第21話 ……きちんと考えてみなさい。

「それで、アルバート。私に何を聞きたくて来たんだ?」


 ベッドの上で目を閉じたまま父様が尋ねた。


「昨日も私に会いに来たとラルフから聞いた。何か聞きたいことがあって来たのだろう?」


 見上げるとラルフは穏やかに微笑んでいた。俺とユウキが来たことを伝えておいてくれたらしい。


 ラルフもラルフだが父様も父様だ。


 食べ物がのどを通らないほどに具合が悪いくせに。

 ちょっと遊びに来ただけかもしれない末っ子王子のことまで気にかけて。

 一国の王としてあれやこれやとただでさえ忙しいくせに。


 そんなことをしているから……後ろ盾も何もない、多分、政治的に何の役にも立たない末っ子王子の俺のことなんかまで気にかけているからさらに忙しくなってこんな風に倒れてしまうのだ。


「……アル」


 うつむいて唇をかむ俺の背中をユウキが押した。

 ユウキならソフィーに――自分の母親に遠慮なんてしない。遠慮なんてしたら、きっとソフィーは怒り出す。

 だからこそユウキは俺の背中を押したし、俺もユウキに背中を押されて顔をあげたのだ。


「今、転生者について調べているんです」


 家庭教師のケリー先生が調べ物の宿題をよく出すことは父様もラルフも知っている。さも、その手の調べ物ですよと言わんばかりの顔でしれっと前置きする。


「お祖父様の乳兄弟は転生者だったって聞きました。父様なら直接、会ったことがあるんじゃないかと思って……それでお話を聞けたらと思って来たんです」


 ふむ、とつぶやいて父様は薄目を開けた。


「確かに先代の国王――お前のお祖父様の乳兄弟は転生者だった。私も何度か会ったことがあるが……」


「ジョージ様は前世の記憶を活かして我がリグラス国の農業を発展させた方です。物静かで書き物をしたり本を読んだりするのが好きな方でした。つまり……」


 そこで言葉を切ったラルフはちらっと父様を見るとため息を一つ。


「勉強よりも剣を振り回している方が好きだった筋肉バカの陛下とは接点がなかったということです」


「あいさつくらいはしたが会話らしい会話はした覚えがないな」


「覚えてないだけだ。ジョージ様が話してる最中、興味がなさすぎて白目むいて居眠りしていたのは誰だ」


 そうだったか? と、のんきに首をかしげる父様とあきれ顔のラルフを見て、額を押さえて盛大にため息をつきたくなるのを必死に我慢する。ここでかわいい末っ子王子がするべき表情は困り顔でくすりと微笑む、だ。


 ラルフはコホンとせき払いを一つ。


「結論からもうしあげますと陛下にお聞きになるよりも書庫にあるジョージ様の日記や本を読まれた方が良いかと思います。筆まめな方でしたのでご自身のことはもちろん、それ以前の転生者についても色々と調べてまとめていたようですよ」


 ラルフがそう言うのを聞いて俺とユウキは顔を見合わせた。書庫になんて行く気はないなんて言っていたのに結局、行くことになってしまった。

 二人して苦笑いしていると――。


「それで、アルバート。転生者のことを聞きに来たのはユウキのためか」


 父様の言葉に目を見開く。


「なぜ、そのことを……!」


 と、言ったところで唇をとがらせた。父様がニヤリと笑ったからだ。鎌をかけられ、まんまと引っ掛かったのだとその笑みを見て気が付いた。


「魔力酔いを起こして倒れたと聞いてな。二人ともスキルを持っていないはずなのにおかしいと思っていたんだ」


 おかしいと思っているところに転生者についてのこのこと聞きに来てしまったのだ。答えを教えているようなものだ。


 正直言うと末っ子王子が魔力酔いで倒れたなんてささいな出来事、隣国グリーナとの関係が悪化して忙しいこの時期に報告されないと思っていた。報告があっても気に留めているよゆうもないだろうと思っていた。

 とんだ誤算だ。


「それに私の祖母の故郷に〝おかゆ〟などという名前の料理があるという話は聞いたことがありません」


「……私の祖母の故郷?」


「ユウキ、あなたの母親と私の祖母――つまり陛下の乳母の母親は同郷なんです」


 にっこりと微笑むラルフを見てユウキは思い切り、俺は心の中で笑みを引きつらせた。

 父様とラルフ、乳母の故郷は気にしていたがラルフの祖母の故郷までは気にしていなかった。末っ子王子の乳母の故郷まで記憶しているとも思っていなかった。

 これまた誤算。バレバレのうそをついてしまったというわけだ。


「そう、だったんですね」


 ガックリと肩を落としたくなるのをなんとかこらえて、末っ子王子らしく照れ笑いを浮かべる。

 と、――。


「アルバート」


 声をひそめて名前を呼ぶ父様に俺はあわてて耳を寄せた。


「なぜ転生者について調べようと思った」


 ベッドに横になったまま父様をじっと俺を見つめる。

 ユウキが転生者だということもスキルを持っていることも父様にはバレてしまった。それなら下手に隠すよりも素直に話してしまった方がいいだろう。俺はかぶっていたネコをほんの少しだけ脱いで、真っ直ぐに父様の目を見つめた。


「前世の記憶を思い出したとき、ユウキが〝戦争はいやだ〟と言って気を失いました。今も毎晩のようにうなされているんです」


 昨夜もうなされていた。

 ユウキに聞いたりはしていないけど前世の記憶を思い出して約一週間。今も前世での記憶を夢に見るのだろう。

 それも悪夢として――。


「僕は父様の子で、王族だから……戦争が始まればこの国で暮らす人たちを守るため戦場に行かなくてはならないと覚悟しています。父様や兄様、姉様たちのお役に立ちたいとも思っています」


 正直、戦場に行くなんてものすごーく嫌だけど。それでも王族に生まれた以上、仕方ないとあきらめてもいる。

 でも――。


「ユウキは僕の……末っ子だけど一応は王族ではある僕の乳兄弟だというだけで巻き込まれてしまうんです。うなされるほど戦争に行くことを嫌がっているのに僕のせいで巻き込んでしまうんです」


 言っているうちに勝手に苦い笑みがもれた。

 でも――。


「もし、ユウキの前世の記憶やスキルが戦場の後方支援で役立つものなら少しはユウキも安心できるかもしれない。毎晩のようにうなされないで済むかもしれないって……そう思ったんです」


 もちろんユウキに便乗して俺も戦場から少しでも離れたいと思っているし、あわよくば安心安全なアーリス城での引きこもり生活を手に入れたいと思っている。

 でも、そんなクソ末っ子王子な本音はおくびにも出さずに俺は父様に弱々しい微笑みを向けた。


「そのために転生者やスキルについて調べようとしていたのか」


「はい」


 こくりとうなずくと父様は目を閉じた。


「……なるほど」


 そして、困り顔で微笑んだ。


「アルバート、一つ覚えておきなさい。確かにお前は母や母の故郷の後ろ盾も、乳母や乳母の故郷の後ろ盾もない末っ子王子だ。正直に言って私の子供たちの中で王座から最も遠い子だ。だが、次の王になれないというわけではまったくない」


 言い聞かせるように低くゆっくりとした声で話す父様の横顔を見つめて俺はパチパチとまばたきをした。


「お前の大切な乳兄弟は本当に戦争に行きたくないのか、〝行きたくない〟と言ったのか。もう一度、きちんと考えてみなさい」

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