第27話 ……すごい、準備万端だね!

「オクタヴィア、ユウキ、戻ったよ。ケリー先生に今日の授業はお休みしたいって……伝えて……」


 オリヴィアの部屋がある小アーリス城二階にあがった俺は廊下のようすを見て顔が引きつりそうになった。もちろん引きつりそうになっただけできっちりネコはかぶり続けている。


「ありがとうございます、アルバート様!」


「う、うわー。……すごい、準備万端だね!」


「はい、テーブルのセッティングもお料理もバッチリです! 料理長さんにお願いして私たち四人の昼食を早めに作ってもらったんです。リヴィの大好きな焼き菓子まで用意してくれたんですよ!」


「う、うわー……!」


 きゅるん☆ とかわいい末っ子王子スマイルで言うとキラッキラの笑顔でオクタヴィアが答える。その後ろではユウキがぐったりしている。こき使われたのだろう。

 廊下の様子とユウキの顔を見てケリー先生への言伝担当でよかった。メイおばさんのところにも寄り道してきた俺、大正解! と心の中でガシリと拳をにぎりしめた。


 廊下にずらりと並べられた横長のテーブルには真っ白なテーブルクロスが敷かれていた。その上にはこの国、この世界では当たり前の、ユウキいわく〝がっつりおおあじ〟な料理がところせましと並んでいる。焼いて塩コショウした肉にゆでるか蒸すかした野菜が添えられ、カゴにはこれでもかとパンがつみあげられている。

 まるで供物を捧げるための祭壇。

 決してせまくはないはずの小アーリス城の廊下がものすごーくせまく感じるほど立派に場所を取る祭壇が出来上がっていた。


 あと、どう考えても四人分の昼食の量じゃない。

 軽く十人分はある。


 立派な祭壇にか、料理の量にか。はたまた目を爛々らんらんとさせ、計画遂行にまい進するオクタヴィアを見てか。使用人たちも不思議そうな顔、心配そうな顔で二階の廊下をのぞいては去っていく。

 そして――。


「何、これ!?」

「なんだ、これ!?」


 二階に自室がある姉と兄は部屋から出てくるなり飛びのいた。上から四番目の姉・エヴァと五番目の兄・エディだ。

 そっくり同じ顔をした双子の兄と姉はまったく同じタイミングで部屋から出てきて、まったく同じタイミングで言うとそっくり同じ表情で驚いた。

 そりゃあ、広々としていたはずの廊下がすっかりせまくなっていたら驚くに決まってる。

 でも――。


「……」

「……」


 オクタヴィアのキラッキラの目に見つめられてすぐさま状況を把握したらしい。

 目が合えば罵倒、ガン、下手するとスキルが飛び交うほどいつもは仲が悪いのに――。


「行こう、エマ」

「はい、エヴァ」


「行くぞ、エド」

「はい、エディ」


 今日は双子の乳兄弟とともに仲良く並んでこの場をあとにした。


「予定があるんでしょうか。ちょうどいいからエヴァ様とエマ、エディ様とエドにも手伝ってもらおうと思ったのに」


 競うようにこの場を去る姉と兄の背中を見送り、残念そうに言うオクタヴィアの背中を見つめて心の中で思う。その気配を察したからこそ姉も兄も逃げたのだろう、と。

 俺も逃げたい。正直、ネコをかぶっていなかったら逃げたい。なにせ面倒くさそうだから。でも、だけど、目的の本はひきこもり姫とともにオリヴィアの部屋の中。


「この部屋の中に……!」


 うぐぐ、と心の中でうなり声をあげながらオリヴィアの部屋のドアノブに手を伸ばす。まるで透明な壁にはばまれたかのよう。ふれたところから波紋が広がるのを見てため息をついた。


「リヴィのスキルは発動中ですね。倒れたり死んだりはしていないようですけど……リヴィ……」


 使用者が気を失ったり死んだりすれば大体のスキルは効果を失う。オリヴィアのスキルもそういう類いのスキルなのだろう。

 元気いっぱいに見えても部屋を閉め出されたことに落ち込んでいるのだろう。何日も食べていないオリヴィアのことが心配で仕方ないのだろう。


「こ……」


 悲し気な表情でうつむいたオクタヴィアは――。


「こうしちゃいられーーーん! かわいいリヴィがしおしおのミイラになってしまう前に助けないと! 準備は整いました! リヴィを部屋から引きずり出そう作戦開始です! リヴィが倒れる前に助け出しますよー!」


「お、おーーー!」


 秒で顔をあげると元気いっぱい拳を天井に突き上げて叫んだ。オクタヴィアのいきおいにつられてなぜかユウキも拳をふりあげる。


 ……うん、元気いっぱい。気持ちの切り替えも早くて何より。


 しれっと一歩後ずさった俺はぐるりとあたりを見回した。

 立派な祭壇のせいでせまくなった廊下と。元気いっぱいなオクタヴィアと。すっかりオクタヴィアのいきおいに飲み込まれているユウキと――。

 なんていうか……混沌カオスだ。


 オクタヴィア立案、オリヴィアを部屋から引きずり出そう作戦の内容についてはまだ聞いていないけれど――。


「……なんだか失敗しそうな気がする」


 早々に嫌な予感がして俺はこっそりぼやいたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る