ネコかぶり末っ子王子の戦争回避譚 ～乳兄弟が転生者でスキル持ちになったので全力で利用させていただきます～

第39話 片手でお手軽、サンドイッチ。

「サンドイッチはカードゲームをやりながら片手でお手軽に食べられるようにって考えられた料理なんだ。だから、こんな風に……うん、この味！」

「お行儀が悪いでしょ、ユウキーーー！」

「手が汚れちゃうよ！」

　〝まかろにさらだ〟入り〝さんどいっち〟を手でつかんでパクリとほおばるユウキを見てオクタヴィアとネコをかぶった俺は同時に怒鳴った。

　ユウキの前世ではどうだったか知らないけどこの国、この世界では食事はもちろんのこと、お菓子を食べるときもナイフとフォークを使う。手で食べようとすれば焼いた肉の場合は油でギトギトになるし、野菜も熱かったり崩れたりして食べにくいし、お菓子も甘味料やらなんやらでベッタベタになってしまう。

　でも――。

「大丈夫。ちょっとパンくずはつくけど、さっと払えば全然汚れてない」

　そういえばパンだけは手でちぎって食べる。手づかみで食べて問題のないパンで具材をはさめば手が汚れる心配もない。

　手のひらを開いて見せるユウキに俺とオクタヴィアはなるほどとうなずいた。

「頭いいね、ユウキ！」

「頭いいのはサンドイッチ伯爵だけどね」

　目を輝かせるオクタヴィアにユウキはぽりぽりとえり首をかいて苦笑いした。

「それじゃあ、僕も」

「私も早速！」

　絶賛ネコかぶり中の俺はユウキと同じ〝まかろにさらだ〟入り〝さんどいっち〟を手に取り、かわいく一口。オクタヴィアは〝かぼちゃさらだ〟入り〝さんどいっち〟を手に取り、大きく一口。

「……おいしい」

「おいしいー！」

　同時に歓声を上げた。

　まず驚くのが〝しょくぱん〟のふわふわの食感。手で小さく千切ってもかみごたえのあるこの国、この世界のパンとはずいぶんな差だ。

　そのふわふわの〝しょくぱん〟にはさまれている〝まかろにさらだ〟も食べたことがない味だけどおいしい。

　筒状の何かはもちもちとした食感。そこに薄く切ったきゅうりと玉ねぎのシャキシャキした食感が加わる。きざんだゆでたまごの黄身と白身、それぞれに違う食感もいいバランスだ。

　薄っぺらいピンク色の何かは肉を加工したものだろうか。塩気が効いていておいしい。

　何より全体にまとわりつく白い調味料らしきもの。コクがあってまろやかで、ほんの少し酸味がある。

　この調味料がすべての食材を包み込んで一つの料理としてまとめあげていた。

「ユウキ、この白い調味料は……？」

「マヨネーズだよ。こっちのカボチャサラダにも、まだ開けてないポテトサラダとごぼうサラダにも使われてる万能調味料！」

　と言いながら、ユウキは〝かぼちゃさらだ〟入り〝さんどいっち〟もしれっと食べ終えている。

　オクタヴィアはというと――。

「〝しょくぱん〟はふわふわ！　〝かぼちゃさらだ〟はねっとり甘くて濃厚！　あわせると甘くてふわふわでお菓子みたい！」

　〝かぼちゃさらだ〟入り〝さんどいっち〟をほおばった口をもぐもぐと動かしながらうっとりしている。

　ちなみにオリヴィアはというと〝まかろにさらだ〟や〝かぼちゃさらだ〟が入っていたつるつるの素材の袋をいまだにじーっと見つめている。まったく話に参加してきていない。

「今は十字に切って正方形にしたけどバツ印に切って三角形にしたり、四等分した正方形をもう半分に切って小さな三角形にしても食べやすいよ」

「リヴィは口も手も小さいからもう半分に切って三角にしてあげる！　ほら、リヴィ。〝かぼちゃさらだ〟、おいしいよ。〝かぼちゃさらだ〟の〝さんどいっち〟、おいしいよ！　持って！　食べて！」

　ユウキの話を聞くなりオクタヴィアはさらに半分にした〝さんどいっち〟をオリヴィアに差し出した。

「……」

　オリヴィアはと言えばつるつるの素材の袋をじーっと見つめたまま。オクタヴィアのなすがままされるがまま状態で〝さんどいっち〟を手に持ち、口に運び――。

「……」

　もぐもぐと食べながら引き続き、つるつるの素材の袋をじーっと見つめている。

　あいている手で袋をひっくり返したり別の袋を引き寄せたりしているようすからして本を読みながら〝さんどいっち〟を食べることもできそうだ。

　――それなら本を読みながら食べられるちょうどいい料理があるよ。

　まさにユウキが言っていたとおりだ。

　食事を味わうという観点からはどうなのだろうとは思うけど。

「……」

　もぐもぐと口を動かしながらつるつるの素材の袋をじーっと見つめるオリヴィアを見下ろして俺は心の中でこっそりため息をついた。

　〝かぼちゃさらだ〟入り〝さんどいっち〟の味はオリヴィアの記憶にまったく残っていないかもしれない。

　と、――。

「ユウキ、これってユウキが前世で使ってた文字？　何が書いてあるの？」

　オリヴィアがもぐもぐと〝さんどいっち〟を食べ進めるのを見守っていたオクタヴィアが袋を指さして尋ねた。

　黒いインクで書かれたいくつかの正方形。そこにやっぱり黒いインクで書かれた小さい何かは模様にも見えるし、文字と言われれば文字にも見えなくない。

「そう、文字。俺が生まれ育った日本って国で使われてた言葉。日本語」

「よくわかったね、オクタヴィア」

　笑顔でうなずくユウキと目を丸くする俺を見てオクタヴィアは苦笑いする。

「活字中毒のリヴィがこれだけ気にするんです。多分、きっと、文字なんだろうなって」

　一心不乱に袋を見つめるオリヴィアは俺たちの話なんて耳にも入っていないようすだ。

　これが文字だとして何が書いてあるのだろう。もしかしたら、戦争に行かないですむ方法を、戦場に出ないですむ方法を見つけ出すきっかけに……。

「……！」

「アル！」

「アルバート様！？」

　金色の前髪をくるくると指でいじろうとして持ち上げた手を俺はあわててテーブルについた。魔力酔いでふらふらしていたけどもう限界だ。

「オクタヴィア、残りの〝さんどいっち〟を作ったら部屋に持って帰って。僕とユウキはそろそろベッドに横になるね」

「わかりました、アルバート様！　ほら、リヴィ。〝さんどいっち〟を作って急いで部屋に戻らないとだから手伝って！」

　なんて言いながらオクタヴィアは残りの〝ぽてとさらだ〟入り〝さんどいっち〟と〝ごぼうさらだ〟入り〝さんどいっち〟をテキパキ作り始める。オリヴィアはと言えばあいかわらず袋をじーっと見つめている。

　……オクタヴィアの話を聞いてちょっと考えを改めたけど、やっぱりものすごーくマイペースな姉なのかもしれない。

　よろよろとベッドにたどり着いた俺とユウキはどさりと横になった。背中からダイブしたいところだけどかわいい末っ子王子らしくお行儀よく横になる。

　それだけの体力はどうにかこうにか残しておいたけど……ネコをかぶり続けるのも楽じゃない。

「はぁー」

「はぁー」

　俺とユウキはそろってため息をついた。長い一日だったけど、あともうちょっとで終わる。

　そう思いながら目を閉じると――。

「……アルバート」

「……！」

　耳元で名前を呼ばれた。

　あわてて目を開けるとネコみたいに足音も気配もなくベッドによじのぼってきていたオリヴィアが俺の顔をのぞきこんでいた。

「オリヴィア姉様？」

「明日の、朝……食堂に来る？」

　急に何の話だろうか。わけもわからないまま俺はこくりと、かわいい末っ子王子らしくうなずいてみせた。

　今までの経験からして夜にスキルを使えば翌日の朝には動けるようになっている。朝食も食堂で食べられるだろう。

　俺の答えに満足したらしい。オリヴィアは小さくうなずくとベッドからおりた。

「それなら、話はまた明日。……おやすみなさい」

　そして――。

「〝かぼちゃさらだ〟の〝さんどいっち〟、おいしかった」

　視界の外でそう言った。

　言葉も反応もなかったけれどオリヴィアはちゃんと〝かぼちゃさらだ〟入り〝さんどいっち〟を味わっていたらしい。

　少しの間を置いて――。

「アルバート様、ユウキ、ありがとうございました。おやすみなさい。また明日ー！」

　元気いっぱいなオクタヴィアの声が響いた。直後にパタンとドアが閉まる音がして俺とユウキが二人で使っている部屋にいつもの静けさが戻ってきた。

「嵐みたいだったね」

「……そうだな」

　ちゃっちゃかネコを脱いだ俺はくすくす笑うユウキに苦笑いで答えたのだった。