォルターが兵たちと鍛錬をしているあいだに受け取った封筒をペーパーナイフで開ける。入っていたのは短い手紙。さっと読んで火をつけると灰皿へ。すっかり灰になるのを確認して顔をあげる。

 昼食に向けてウォルターは着替えを終えたところだ。


「ウォルター様、決行です」


「うむ、そうか!」


 何を決行するのか。その結果、どうなるのか。理解しているのだろうかと心配になってしまうほどに明るい表情でウォルターはうなずく。


「……よろしいのですか?」


「それをウォーレンも望んでいるのだろう? ならば、そのとおりにしよう!」


 まるで子供のように澄んだ目で言う。

 私は〝はい〟とも〝いいえ〟とも言わずにただうつむいた。


 ウォルターは王位を狙えるだけの素質を持っていた。でも、今はもうない。乳兄弟であるウォーレンが死んだときにきっとその素質は壊れてしまった。

 そして、その素質を壊したのは――。


「さて、そろそろ食堂に行くぞ!」


 ウォルターの大きな声にハッと顔をあげる。


「は……!」


 部屋を出ていこうとするウォルターのあとを〝はい〟と返事をして追いかけようとして――。


「やはり体を動かしたあとは腹が減る! いくら食べても足りんな、ウォーレン!」


 ハッハッハー! と豪快に笑うウォルターの背中を見つめて立ち尽くした。


「この時期、国境近くはどうだろう。寒くならなければいいがなぁ。皆が風邪をひいては大変だ!」


 部屋を出ていくウォルターの声がやけに明るく響いた。

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