第32話 リヴィが王族だからですよ。

 小アーリス城の一階にある王子、王女用の食堂には七人分の席が用意されている。一番上の兄と二番目の姉は国内のどこだかに視察に行っていて不在。

 だから、今夜は五人分の夕食が用意されていて、五人の王子、王女がナイフとフォークを手に優雅に夕食を取っていないとおかしいのだけど――。


「……」


 ななめ前の空席をちらっと見て俺はこっそりため息をついた。その席に座るはずの一番年の近い姉・オリヴィアは絶賛ひきこもり中だ。

 オクタヴィアの話通りなら今回の夕食で十食抜いたことになる。


「……さすがにまったくの飲まず食わずということはないと思うけど」


 なんて兄や姉たちに気付かれないように小声でぼやきながら口元をぬぐうと食堂をあとにする。

 乳兄弟の食堂は王子、王女用の食堂の隣にある。ユウキやオクタヴィアも食べ終えて出て来るだろうと待っていたのだけど一向に出てこない。

 早食いの二人が遅すぎないか? と思い始めた頃――。


「あらあら、アルバート様! ユウキをお探しですか?」


 食堂の片づけを手伝っていたのだろう、メイおばさんが俺に気が付いて寄ってきた。

 そして――。


「ここだけの話ですよ。実はユウキとオクタヴィアが……」


 ***


「仲良く寄り添ってデートしに行ったことになってるよ。ユウキ、オクタヴィア」


 小アーリス城の裏にひっそりと建つ納屋の扉を開けた俺は中の様子を見てため息まじりに言った。一応はネコをかぶっているけれど半分くらい脱げている気がする。オクタヴィアがいるのだから気を付けなければと思うのだけど――。


「カンペキナサクセンダトオモッタノニ……」


 茶色くてもっふもふのテディのしっぽの付け根に顔をうずめて力なく絶望するオクタヴィアを見ているとちょっとくらいネコが脱げてもバレないか、という気持ちになってしまう。


「クゥーン」


 納屋を寝床にしている犬たちの中で一番体が大きくて抱き心地抜群なテディ。そのテディは困り顔で俺を見上げた。

 そりゃあ、困り顔にもなるだろう。


「カンペキナサクセンダトオモッタノニ……」


 ユウキまでもが首にしがみついて絶望しているのだから。


 メイおばさんのここだけの話。

 それは早々に食堂を出たユウキとオクタヴィアが仲良く寄り添ってどこかに向かった、きっとデートに違いない……と使用人たちがうわさしていたというものだ。

 小アーリス城で育った乳兄弟同士が結婚することは珍しくない。だから、寄り添うユウキとオクタヴィアを見て使用人たちがにっこにこでそういううわさ話をしたくなる気持ちもわかる。

 でも――。


「ユウキは落ち込むと納屋に来て、テディの首にしがみつくんだよね」


 向かった方向と今日一日の出来事を考えればユウキがどこに、何をしに行ったかなんて簡単に想像できる。ゾンビ状態のオクタヴィアはふらふら歩いて行くユウキのあとを何も考えずについて行っただけだろう。


 でも、まぁ、俺にひと声かけてから落ち込みに行ってもらいたいものだ。

 末っ子王子とは言え王族である俺を待ちぼうけさせた挙句、迎えに来させるとは……いい度胸だよ、ユウキ。


「……ごめん、アル」


 俺の表情を見て何を言いたいかわかったらしい。そろそろと顔をあげたユウキは小さな声でそう言った。


「……アルバート様」


 ユウキの声につられて顔をあげたオクタヴィアの目は真っ赤になっていた。多分、オリヴィアを心配して泣いていたのだろう。


「……ねぇ、オクタヴィア。そんなに心配しなくてもいいんじゃない?」


 ネコをかぶったまま。でも、ちょっとだけ意地の悪い末っ子王子になって俺は尋ねた。


「オリヴィア姉様も子供じゃない。お腹が空いて限界になったら部屋から出てくるよ」


「でも……もう三日以上、リヴィはまともに食べていないんですよ……?」


 オクタヴィアの目から落ちた涙をテディがぺろりとなめる。こんなにも心配しているのにオクタヴィアはテディの方を見ようともしない。

 報われないなと苦笑いしてオクタヴィアの代わりにテディの頭をくしゃくしゃとなでた。


「僕のところには色んな人から贈り物が届くんだけど、オリヴィア姉様のところにも届いているんじゃない?」


 遠い親戚だと名乗る貴族や野心的な商人からの、多分たぶんに打算を含んだ贈り物だ。

 王位継承権なんてあってないような末っ子王子にも月に十個、二十個と届くのだ。王位継承の可能性は低いけどどこぞに政略結婚する可能性は高いオリヴィアの元にならもっとたくさんの贈り物が届いているはずだ。


「その中にお菓子も結構あるんじゃないかな」


 子供や女性への贈り物はとりあえずお菓子、という人も多い。

 わらの上に座り込んでいるオクタヴィアはじっと俺を見上げている。唇を引き結んでいるようすからして俺が言う通りで、俺が言おうとしていることも想像がついたようだ。


「三日以上、何も食べていないなんてことはない。きっとオリヴィア姉様は贈り物のお菓子を食べてる。だから、部屋から出てこないし……オクタヴィアがそんなに心配することもない」


「……そう、ですね」


 ぽつりと言ってオクタヴィアはうつむいた。大きな前足をオクタヴィアの太ももに置いてテディが心配そうに見つめる。


「そうですね。……そう、アルバート様の言う通り。私があれこれお世話をするからリヴィは成すがままされるがままになっているだけ。本当はなんでも一人でできるし、しっかりしてるし、私が心配する必要なんて多分、きっと……全然ないんです」


 そんなテディをオクタヴィアは見つめ返した。


「なら、どうして……それでもオリヴィア姉様のことを心配するの?」


 俺の問いにオクタヴィアはテディの目をじっと見つめてしばらく考え込んだあと――。


「リヴィが王族だからですよ、アルバート様」


 ゆっくりと顔をあげてそう言ったのだった。

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