第36話 前世の記憶とスキルを使って。

 クゥー……。


 響いた小動物的な謎の鳴き声に俺とユウキ、オクタヴィアは目を丸くした。でも、すぐに音の正体に思い当たってオクタヴィアがくすりと笑う。


「部屋にあったお菓子だけじゃ足りなかったよね、リヴィ。何か食べるものがないか探してくるよ」


 調理場にでも聞きに行くのだろう。オクタヴィアは腰をあげかけて――。


「……お菓子?」


 首をかしげるオリヴィアにかたまった。


「え、ほら……お菓子。贈り物のお菓子が部屋にたくさんあったでしょ?」


「……贈り物」


「部屋に引きこもってるあいだ、そのお菓子で食いつないでたんじゃ……」


「……お菓子?」


 クゥー……。


 やっぱり首をかしげるオリヴィアと鳴き声をあげる腹の虫にオクタヴィアの顔がみるみる青ざめていく。

 贈り物のお菓子でも食べているよ、なんて軽々しく言ってしまっていた俺の末っ子王子スマイルも引きつり出す。


「お菓子、食べてないの? 全っっっ然、食べてないの!?」


 こくり。

 小さくうなずくひきこもり姫のお腹がまたクゥー……と鳴いた。


 俺が予想していたよりも、オクタヴィアが思っているよりも、この小さな姉はなんにもできないし、しっかりしていないし、オクタヴィアがついていないとダメなのかもしれない。


「何か……何か食べる物がないか探してきます! 速攻で探してきます! だから、アルバート様、ユウキ! リヴィがまた引きこもらないように監視、お願いしますーーー!」


 俺にオリヴィアの小さな体を押し付けてオクタヴィアは止める間もなく走り出した。

 調理場に探しに行ったのだろうけど俺たち王子・王女や乳兄弟の食事も終わり、使用人たちも食べ終えているだろうこの時間に何か残っているだろうか。

 オクタヴィアの背中を見送りながら思う。


 そして――。


「戦争に行かないですむ方法を、戦場に出ないですむ方法を探していたのはオクタヴィアのため、ですよね」


 オクタヴィアの背中を今にも泣き出しそうな顔で見つめているオリヴィアを見下ろして俺は言った。ゆっくりと顔をあげたオリヴィアは薄い青色の目を涙に揺らして俺の目をじっと見つめた。

 人見知りで実の兄弟であっても目を合わせようとしないオリヴィアがじっと、俺の目を見つめていた。


 ――もしも戦争に行かずにすむ方法が見つからなくてもリヴィはなんにも怖がらなくていい!

 ――だって、絶対に私が守るから!


 オクタヴィアがオリヴィアに言った言葉。

 それは頼もしくもあるけれど同時に危うくもある。オリヴィアを守るためなら自分の身すらないがしろにしかねない危うさがある。

 オクタヴィアのそういう性格を誰よりもわかっているからオリヴィアはオクタヴィアに頼らず、戦争に行かないですむ方法を、戦場に出ないですむ方法を見つけようとしたのだろう。


 オリヴィアや俺は父様の――国王の子で、王族だから戦争が始まれば戦場に行かなくてはならないと覚悟している。王族に生まれた以上、仕方ないとあきらめている。

 でも、オクタヴィアやユウキは違う。王族の乳兄弟であるばかりに――俺たちの乳兄弟であるばかりに戦争に行かないといけない。


 オリヴィアはそれがいやなのだ。

 オクタヴィアを危険な目にあわせたくないのだ。


「……オリヴィア姉様は、守りたいんですよね」


 大切な乳兄弟を、守りたいのだ。


「……アルバート」


 震える声で言ってオリヴィアが俺の上着のすそをぎゅっとつかんで引っ張る。


「私、一人じゃ……見つけられない……守れないの」


 うつむいていて表情は見えない。でも、廊下にぽつりぽつりと落ちる水の粒で泣いているのだとわかった。


「だから、お願い……」


 オクタヴィアを――大切な乳兄弟を守るために、私を助けて。

 

 おそらくオリヴィアはそう言おうとしていたのだろう。

 でも――。


「タ、ヴィ……っ、を……ふぇっ」


 震える声は嗚咽おえつに代わり、言葉にならなくなってしまった。廊下に座り込んでしまったオリヴィアを見下ろして俺は金色の前髪をくるくると指でいじった。


 やはりオリヴィアは俺と似たようなことを考えていた。もしそうなら競合相手となりうるのか、俺のライバルになりうるのか見極めないといけない。

 そう思っていたけれど結論は出た。


 唇を引き結んでふりかえる。

 泣き出したオリヴィアを心配そうな顔で見つめていたユウキが俺の視線に気が付いてまばたきを一つ二つとした。ユウキの黒い目を真っ直ぐに見つめて俺はきっぱりと、でもユウキとオリヴィア以外には聞こえないよう声量に気を付けて言った。


「ユウキ、オクタヴィアを探して僕たちの部屋に連れてきて。オリヴィア姉様のために夜食を用意しよう。ユウキの……前世の記憶とスキルを使って」


 ユウキの黒い目が大きく見開かれる。でも、すぐにえり首をぽりぽりとかいて考え込み始めた。

 そして――。


「アル、それなら本を読みながら食べられるちょうどいい料理があるよ」


 ユウキは乳兄弟の兄担当と言わんばかりの顔で笑って歩み寄ると俺の頭をくしゃりとなでた。


「すぐにオクタヴィアを見つけて来る。だから、オリヴィア様といっしょに部屋で待ってて」


 チラリと見上げるとそれはそれは満足そうに、うれしそうにユウキは笑っている。いろいろと見透かされているようでなんだかものすごく腹が立つ。


「うるさいぞ、ユウキ」


「ネコをかぶって、アル」


 唇をとがらせて小声で言うとすぐさま小声でお決まりの一言が返ってきた。

 もう一度、くしゃりと俺の頭をなでてユウキは駆け出す。調理場に向かっただろうオクタヴィアを探しに行ったのだ。

 ユウキの背中を見送って俺は片ひざをつくと泣き崩れているオリヴィアの手をそっと取った。


「僕も同じです、オリヴィア姉様。ユウキを戦場になんて立たせたくない。危険な目にあわせたくない」


 泣きじゃくりながらオリヴィアが顔をあげる。

 よく見れば目の下にはくまができている。しばらくくしを通していないだろう髪にも肌にも艶がない。寝間着なのか部屋着なのかわからないけど薄手のワンピースはよれよれだ。

 食事も睡眠も取らず、オクタヴィアを部屋から閉め出し、なりふり構わずに本を読み続けて――そして、いっぱいいっぱいになって今、末の弟の前で泣きじゃくっている。


 オリヴィアは俺にとって競合相手となりうるのか。ライバルになりうるのか。

 状況が変わればなりうるだろう。だから、オリヴィアとオクタヴィアの前でネコは脱がない。ネコを脱ぐのはやっぱり乳兄弟であるユウキの前でだけだ。

 でも、今の状況なら協力するのも悪くない。〝切り札〟をためしに使ってみるくらいはいいだろう。


 オリヴィアの手を引いて立たせると俺はにっこり。ネコをかぶった末っ子王子の顔でほほえんだ。


「だから、オリヴィア姉様。ユウキを――大切な乳兄弟を守るために、僕を助けてください」


 本音が混じるほほえみはほんの少し困り顔になる。

 俺の手をぎゅっとにぎりしめたオリヴィアは返事もせずにうつむくとまた泣きじゃくり始めた。

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