第40話 一番の、親友……?

 小アーリス城一階の俺とユウキが二人で使っている部屋。オリヴィアとオクタヴィアが帰っていった部屋はいつもの静けさを取り戻していた。


「長い一日だったな」


 ベッドに引っくり返った俺は天井を見上げて盛大にため息をついた。


 オクタヴィアが倒れているのにうっかり遭遇したのが今日の朝食後のこと。

 それからオクタヴィア立案のおいしいおいしい言ってオリヴィアホイホイ作戦やら、ユウキ立案の歌って踊って大騒ぎしてオリヴィアホイホイ作戦やらの失敗を経て、ようやくオリヴィアを部屋から引きずり出すことに成功。

 そこから〝さんどいっち〟を作って今だ。


「本当に……本っっっ当に長い一日だったぁ!」


「そうだね。でも、無事にオリヴィア様が部屋から出てきてくれてよかったよ」


「そうだな。あの騒々しさが翌日に持ち越されるなんてことにならなくてよかった」


 ネコを完全に脱いだ俺は遠慮なく、深々と、盛大にため息をつく。それを聞いたユウキがくすりと笑った。なんだか含みのある笑みに俺は眉をひそめた。


「……なんだよ、ユウキ」


「いや、別にぃ。俺が転生者でスキル持ちになったって話は秘密。〝切り札〟だから効果的なタイミングで切りたいなんて言ってたくせに、オリヴィア様のために前世の記憶とスキルを使って夜食を用意しようなんて言い出すなんてなーと思って」


「効果的なタイミングだと思ったから〝切り札〟を切っただけだ」


 にやにやと笑っているユウキの言葉をフン! と鼻を鳴らして一蹴いっしゅうする。


「俺の目的は戦争に行くことになったとしても後方支援にまわること、あわよくば安心安全地帯で引きこもり生活を送ることだ。オリヴィアの目的も同じ。安心安全地帯での引きこもり生活。〝切り札〟を切って協力関係を結ぶだけの価値はある。それに……」


 まだにやにやと笑っているユウキに向かってハエでも払うようにひらりと手を振って話を続ける。


「オリヴィアが借りてた転生者の本を見たか? 分厚い上に三冊もあるなんて読む気にならない。オリヴィアに話を聞いた方がどう考えても速い。効率的だ」


「……オリヴィア様のことが心配だっただけなくせに」


「ネコかぶり末っ子王子様の名演に乳兄弟のお前までだまされてどうするんだ、ユウキ。まぁ、それだけ俺のネコのかぶり方とかわいさが完璧だったということだな!」


 ユウキのあきれ顔を無視して俺はフフン! と胸を張った。ベッドの上に転がったままで。


「素直じゃないしかわいくない末っ子王子だなぁ」


「どこがだ。とっても素直で、ネコをかぶっていなくてもかわいい末っ子王子様だろ」


「はいはい、かわいいかわいい。そういう素直じゃないところも含めてアルだもんな」


 そう言ってユウキは乳兄弟の兄担当と言った顔で笑っている。なんだかものすごーーーく腹の立つ笑顔だけど魔力酔いのせいで起き上がってスネを蹴飛ばすこともできない。


「……あの〝さんどいっち〟は誰と作ったんだ?」


 こういうときはさっさと話題を変えるに限る。


「誰と?」


「俺たち・・が作るときは、って言ってただろ。〝さんどいっち〟を作っている最中に」


 俺の補足にユウキはあぁ! と声をあげた。


「大地だよ。大地といっしょに作ったんだ。幼稚園からの幼なじみなんだけど大地んちは仕事で親が家を留守にすることが結構あってさ。しょっちゅう泊まりに行って、大人に怒られないのをいいことに遅くまでゲームして……そんときに作って食べてたのが今日のサンドイッチ」


 そう話すユウキの声は明るい。

 前世の記憶を思い出した直後、ユウキは〝戦争はいやだ〟と叫んで気を失った。前世のいやな記憶を悪夢として見てはうなされていた。

 だから、〝まーまれーどそーだ〟を飲んだとき、俺はユウキに言った。


 ――でも、今はこういう記憶を……楽しい記憶だけを思い出せ。


 と――。

 今、ユウキが思い出して話している記憶は楽しい記憶のようだ。〝だいち〟との思い出は楽しい記憶のようだ。

 心の中でほっと息をついて重くなってきたまぶたを閉じる。


「じゃあ、その〝だいち〟が〝さんどいっち〟を切り分けるのもやっていたんだな」


「そうだよ、そのとおりだよ! どうせ俺は前世でも今世でも絶望的な料理センスだよ!」


「音楽センスは絶望的じゃなかったんだな、前世では」


「音楽センスも絶望的だったよ、うるさいなぁ!」


 やけっぱちで怒鳴るユウキに俺はケラケラと笑い声をあげた。ムッとしているのだろう。しばらく黙り込んでいたユウキだったけどそのうちにくすりと笑い声がもれた。 


「大地は五月生まれで俺は早生まれでさ。大地の方が体はでかいし運動もできるし手先も器用だし」


 俺よりも数か月早めに生まれたユウキは乳兄弟の兄担当みたいな顔をしてことあるごとに口うるさく俺に説教してくる。

 だというのに――。


「同い年なのに兄貴ぶってことあるごとに口うるさく説教してきて」


 重いまぶたをどうにか持ち上げて隣のベッドのユウキを見ると唇をとがらせて弟担当みたいな顔をしている。


「口うるさいし、かなりお節介だったけど……でも、いつでも、何をするにもいっしょな一番の親友だよ、大地は」


 そう言ってユウキは照れ隠しにぽりぽりとほほ・・をかいた。


 えり首ではなくほほをぽりぽりとかき。

 いつもは兄担当みたいな顔をしているくせに今は弟担当みたいな顔をしている。


 魔力酔いのせいで限界な体が眠りへと落ちていく中――。


「〝だいち〟は……一番の、親友……?」


 同じように眠りへと落ちていくユウキの横顔をぼやけた視界で眺めて俺はざわざわと騒ぐ胸を落ち着かせようと唇を引き結んだ。

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