第33話 ただのかわいい女の子として甘やかすんです!
「リヴィが王族だからですよ、アルバート様」
オクタヴィアは薄茶色の目で真っ直ぐに俺を見つめてそう言った。
どうしてオリヴィアを心配するのか。
その答えがこれ。王族だから。
ネコをかぶったかわいい末っ子王子らしく困り顔でどうにかほほえみ返す。
正直、オクタヴィアの答えは意外だった。正直……内心でガッカリしていた。
「リヴィがどういう子か、アルバート様は知ってますか? 本を読むのが大好きで活字中毒。夢中になると食べることも寝ることも忘れてしまう。ひどい人見知りで部屋から出たがらない。食堂に行くのもいやがるし、授業も何かと理由をつけてお休みしようとするんです!」
わらの敷かれた地面を元気いっぱいに叩きながらオクタヴィアは怒ったように言う。
「勉強は好きだけど教わるのは嫌いなんです。だって、人見知りだから。緊張してケリー先生の話なんてなんにも頭に入ってこないから。だから、何か言われたり怒られたりしないようにってリヴィは予習も復習もみっちり! しっかり! これでもかってくらいやるんです!」
「……そうなんだ」
想像していたよりも人見知りをこじらせているようだ。笑みが引きつりそうになるのをこらえて相づちを打つ。
「贈り物をもらったらお礼を言ったり手紙を書いたりしなくちゃいけないけど、それだってリヴィは大の苦手なんです! パーティなんてあった日には吐いちゃうんです! ゲロゲロパーです!!」
「そう……え、ゲロゲロパー?」
「はい、ゲロゲロパーです! 汚れたシーツや服を誰にも見つからずにこっそり洗濯するのも一苦労なんですよ!」
飛び出した謎の単語に戸惑いながら聞き返すとオクタヴィアは元気いっぱいにうなずいた。
王子・王女の務めとして、王族の務めとして、宮殿や貴族の屋敷で開かれるパーティに出席しなければならないことはときどきある。誰にあいさつをされてもにこりともせず、言葉少なに返すオリヴィアを見ていればパーティが苦手なことはわかっていた。
でも――。
「緊張で手が震えても、吐くほど嫌いでも、リヴィはちゃんと授業を受けるし、お礼の手紙を書いたり言いに行ったりするし、パーティも逃げずに行くんです! 背筋を伸ばして人前に立つんです!」
そう、俺が知っているのは人形のように無表情ではあっても、人と目を合わせようとはしなくても、背筋を伸ばして立つ姉の姿だ。
「吐くほどいやならさぼっちゃえばいいって私は何度も言いました。でも、王族だから、お父様の子だからってリヴィはそう言って絶対に逃げないんです!」
本の虫、ひきこもり姫なんてまわりから言われても好き勝手やっているマイペースな姉なんだと思っていた。
でも――。
「人前では王族として、王女として、ちゃんとしようとするんです! リヴィはそういう子なんです!」
そうではなかったらしい。オリヴィアなりに必死に演じていたらしい。ネコをかぶっていたらしい。
「なら、私は……私だけは! 王族としてがんばろうとするリヴィのことを王族としてじゃなく、ただの乳兄弟としてあれこれお世話するんです! ただのかわいい女の子として甘やかすんです!」
バシバシとわらの敷かれた地面を叩くオクタヴィアを見ているうちに苦笑いがもれた。
「だから、本当は放っておいても大丈夫だとしても私はリヴィを部屋から引きずり出すんです! とことんまで心配するんです!!」
ボロボロと泣きながらなのに元気いっぱいだ。
「オリヴィア姉様がうらやましいです。こんなにも思ってくれる人がいて」
ネコをかぶった末っ子王子らしくにっこりとほほえんで言う。
でも、おおむね本音だ。
王族だから。
その答えの続きがこれでほっとしていた。
と――。
「何言ってるんですか、アルバート様。アルバート様にはユウキがいるじゃないですか」
手の甲で泣き顔をゴシゴシとこすりながらオクタヴィアがきょとんとした顔で言った。
まばたきを一つ。オクタヴィアのななめ後ろに座り込んでいるユウキの顔を見る。
「……、……!」
ユウキいわく〝ぶさいくな顔〟にうっかりなっていたのだろう。乳兄弟の兄担当と言わんばかりの顔でユウキが口をパクパクと動かした。何を言っているのかは簡単に想像がつく。
――ネコをかぶれ、アル。
口うるさいやつだなと鼻を鳴らすのはオクタヴィアの手前、心の中でだけに留めておく。ユウキとオクタヴィアの視線から逃げるように考え込むふりでそっぽを向いた。
さて……と、口の中でつぶやいて金色の前髪をくるくると指でいじる。
毒にも薬にもならない末っ子王子だと思われているためにもあまり積極的には動きたくない。でも、乳兄弟であるオクタヴィア以外に知られるとあまりよろしくないだろうオリヴィアの秘密を聞いてしまった。おわびに少しくらいは協力するべきだろう。
オクタヴィアの望みを叶え、オリヴィアを部屋からホイホイするために、少しは知恵を貸すべきだろう。
ネコをきちんとかぶり直してにっこりほほえんだ俺は――。
「僕、思うんだけど……作戦って単純な方が意外とうまくいくんじゃないかな」
かわいくて優しい末っ子王子スマイルでオクタヴィアに手を差し出したのだった。
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