第26話 ここだけの話。
「聞きましたよ、アルバート様。オリヴィア様を部屋から引きずり出すのを手伝ってくださるそうですね」
調理場のそばの井戸で皿洗いをしていたメイおばさんが俺の顔を見るなり言った。
ひきこもり姫相手とはいえ王族であるオリヴィアを〝引きずり出す〟なんて言えちゃうのは小アーリス城どころかアーリス城内を探しても一番の古株であるメイおばさんくらいだ。
「私たち使用人も心配していたんですよ。全然、食べていないオリヴィア様も心配ですがオクタヴィアも心労で倒れてしまうんじゃないかって。部屋を用意するからせめてベッドで寝なさいって言っても意地でも部屋の前から動こうとしないんですもの。似たもの乳兄弟ね。オクタヴィアもオリヴィア様も頑固で困ってしまいます」
しわくちゃの手でほほを押さえたメイおばさんが深々とため息をついた。
ひきこもり姫相手とはいえ、以下略。ネコをかぶったかわいい末っ子王子らしく困り顔でほほんた。
ユウキはオクタヴィアとともにオリヴィアを部屋から引きずり出すための準備をしている。つまり今の俺は単独行動中。
「そのオリヴィア姉様について聞きたいことがあるんです」
単独行動中の今だからこそ、メイおばさんに聞いておきたいことがあった。
「オリヴィア姉様は優しい方です。オクタヴィアを追い出すなんてよほどの事情があったんだと思うんです」
素直でかわいい末っ子王子らしく両手をにぎりしめて熱弁するとメイおばさんは孫を見つめるおばあちゃんのような優しいまなざしでうんうんとうなずいた。
「そうですね。……そのとおりです!」
「だから最近のオリヴィア姉様が何をしていたのか、何があったのか知りたいんです。どんなささいなことでもいいんです。もしかしたらそれがオリヴィア姉様が部屋から出てきてくれるきっかけになるかもしれないから」
うるうるおめめで見つめるとつられてメイおばさんも目をうるませた。
〝オリヴィアは優しい〟と言うだけの根拠も思い出もまったくない。王位継承権を争う
でも、俺が本当に思っているかなんてどうでもいいのだ。姉を尊敬し、慕い、一生懸命に何かしようとする健気な末っ子王子アピールをすることが重要。
「ここだけの話ですよ。おそらくオクタヴィアも知らない話です」
健気な末っ子王子にメイおばさんがほだされてくれることが重要なのだ。
声をひそめてお決まりのセリフを言うメイおばさんに姉を心配する末っ子王子らしく、真剣な表情で顔を寄せる。
「本の虫が悪化する少し前、オリヴィア様一人で陛下の元を訪れて尋ねたそうなんです。ガイクル国・第三王子に姉妹の誰かが嫁ぐという話が出ていたけれどどうなったか。私が嫁ぐことはできないだろうか、と」
メイおばさんの〝ここだけの話〟に俺は目を丸くする。
本の虫、ひきこもり姫のオリヴィアが結婚に積極的というのは意外だった。そもそもガイクル国との政略結婚の話すら末っ子王子の耳には入ってきていないのだけど。
「隣国・グリーナとの関係が悪化している今、話を進めるのは難しい。もし嫁ぐとしてもローズ様かエヴァ様になるだろうというのが陛下のお答えでした。それを聞いたオリヴィア様はうなだれていたそうです」
たしかガイクル国の第三王子は今年二十八才。二十一才の姉・ローズ、十九才の姉・エヴァ、十五才の姉・オリヴィアならひとまわり以上も年の離れたオリヴィアを嫁がせようとはそうそうしないだろう。
そもそも本の虫で人見知りなひきこもり姫に友好国相手とはいえ政略結婚という名の外交を任せるのは難しい。オリヴィアもそのあたりの事情はわかっているはずだ。
それでも落ち込むなんて――。
「オリヴィア姉様は……第三王子のことが好きだったのでしょうか」
でも、自分が嫁ぐことはできないと知って傷心。本の虫が悪化。オクタヴィアとケンカになり引きこもった。
恋愛小説ならありそうな展開だけど、本の虫、ひきこもり姫のオリヴィアがヒロインだと考えるとどうにも違和感がある。
案の定――。
「どうでしょう。ただ……それならデモア国の第五王子はどうか。ガサレド国の神学校に留学できないかと尋ねたそうです。グリーナ国と戦争になるかもしれない今の状況ではどちらも難しいとの答えだったようですが」
メイおばさんは続けてそう言った。
金色の前髪をくるくると指でいじりながら考え込みたいところだけどグッと我慢。かわいい末っ子王子らしく困り顔で〝そんなことが……〟なんてつぶやいてみせる。
「私が知っているのはこれくらいです。どうかオリヴィア様とオクタヴィアを助けてあげてくださいね」
〝ここだけの話〟を終えたメイおばさんは目を細めた。
「国王の血を引く複雑な関係ではありますが、半分は同じ血を引くご兄弟なのです。きっと分かり合えます。分かり合えなくても、助け合えます」
だから、よろしくお願いしますねと言ってそっと俺の髪をなでる。
いくら末っ子王子相手とはいえ、孫を相手にするおばあちゃんみたいに王族の頭をなでられるのは小アーリス城どころかアーリス城内を探しても一番の古株であるメイおばさんくらいなものだ。
洗い終えた皿を抱えて調理場へと戻っていくメイおばさんの背中を見送りながら金色の前髪をくるくると指でいじる。
「助け合うって……王位継承権を争う者同士で?」
オクタヴィアを手伝ってオリヴィアを部屋から引きずり出すのも転生者に関する本を借りるため。
メイおばさんに話を聞きに来たのだってオクタヴィアの作戦が失敗したときの保険。先手先手を打って情報収集しているだけだ。
「分かり合いたいわけでも……助け合いたいわけでも、ない」
俺は鼻で笑って、オリヴィアの部屋がある小アーリス城二階へと引き返した。
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