第24話 ひゃひひゃひょーひょじゃいまひゅ。

「ひゃいひぇんおひゃじゅかしいひょころをおみひぇしまひた、ありゅひゃーとしゃま、ひゅうき」


 対面に座る涙目のオクタヴィアを見つめて俺とユウキはそろって困り顔になった。パンやら肉やらを口にほおばったまましゃべるものだから何を言っているのかさっぱりわからない。

 でも、翻訳するなら多分、こうだ。


 ――大変お恥ずかしいところをお見せしました、アルバート様、ユウキ。


「びびが……びびがひゃべへひゃいひょひぃ~……!」


 左手に丸パンを、右手に肉の刺さったフォークを持ち、目には涙を浮かべながらもオクタヴィアはしゃべり続け、食べ続けている。

 オリヴィアの部屋の前でオクタヴィアがぶっ倒れているのを発見したのは小一時間前のこと。


 ***


「オクタヴィア? オクタヴィア、大丈夫か!?」


「どうしたの、オクタヴィア? 誰にやられたの!?」


 病気か、事故か、はたまた事件か。

 あわてて駆け寄った俺とユウキはオクタヴィアの肩をつかんで揺すった。


 倒れているのを発見したときには動揺してネコが脱げてしまった俺だけど、そこはネコをかぶり続けて十三年の末っ子王子様。すぐさまかぶり直して心配顔を浮かべて見せた。

 青ざめながらもオクタヴィアを抱き起こそうとして――。


 グルルルルゥーーー。


「グルルルルゥーーー?」


「グルルルルゥーーー?」


 獣の唸り声にしか聞こえない謎の音にユウキと顔を見合わせる。

 謎の音の正体に思い当たらないうちにもう一度――。


 グルルルルゥーーー。


「グルルルルゥーーー?」


「グルルルルゥーーー?」


 盛大に獣の唸り声的な音が響いた。

 ていうか、これ、アレか? もしかしてアレ、なのか……? いや、でも女性相手にそれを聞くのはちょっと……と、視線だけでこそこそと会話していた俺とユウキにぶっ倒れたままのオクタヴィアが正解を教えてくれた。


「お腹が、すいて……力が……出な……」


 ***


 と、いうわけで――。


「ひょんひゃひみょいしいひょひー!」


 オクタヴィアを一階にある俺とユウキの部屋に運び、まだ調理場に残っていたオクタヴィアの分の朝食と料理長の善意という名の大量の追加料理を運んできて、オクタヴィアの前にずらりと並べ、食べながらしゃべり続けるオクタヴィアをそっと見守っているというのが現在の状況である。


「倒れるほどお腹がすいてるのならどうして昨日の夕食も今日の朝食も来なかったの?」


 ネコをかぶった末っ子王子の顔で俺はオクタヴィアに尋ねた。


「ひょうにゃのでしゅが……」


「ゆっくり食べて。食べ終わってからゆっくり話して」


 ユウキに言われてオクタヴィアはパンをくわえたまま、コクコクとうなずく。この様子だとしばらく話は始まらなそうだ。


「飲み物を持ってくるね」


「手伝うよ、アル」


「ひゃひひゃひょーひょじゃいまひゅ。ありゅひゃーとしゃま、ひゅうき」


 なんて話しながらオクタヴィアをソファに残し、俺とユウキは部屋のすみに集合。顔を見合わせて肩をすくめた。

 一体、これはどういう状況なのか。とりあえず厄介な状況に巻き込まれたのはまちがいない。


 オクタヴィアは姉・オリヴィアと同じ十五才。柔らかな薄茶色の髪と目をしていて、同年代どころか大人と比べても背が高く、ふっくらとした体付きをしている。

 本の虫、ひきこもり姫のオリヴィアの身のまわりの世話やら体調管理やらスケジュール管理やらあれやらこれやら。あらゆるお世話を甲斐甲斐しく、いつもしている。

 乳兄弟というより、むしろ乳母。母親。それも頼もしくて、ちょっと……だいぶ……かなり過保護な〝お母さん〟だ。


 そんな頼りがいのあるお母さん感満載の大きな体が今日はずいぶんと小さく頼りなく見えた。肩を落としているせいか、それとも心配のし過ぎでやつれたのか。


「アルバート様、ユウキ、ありがとうございました。やっと落ち着きました」


 ようやく満足したらしい。オクタヴィアは口元をぬぐいながら振り返った。

 あいかわらず疲れた顔をしているけど食べたおかげで少し顔色が良くなった気がする。


「それで、どうして空腹で倒れるなんてことになったの?」


 改めて尋ねるとオクタヴィアは唇をぎゅっと噛んでうつむいた。


「リヴィが部屋から出てきてくれないんです」


「それはいつもどお……イテッ」


 余計なことを言おうとするユウキのすねを黙って、かつオクタヴィアの見えないところで蹴飛ばす。

 死角で行われた俺とユウキのやりとりには気が付かなかったらしい。


「三日前の夜からだから、えっと、一、二……もう八食分も食べてないんです。その前だってパンやお肉を一口、二口食べただけで……このままじゃあ、リヴィが飢え死にしちゃうって……なんとかしなくちゃって……」


 オクタヴィアは両手で顔をおおうと泣きそうな声で言った。


「だから、言ってやったんです!」


 かと思うと、ガバッ! と顔をあげ――。


「リヴィが部屋から出てきてくれるまで私も何も食べない、リヴィといっしょに飢え死にしてやるって! そう宣戦布告したんです!」


 ガタッ! と立ち上がると握りしめた拳を振り上げ――。


「そう宣戦布告したのに……私ったら二食も我慢できずに食べちゃったんですーーー!!!」


 ドスーーーン!! と、ひざから崩れ落ちて絶叫した。

 なんて言うか――。


「元気になったようで何よりだ」


 にぎりしめた拳を床に叩きつけて元気いっぱい絶望しているオクタヴィアの大きめな背中を見下ろして、俺はこっそりネコを脱ぐと引きつった笑みを浮かべた。

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