第25話 これも何かの縁です!

「リヴィが食べるまで食べないって約束したのに……リヴィが飢え死にするならいっしょに飢え死にするって約束したのに……!」


 拳を床に叩きつけて元気いっぱい絶望しているオクタヴィアを見下ろして俺はこっそりため息をついた。


「オリヴィアに付き合わされてオクタヴィアも大変だな」


「ホント、どこの乳兄弟も大変……イテッ」


 余計なことを言うユウキの足を黙って蹴飛ばす。ユウキの悲鳴に驚いたのだろう。顔をあげたオクタヴィアがきょとんと首をかしげた。

 悲鳴の理由を追及されると厄介だ。


「そんな風に自分を責めないで、オクタヴィア」


 こういうときはしれっと話題をそらしてうやむやにしてしまうにかぎる。


「本を読んでるだけのオリヴィア姉様と、姉様の身の回りのお世話をするためにいつも一生懸命に走りまわっているオクタヴィアとじゃあ、お腹が空く早さも必要な食事量も全然違うもの。だから、泣かないで。……ね、オクタヴィア!」


 にっこり。

 きゅるん☆ とかわいい末っ子王子スマイルを浮かべてハンカチを差し出せば一撃。


 オクタヴィアはハンカチを見下ろし、俺を見上げ――。


「ユウキがうらやましいです、こんなに優しいアルバート様が乳兄弟で!」


 ユウキを羨望のまなざしで見つめた。

 オクタヴィアの真っ直ぐなキラッキラ笑顔を受け止め、俺の全力ネコかぶり末っ子王子スマイルを一瞥いちべつ


「……」


 ユウキはどうにかこうにか微笑んだあと、明後日の方向に目をやった。

 何を考えているかについては追求しない。オクタヴィアの前で余計なことを言わなかったことはほめてやるぞ、ユウキ。

 不思議そうな顔でユウキを見つめているオクタヴィアの死角で俺がにーっこり。ご満悦で笑っているのに気が付いてユウキはげんなりとした顔になった。その表情にさらににんまりと笑いたくなるのをこらえ、ネコをかぶり直してオクタヴィアに向き直る。


「でも、オリヴィア姉様が部屋から出てこないのはいつものことなんじゃ……」


「いいえ、アルバート様。確かにリヴィは本の虫で、しょっちゅう部屋に引きこもっていますが今回は特別なんです」


 オクタヴィアはゆるゆると首を横にふり、うなだれる。


「私がいけないんです。リヴィが嫌がってるのに無理矢理、食堂に連れていこうとしたり、パンやお肉を口に詰め込もうとしたから」


「……口に詰め込もうと」


 過激な手段を駆使した過保護っぷりだ。


「それでも食べてくれなくて……それで思わず本を取り上げて怒っちゃったんです。そうしたらリヴィも怒り出しちゃって……」


 俺の物心がつく頃にはオリヴィアは本の虫、ひきこもり姫と呼ばれていた。ただ、そんな風に呼ばれていても食事の時間にはちゃんと食堂に来ていた。


 起きられないのか、朝食はいないことが多かったけど。

 みんなの食事が終わる頃にオクタヴィアに小脇に抱えられて不服そうな顔で現れることも多かったけど。


 それでも、何食も食堂に姿を現さないなんてことはなかったし、渋々ながらもオクタヴィアの言うことを聞いてきちんと食事を取っていた。

 でも――。


「ちょっと洗濯物を出しに行った一瞬……ほんの一瞬だったんです! そのすきにドアノブにスキルをかけられちゃって……ドアノブにさわれなくなっちゃって……まわせなくなっちゃって……入れなくなっちゃったんです!」


 今回はずいぶんな強硬手段に出たらしい。

 たしか、オリヴィアのスキルは防御系のスキルだと聞いている。ひきこもり姫と呼ばれるオリヴィアとはある意味、最高に相性の良いスキルだ。閉め出されたオクタヴィアからしたら最高に相性の悪いスキルだろうけど。


「今までも食事に行くのをめんどうくさがることはあったけど……まだ本を読みたい、キリが悪いって駄々をこねることもあったけど……でも、スキルを使ってまでひきこもることなんてなかったんです。私を部屋から追い出すことなんて……なかったんです」


 肩を落とすオクタヴィアを見て、俺とユウキは顔を見合わせると困り顔になった。本気の困り顔。ネコを脱いでも今の俺は困り顔をしている。


 ある程度の年令になると乳母は小アーリス城を出てそれぞれの部屋には王子、王女とその乳兄弟だけが残される。

 王子、王女の部屋は同時に乳兄弟の部屋。オリヴィアの部屋は同時にオクタヴィアの部屋。オクタヴィアの帰るべき場所なのだ。

 その帰るべき場所から閉め出されるというのはどれほど心細いか。乳兄弟ケンカなんて珍しくないけど、これはちょっとやりすぎだ。

 オリヴィアもそれはよくわかっているはずなのに……。


 と、――。


「でも、落ち込んでいる場合じゃないんです。今日の朝も含めると八回も食事を取っていないんですよ、リヴィってば」


 床をじっと見つめていたオクタヴィアがゆっくりと顔をあげた。

 部屋から閉め出されようが何をしようがどうあってもオリヴィアの心配をしてしまうらしい。世話を焼きたいらしい。

 オクタヴィアの目は使命感に爛々らんらんと輝いている。


「このままじゃ、リヴィが餓え死にしちゃいます。もしかしたら部屋で倒れて身動きできなくなってるかもしれません。たくわえのない細くて小さな体をしてるんです。もしかしたら、もうしおしおのミイラになっちゃってるかも……!」


 ほほを両手ではさんでブルブルと震え出すオクタヴィアを見て俺は末っ子王子スマイルを浮かべたまま、そろりと後ずさった。

 心配するほど落ち込んではいないようで何よりだけど……それはさておき、なんだかものすごくいやな予感がする。面倒なことに巻き込まれそうな予感がする。


 案の定――。


「そういうわけでアルバート様、ユウキ! これも何かの縁です!」


 オクタヴィアは鼻息荒く俺とユウキに詰め寄ると――。


「リヴィを部屋から引きずり出すのを手伝ってくれませんか!? 私のかわいいリヴィが飢え死にしちゃう前に! 早く! 今すぐ!」


 面倒極まりないことを言い出したのである。

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