第29話 どんな作戦なんですか、ユウキ!?

「完璧な作戦だと思ったのに……完璧な作戦だと思ったのに……!」


 小アーリス城二階の広々とした廊下をグッとせまくしていた立派な祭壇を片付け、一階にある俺とユウキの部屋に戻ってきたオクタヴィアは早速、床に拳を叩きつけて元気いっぱいに絶望し始めた。


 お茶の用意をするふりをして部屋のすみに集合した俺とユウキはその様子をため息まじりにながめた。


「ウォルター様に食べられちゃったのは想定外だったけど、やっぱり言葉や声だけでおいしいって伝えるのは難しいと思うなぁ」


「そうだな、難しいな。誰かさんの棒読みっぷりを聞いた心底、そう思うよ」


 オクタヴィアが聞いていないのをいいことにネコを脱いだ俺はニヤリと笑う。


「……うるさい。かわいくないクソ末っ子王子だなぁ」


「こんなにかわいい末っ子王子様に向かって失礼だな、ユウキ」


 棒読みっぷりは自覚しているのだろう。ムッとした顔でそう言うユウキの耳は真っ赤になっている。そんなにユウキに俺はフフンとあごをあげ、金髪碧眼の王子様然としたかわいいかわいいお顔を見せびらかす。

 ユウキはげんなりした顔で再びため息をついたあと、


「言葉よりもにおいの方が説得力があるんだけどなぁ」


 えり首をぽりぽりとかきながらそう言った。たしかにおいしそうなにおいは空腹に効く。


 でも――。


「部屋に引きこもってドアも窓も閉め切ってるオリヴィアににおいを届けるのは難しいだろ」


 というわけだ。


「そうなんだよなぁ。前世だったらドアが閉まっていようと窓が閉まっていようとすきまから侵入してホイホイしてくる、強烈だけどおいしいにおいの料理が山ほどあるんだけど……。……あのさ、アル」


 ユウキの問いかけるような視線に俺は黙って首を横に振った。ユウキが何を考えているかはわかる。前世の記憶にある〝強烈だけどおいしいにおいの料理〟をスキル〝すーぱーのたなか〟で錬成だか召喚だかしようというのだろう。


 前世の記憶について話すだけなら母親やら祖母やらの故郷にうんちゃらかんちゃらとでも言えばごまかせる。父様とラルフにはユウキが前世の記憶を取り戻したことをあっさり見破られてしまったけど、オリヴィアのことで頭がいっぱいなオクタヴィア相手なら大丈夫だろう。

 でも、オクタヴィアの前でスキル〝すーぱーのたなか〟を使ったり、錬成なり召喚なりしたものを使うのは危険だ。スキル〝すーぱーのたなか〟で錬成だか召喚だかしたものの姿はこの国、この世界にあるものと違いすぎる。

 あの〝たんさんすい〟や〝おかゆ〟が入っていたつるつるした素材の容器なんかは特にそうだ。物的証拠が残るのもよろしくない。


 戦争に行くことになっても後方支援にまわれるよう、あわよくば安心安全地帯で引きこもり生活を送れるよう、〝切り札〟は効果的なタイミングで切りたい。

 〝切り札〟であるユウキの前世の記憶とスキルについてはオクタヴィアにもオリヴィアにも、他の兄姉にもまだ知られずにおきたかった。


 俺が何を考えているかわかったのだろう。渋々ながらもうなずいたユウキはえり首をぽりぽりとかき始めた。


「その場で肉や魚を焼いたりすればおいしそうなにおいがただようとは思うんだけど……」


 俺は金色の前髪を指でくるくる、ユウキはえり首をぽりぽりしながら肉や魚をオリヴィアの部屋の前で焼く光景を思い浮かべた。

 廊下で火を起こし、金網の上なりフライパンなりでじゃんじゃか元気いっぱいに肉や魚を焼くオクタヴィアの姿を――。


「廊下がススだらけになって大迷惑だな」


「火事になる可能性もあるよね」


「最終的に筋肉バ……ウォルター兄様がホイホイされてまた失敗するパターンだな」


 大体、同じような光景を思い浮かべたのだろう。俺とユウキは顔を見合わせるとそろってうなずいた。この案はオクタヴィアには話さないでおこう。


 と――。


「アルバート様、ユウキ! 絶望している場合じゃないです! こうしているあいだにもリヴィがしおしおミイラになってしまいます! 何かありませんか!? リヴィを部屋から引きずり出すすっごい何か!」


 元気いっぱい絶望していたオクタヴィアが元気いっぱい立ち直った。うるうると目をうるませるオクタヴィアに見つめられ、ユウキと顔を見合わせた俺は――。


「ユウキ、何か……ある?」


「……え?」


 うるうるおめめのネコかぶり末っ子王子モードでユウキに投げた。丸投げした。


「ユウキ、何かある!?」


「大丈夫! きっとユウキなら何か考えてくれるよ、オクタヴィア!」


「え……!?」


「そうなんですか、アルバート様? そうなんですね、アルバート様! ユウキ、早く何かを! ユウキ、早く何かを!!」


「えぇーーー!!?」


 俺の言葉を真に受けたオクタヴィアの目がキラッキラと輝く。

 〝何か〟が思い浮かばなかっただけだ。面倒くさいからユウキに丸投げしとこーなんてクソ末っ子王子なことを考えたわけではない。決してない。ホント、ホント。


「……アル。面倒くさいから俺に丸投げしとこーとか思ってるだろ」


「面倒くさいなんて思ってるよ、ユウキ!」


 ネコをかぶったきゅるん☆ とかわいい末っ子王子スマイルで本音をダダ洩れさせるとユウキはげんなりとした顔になった。


 もちろん小声で話しているからオクタヴィアには聞こえていない。

 だから、オクタヴィアはといえば――。


「ユウキ、早く! もったいつけないで早く!」


 と、バシバシ床を叩いている。

 オクタヴィアに急かされてユウキは俺をジロリとにらみつけたあと、ぼりぼりぼりぼりとえり首をかいた。

 

「え、っと……えーーーっと……」


 うなり声をあげて生真面目に考え込んでいたユウキはふと顔をあげた。


「……俺のこきょ……えっと、母さん……のお姉さんの旦那さんの妹さんの故郷にはこんな言い伝えがあるんだ!」


 やけっぱちで言い切るユウキを見てオクタヴィアはますます目を輝かせ、俺はこっそり鼻で笑った。

 その言い伝えとやらはユウキの前世の記憶にあるものなのだろう。父様に〝おかゆ〟を持って行ったとき、ユウキの母親とラルフの祖母の故郷が同じといううっかりな誤算があったものだから遠縁の故郷にしようと考えたのだろうが……旦那さんと妹さんの故郷は同じだろ、ユウキ。


 でも、言い伝えの方に気を取られているオクタヴィアはユウキの目が泳いでいることなんて全っ然、気にしない。


「どんな言い伝えなんですか!?」


 期待に満ちた表情で身を乗り出した。


「えっと……太陽をつかさどる女神様が弟神のイタズラに腹を立ててほら穴に引きこもってしまって。それで世界が真っ暗になったものだから他の神様たちは困ってしまって女神様の出てきてもらおうと、ある作戦を立てたんだ」


「作戦! ひきこもりを引きずり出す作戦! どんな作戦なんですか、ユウキ!?」


「えっと、それは……」


 続けてユウキが話した内容に俺はにっこり。かわいい末っ子王子スマイルを浮かべたまま確信した。


「うん、絶対にこの作戦も失敗する」


 しかし、ユウキもどうして自分の首を絞めるような作戦を提案するのか。


「生真面目というか要領が悪いというか……」


 作戦の準備に取りかかるべく飛び出していくオクタヴィアに引きずられ、ズルズルと部屋から引っぱり出されていくユウキの背中を眺めながら俺はこっそりため息をついた。


 要領のいい末っ子王子様は準備がひと段落する頃合いを見計らって追いかけよう。

 そう心に決めてソファにゆったり腰かけると優雅にティーカップをかたむけたのだった。

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