第38話 耳を切り落とす!?

 〝ぱっくさらだしりーず〟の〝かぼちゃさらだ〟を受け取ってすぐはつるつるとした素材に困惑していたオクタヴィアだったけど、順応性が高い。


「ここに切れ目があるのか。ここをちぎって……なるほど、なるほどー!」


 なんて言いながらすんなり〝かぼちゃさらだ〟の封を開けてみせた。


「で、中身をスプーンでかき出して食パンの上に乗っける」


「かき出して乗っける!」


「……カボチャ?」


 オクタヴィアが〝しょくぱん〟の上にかき出して乗っけた〝かぼちゃさらだ〟を見てオリヴィアが首をかしげた。

 甘い香りとほんのり黄色いところはカボチャだ。でも、俺たちが見慣れたざっくり切って蒸すかゆでるかしただけのカボチャとはずいぶんと違う。

 なんていうか――。


「ぐちゃぐちゃだね、リヴィ」


「……うん、ぐちゃぐちゃ」


 というわけだ。


「そういう料理なんだよ、カボチャサラダは。カボチャをなんかしてマヨネーズとか調味料を入れて……えっと、ぐちゃぐちゃする感じの!」


 オリヴィアとオクタヴィアの表情を見てあわてふためくユウキを観察して思う。

 この雑な感じの説明、カボチャサラダ自体は作ったことがないんだろうな。


 もうしばらくあわてふためくユウキを放置しておきたいところだけど、魔力酔いのせいで立っているのがきつくなってきた。巻きでお願いしたい。


「それでユウキ。〝かぼちゃさらだ〟を乗っけたあとはどうするの?」


「え、えっと……袋の中身を全部かき出し終えたら食パン全体にまんべんなくぬる!」


 これ幸いと俺が出した助け舟に飛び乗ったユウキはスプーンの背を使って〝まかろにさらだ〟を〝しょくぱん〟全体にぬっていく。

 オクタヴィアも見よう見真似で〝しょくぱん〟の上の〝かぼちゃさらだ〟を平らに伸ばしていく。


 オリヴィアはと言えばユウキとオクタヴィアがテーブルに放り出した〝まかろにさらだ〟と〝かぼちゃさらだ〟の袋をじーっと見つめている。

 何が気になるのか、袋から目を離そうとしない。


 小さな姉が袋に気を取られているあいだにも料理の工程は進んでいく。


「ぬり終わったらもう一枚、〝しょくぱん〟を取り出して……乗せる!」


「乗せる!」


 オクタヴィアはこれまたユウキの見よう見真似で〝しょくぱん〟の上の〝かぼちゃさらだ〟の上にさらに〝しょくぱん〟を乗せた。


「あとは切るだけ! 本当はパンにマーガリンをぬっておいた方がいいのかもしれないけど俺たち・・が作るときはいつもこのやり方だったから……いざ!」


 と、言いながらユウキは包丁を手にすると〝まかろにさらだ〟を〝しょくぱん〟ではさんだものを切ろうと包丁をギコギコと動かして――。


「……」


 手を止めて明後日の方向を見た。


「上に乗ってる〝しょくぱん〟がズレた気がするけど……?」


「ユウキ、中の具材がうにょってはみ出してきてるけどいいの? これで正解?」


 俺とオクタヴィアにたずねられたユウキは悲し気なほほえみを浮かべると――。


「……」


 無言で首を横にふった。不正解のようだ。

 この表情、〝さんどいっち〟を切るのはユウキじゃなく他の誰かがやっていたんだろうな。


「んー、んーーー! ユウキ、ちょっと包丁貸して!」


 ユウキがギコギコと包丁を入れて盛大にズレてはみ出させた〝まかろにさらだ〟入り〝さんどいっち〟をじーっと観察していたオクタヴィアが手のひらを差し出した。ガックリと肩を落としていたユウキは無言で包丁をバトンタッチ。


「この柔らかさ……具材の感じ……こうか? こうじゃないか?」


 包丁を受け取ったオクタヴィアはぶつぶつとつぶやきながら〝かぼちゃさらだ〟入り〝さんどいっち〟を手のひらで上から軽く押した。そして包丁を構えるとすーっと引くように動かした。

 すると――。


「オクタヴィア、すごい! 初めてなのに上手だね!」


 ほとんどズレることもなければ〝かぼちゃさらだ〟がはみ出すこともなく切ることができた。思わずパチパチと手を叩いてしまう。


「料理も得意なんです、私!」


「……」


 フフン! と胸を張るオクタヴィアのとなりでユウキがガックリと肩を落として絶望する。音楽センスだけでなく料理センスもオクタヴィアの圧勝のようだ。


「それじゃあ、オクタヴィア。その調子でこっち方向も切って。……うん、そう十字に」


「料理も得意なオクタヴィアさんに任せとけ、ユウキー!」


「うん、任せる。料理も絶望的センスな俺は料理も得意なオクタヴィアさんに全面的に任せるよ……」


 とかなんとか。

 ガックリ落ち込んでいるユウキの指示に従って元気いっぱいのオクタヴィアが包丁を入れ、〝かぼちゃさらだ〟をはさんだ〝さんどいっち〟は四等分に切り分けられた。


「これで完成だよ。できあいのサンドイッチは耳を切り落としてあるんだけど俺たち・・はやらなかったから今日のところはこのままで」


「耳を切り落とす!?」


「耳を切り落とす!!?」


 ユウキが盛大にズラしてはみ出させた〝まかろにさらだ〟入り〝さんどいっち〟も上手に切り分け終えたオクタヴィアがぎょっと目を見開く。

 俺も一瞬、ネコが脱げた。耳を切り落とすとは唐突にずいぶんと物騒な話だ。


「パンの茶色い部分のことを耳って言うんだけど……あれ? この国、この世界じゃあんまり使わない言い方だっけ?」


 俺とオクタヴィアの反応にユウキも目を丸くした。


「あんまりっていうか……使わない言い方だと思うよ、ユウキ」


 オリヴィアとオクタヴィアの手前、思うよなんて柔らかい言い方をしたけど断言できる。絶対に使わない。そんな物騒な会話、したこともなければ聞いたこともない。


 でもまぁ、のんびり前世の言葉について解説を聞いている場合でもすり合わせをしている場合でもない。

 じわじわと魔力酔いが効いてきている。


「耳はパンの茶色のところ。うん、わかった! それじゃあ、早速〝さんどいっち〟を食べようか!」


 えり首をぽりぽりとかきながら、あれ? そうだっけ? と首をかしげているユウキににっこり。かわいい末っ子王子スマイルでさっさと話を進めろと圧をかける。

 魔力酔いでふらふらし始めていることを思い出したのだろう。ユウキはこくこくとうなずいた。


「食べるならナイフとフォークを持ってこないとだね」


「ナイフもフォークもいらないよ、オクタヴィア」


 食器棚へと向かおうとするオクタヴィアをユウキが止める。ナイフとフォークがいらないとはどういうことだろう。

 首をかしげていた俺とオクタヴィアは――。


「サンドイッチはカードゲームをやりながら片手でお手軽に食べられるようにって考えられた料理なんだ。だから、こんな風に……」


 〝まかろにさらだ〟入り〝さんどいっち〟を手でつかんでパクリとほおばるユウキを見てぎょっとした。

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