第34話 作戦その3、立案者アルバート。

 作戦その3、立案者アルバート――。


 小アーリス城二階にあるオリヴィアの部屋の前までやってきた俺はまずドアノブに手を伸ばした。無色透明な壁にはばまれてドアノブにふれることはできない。

 スキルが発動しているということはオリヴィアが気を失ったり死んだりはしていないということ。そして、無色透明ということは防音機能は解除されているということだ。

 ユウキがおたまとフライパンと絶望的音楽センスで追加させてしまった防音機能は、すでに解除されたということだ。


 防音機能が解除されていなければ俺の作戦は成り立たない。即失敗にはならずにすんだようでほっと息をつく。

 人差し指を唇に当てて静かにしているようにと念押しの合図を送り、コホンとせき払いを一つ。俺はオリヴィアの部屋の扉をノックした。


「こんばんは、オリヴィア姉様。アルバートです。……まだ、起きてらっしゃいますか?」


 返事はない。でも、身じろいだ気配があった。少なくとも俺の声は届いているらしい。


「今日はうるさくしてしまってごめんなさい。僕、オリヴィア姉様が借りている転生者の本を借りたかっただけなんです」


 言葉を切って部屋の中の気配に聞き耳を立てる。一歩、二歩とためらいがちに近づいてくる足音が聞こえた。

 そして――。


「気に、しないで。……タヴィが……巻き込んだのでしょう? ……ごめんなさい」


 オリヴィアの小さな小さな声が返ってきた。


 やはり、と心の中でつぶやく。

 俺たち王族にとって生まれたときからいっしょに育ってきた乳兄弟は特別な存在だ。オリヴィアもオクタヴィアに対しては意固地にもなるしわがままにもなる。

 でも、血はつながっていても王位継承権を争うライバルで、しかも年下の弟である俺相手なら大人の対応をするだろうと思ったのだ。


 例えば――。


「オリヴィア姉様。オクタヴィアは今、ユウキといっしょに僕の部屋にいます。……オリヴィア姉様が借りていったっていう転生者に関する本、もう読み終わってますか? もし読み終わっていたら貸してほしいんです」


 なんて、かわいい末っ子王子ボイスでお願いしてみたりする。すると少しの沈黙のあと、ガタゴトと何かを探す音とドササー……と何かが崩れる音が部屋の中から聞こえてきた。

 そして、カチャ……とカギを開ける音がして――。


「……はい」


 細く開いた扉のすき間から細い腕がにゅっと伸びた。その手が差し出したのは三冊の本。

 オクタヴィアと同じ十五才とは思えない細くて小さな手。その小さな手が差し出した本へと腕を伸ばし――。


「作戦成功です、オリヴィア姉様」


 そのまま本を素通りしてオリヴィアの手首をつかんだ。


「……っ」


 ユウキと比べたら力のない俺だけど、ずっと体の小さな姉に負けるほど非力ではない。あわてて腕を引っ込めようとしたオリヴィアだったけど、じきにあきらめて抵抗するのをやめた。

 代わりにオリヴィアはドアのすきまから顔をのぞかせた。父様や俺たち兄弟に比べると色の薄い金色の髪。前髪のすきまからはやはり色の薄い青色の目がのぞいていて、俺のことをじっと見つめる。


「だましたのね、アルバート」


 一見すると無表情に見える。でも、よくよく見ると口はへの字に曲がり、薄い青色の目は恨みがましく細められていた。


「ごめんなさい、オリヴィア姉様」


 目を合わせようとはしないものの、にらんでいるようすの小さな姉に俺は困り顔でほほえんだ。


「でも、オクタヴィアが泣いてました」


 俺の言葉に薄い青色の目がゆらりと揺れる。

 今にも泣き出しそうな顔でようやく部屋から出てきたひきこもり姫・オリヴィアはうつむいたのだった。

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