第28話 作戦その1、立案者オクタヴィア。

 作戦その1、立案者オクタヴィア――。


「リヴィは三日以上、まともに食べてないんです。本を読むのに夢中ですっかり忘れてても絶対にお腹は空いているはずです」


 拳をガシリ! とにぎりしめたオクタヴィアは作戦内容について、そう切り出した。


「お腹が空いていることに気が付けば食べ物を探し求めて部屋の外に出て来るはず。私たちがおいしそうに食べてる声を聞けばお腹が空いてることに気がつくはず。その名も……!」


 オクタヴィアが指さしたのは広々とした廊下を一気にせまくした祭壇――もとい料理がずらりと並んだテーブル。


「おいしいおいしい言いながら昼食を取って、お腹が空いてることを思い出させて、リヴィをホイホイしよう大作戦です!」


「なる、ほど……?」


「……」


 叫んだのは長くてダサい作戦名だ。

 生真面目にうなずくユウキのとなりでネコをかぶった末っ子王子はにっこり。そんなに簡単にホイホイされるのは脳みそが筋肉でできてる筋肉バカくらいなものだろ、なーんて思ったりしたけどもちろんそんなことはおくびにも出さない。


「さぁ、アルバート様、ユウキ。席に着いてください! おいしいおいしい言って

リヴィをホイホイしますよ!」


 パンパン! と手を叩いて席に着いたオクタヴィアは右手にナイフを、左手にフォークをにぎりしめて両腕を振り上げた。この状況で逃げることはできない。ネコをかぶった末っ子王子が白けた顔をしているわけにもいかない。


「お、おー!」


「……おー」


 生真面目にナイフとフォークを振り上げるユウキの横で俺もにっこり。ナイフとフォークを手に取った。


「ん~! このお肉、おいしい! さすがは料理長、今日も最高の塩コショウ加減!」


 オクタヴィアは実においしそうにお肉をほお張った。ほんの小一時間前に俺の部屋で一食分以上を食べたばかりだというのに、だ。

 ユウキはというと――。


「そ、そうだな、オクタヴィア! そえてある野菜も……え、えっと……素材の良さを活かしたシンプルな味付けで……えっと……えっと……ニンジン、アマイ! オイシイ! イクラデモタベラレチャウナ!」


「うん。食べてから言って、ユウキ」


 フォークに刺したニンジンを見つめたまま、これでもかと言うくらいの棒読みで言った。

 俺はといえば――。


「……っ」


 ユウキの演技力のなさとオクタヴィアの冷静な指摘。なぜニンジン嫌いのくせしておいしいと称賛する対象にニンジンを選んだのかが気になって、おいしいアピールをしてオリヴィアをホイホイするどころじゃなくなっている。

 オクタヴィアに気付かれないように肩を震わせ、かぶったネコが脱げないようにするので精いっぱいだ。

 笑っちゃいけない状況というのがまた良くない。ユウキと二人きりなら鼻で笑って流せるのに……ネコをかぶっていなきゃいけないというこの状況が実によくない。


「……」


 ふき出す寸前の俺に気が付いたのだろう。ユウキがジトリとにらみつけてくる。それがまたよくない。必死に笑いをこらえながらこっちを見るなと手を振るとユウキはますます仏頂面になり、俺はますます笑いをこらえるのに必死になる。


「この丸パンも食べ応えがあります! そのままでもよし! バターをぬってもよし! 甘~いマーマレードをぬってもよし!」


 俺とユウキの無言の攻防なんて気づきもせず、オクタヴィアは次から次に料理をほお張っていく。それも実においしそうに。

 でも、オリヴィアは一向にホイホイされてくれない。


 代わりにホイホイされたのが――。


「こんなところで何をやっているのだ、我がかわいい弟・アルバート! そして、その乳兄弟と我が妹の乳兄弟よ!」


「……ウォルター兄様」


 上から三番目の兄・ウォルターだった。


 今年十九才になるウォルターは金色の髪と青色の目だけでなく熊みたいな巨体も父様に――リグラス国・国王にそっくり。知力か体力かで言ったら体力極振りなタイプだ。

 〝そんなに簡単にホイホイされるのは脳みそが筋肉でできてる筋肉バカくらいなもの〟と思っていたけどまさに筋肉バカがホイホイされてしまったというわけだ。


 今日も兵たちと剣の練習でもしてきたのだろう。汗をふきふき、従者のエドマンドをともない自室がある小アーリス城三階へとあがる途中で〝おいしい、おいしい〟と騒いでいるのが聞こえてホイホイされた、というところか。


「この料理の山はなんだ?」


「リヴィが何日も食事を取らずに部屋に引きこもっているのでリヴィの飢え死にを阻止すべくおいしそうに食べてリヴィをホイホイしよう作戦です!」


 オクタヴィアのずいぶんと端折はしょった説明をえらそうに腕組みをして聞いていたウォルターは満面の笑顔で大きくうなずく。


「なるほど、なるほど。……よくわからんがわかった!」


 多分、さっぱりわかっていない。


「つまり料理をおいしく食べればいいのだな! 我がかわいい妹のためだ、私も協力しよう!」


 と、言うなりオリヴィアのために用意してあった空席につくとウォルターは猛然と、止める間もなく料理をほおばり始めた。


「んぐっ! ふぐっ! んぐっ! ふぐっ!」


 実にいい食べっぷりだし、満面の笑顔だし、見ている分にはおいしそうに見えるのだけど……ホイホイすべきオリヴィアは部屋に引きこもっていて見ていない。ウォルターの食べっぷりを、まったく、ちっとも、見ていないのである。


「んぐっ! ふぐっ! んぐっ! ふぐっ!」


 〝うまい!〟の一言もなしに十人分くらいありそうな料理を平らげていくウォルターをユウキとオクタヴィアは呆然と見守っている。俺はといえば末っ子王子スマイルを維持したまま、ギコギコと肉を切って優雅に口に運ぶ。

 これが俺たちの昼食だというのならきちんと食べておかないといけない。ウォルターにすべて食べられてしまう前に、きちんと食べておかないといけない。


「ウォルター様、このあと一時間ほどで昼食ですが……入るのですか?」


 ウォルターよりも二つ年上の従者・エドマンドが控え目に尋ねる。


「ふぐーーーっ!」


 なんと答えたのかはわからないけど多分、入るのだろう。ウォルターがナイフとフォークを置く気配はない。その食べっぷりは完全に体を動かして空いた腹を満たしているだけだ。オクタヴィアの話なんてさっぱり聞いてないし、やっぱりわかっていなかったのだろう。


「うむ、お腹いっぱいだ! 満足、満足! ありがとう、我がかわいい弟と乳兄弟たちよ! それではな!」


 なんてものすごーーーくいい笑顔で言って立ち上がるとスチャ! と手を振り、ハッハッハー! と笑いながら去って行ってしまった。

 料理はすべて空。

 これ以上、おいしいアピールを続けることはできない。おいしいアピールする料理がなくなってしまったのだから仕方ない。


「……か」


 ウォルターの背中を呆然と見送っていたオクタヴィアが震える声でつぶやいた。


「完璧な作戦だと思ったのに……!」


 ガックリとひざから崩れ落ちるオクタヴィアの肩をユウキがなぐさめるように叩く。俺も哀れみの目で床に拳を叩きつけて元気いっぱいに絶望するオクタヴィアの背中を見守った。


 オクタヴィア立案の作戦その1はこうして失敗に終わった。

 失敗するとは思っていたけど、まさか本当に筋肉バカがホイホイされ、筋肉バカによってつぶされるとは――。


「……これはさすがに想定外だった」


 自分の分の料理を食べ終えた俺は優雅に口元をぬぐったのだった。

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