第31話 ボウオンキノウガツイカサレマシタ。

「そんなにはっきりと言わないであげて、オクタヴィア」


「アルバート様……?」


「……アル」


「歌うのも演奏するのも踊るのもユウキは大好きなんです!」


 余計なことを言うなとばかりににらむユウキの期待に答え、俺はかわいい末っ子王子らしくうるうるおめめでオクタヴィアを見上げると言った。


「でも、絶望的にセンスがないばかりに鼻歌を歌ってはまわりの人たちに不気味な声がすると心配され、カスタネットを叩いては何に当たり散らしているんだと怒られ、踊りを踊ってはエリナ先生に〝これ以上、わたくしにできることはありません。許してください。もう無理です!〟と深々と頭を下げられて授業を断られ……!」


「そんなことが……!」


「アル、もういいって……」


「圧倒的にセンスがなくて、音感とかリズム以前の話で、絶望的なことは誰よりもユウキがわかっているんです! だから、もうそれ以上は言わないであげて、オクタヴィア!」


「もうやめろって、アル……!」


「ユウキ、ごめんなさい……私ったら何も知らずに……!」


「オクタヴィアもやめて! 同情するような目で見ないで! 目に涙を浮かべるのもやめてぇ!」


 両手で顔をおおって元気いっぱい絶望するユウキをながめて俺は心の中でにっこり。ネコをかぶっていないクソ末っ子王子スマイルを浮かべた。


 いやぁ、しっかりかわいい末っ子王子様の出番をまっとうしたなぁ。


 ちなみに歌うのも演奏するのも踊るのも好きなのは事実だ。だから、部屋で二人きりのときにユウキがうっかり下手くそな鼻歌を歌い出しても部屋の外にもれない程度の小声なら止めたりはしない。

 気づかれないように耳をふさぐくらいはしているけれど。


 と――。


「わかったよ、ユウキ。この作戦の目的は歌って踊って大騒ぎをしてオリヴィアをホイホイすること。上手い下手、音楽騒音を問うものじゃない!」


 オクタヴィアが目元の涙をぬぐいながら言った。

 上手い下手はさておき音楽ではあるべきなのでは……という言葉はネコをかぶっている手前、飲み込んでおく。


 それよりも嫌な予感がしていた。


 ユウキの絶望的な音楽センスを前にすれば〝完璧な作戦だと思ったのに……!〟と言いながら床に拳を叩きつけて元気いっぱいに絶望し始めると思っていた。

 でも、この展開はどう考えても――。


「騒音上等! やっちゃって、ユウキ!」


 続行するパターンだ。

 ユウキもユウキで目をキラッキラさせながらおたまとフライパンを構え直している。……好きは好きなのだ、歌うのも演奏するのも踊るのも。ただ、ひたすらに、絶望的にセンスがないだけで。


 そして――。


「1、2、3、はい!」


 再び歌って踊ってオリヴィアホイホイ作戦の舞台の幕があがって――。


 ガチャガチャ、ガッチャーン!


「~~~っ♪ ~っ~~っっっ♪」


 ガッチャカンガッチャカンガッチャガッチャカンカンカーーーン!


「~っ~~~っ♪ ~~~っ♪」


 カカンカガッチャカンカンカ、ガッチャーーーン!


「ドンガラドンガラ、何やってるのよ! 工事!? 工事でもしてるの!!?」

「ドンガラドンガラ、何やってるんだ! 工事か!? 工事でもしてるのか!!?」


 再び速攻でおりた。


「……エヴァ姉様、エディ兄様」


 オリヴィアと同じ小アーリス城二階に部屋がある上から四番目の姉・エヴァと五番目の兄・エディはまったく同じタイミングで部屋から出てきて、そっくり同じ顔で怒鳴った。


 マラカスを手にきょとんと目を丸くしているオクタヴィアと、おたまとフライパンを手にきょとんと目を丸くしているユウキと、バイオリンを手ににっこり。ネコかぶり末っ子王子スマイルを浮かべている俺を見てある程度の状況は把握したらしい。


 目が合えば罵倒、ガン、下手するとスキルが飛び交うほどいつもは仲が悪いのに――。


「オリヴィアが心配なのはわかるけどなんで騒音を立てるの! 何がどうなって騒音を立てる状況になったのよ! 迷惑だからやめなさい!」

「オリヴィアが心配なのはわかるがなんで騒音を立てるんだ! 何がどうなって騒音を立てる状況になったんだ! 迷惑だからやめろ!」


 今日は仲良くオクタヴィアをにらみつけた。さすがに音楽を奏でる予定が騒音になった、という状況までは把握できなかったらしい。

 双子の姉兄ににらみつけられたオクタヴィアも気まずそうな顔をして首をすくめているけど、それ以上に気まずそうな顔をして首をすくめているのは騒音の出どころ・ユウキだ。

 ここはユウキの乳兄弟にしてネコをかぶったかわいい末っ子王子様の出番だな、とうるうるおめめと〝ユウキは責めないであげてください! エヴァ姉様、エディ兄様!〟というセリフを準備した俺は――。


「あの、エヴァ様」

「あの、エディ様」


 双子の姉兄の、双子の乳兄弟がそろそろと手をあげるのを見てあわてて口をつぐんだ。


「なによ、エマ」

「なんだ、エド」


「昼食前と今とで違う気がするんです」

「発動しているスキルが違う気がするんです」


 双子の乳兄弟・エマとエドがそろってオリヴィアの部屋のドアノブに手を伸ばす。

 〝作戦その1 おいしいおいしい言ってオリヴィアをホイホイしよう作戦〟の前に俺が確認したときには無色透明の壁にはばまれた。

 でも今、エマとエドの手をはばんで波紋を広げた壁は透明だけど――。


「……青色」


「リヴィ……!!」


 元気いっぱい、ひざから崩れ落ちて絶望するオクタヴィアをその場にいる全員が振り返って見下ろした。


「オクタヴィア、これは……?」


 俺が尋ねるとオクタヴィアはガックリ、床にひざをついたまま言った。


「ボウオンキノウガツイカサレマシタ」


「はい、解散」

「かいさーん!」


 パン、パン! と手を叩くエヴァとエディの号令で小アーリス城二階の廊下に集まった面々は無言で解散することとなった。


「カンペキナサクセンダト……」


 ……ていうか、絶望のあまりカタコトになってるぞ、オクタヴィア。


 何はともあれ、ユウキ発案の作戦その2も失敗。

 それにしても……ひきこもり姫・オリヴィアと最高に相性が良くて、最悪に相性の良いスキルだな、おい。

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