第20話 コレハコメ。アリノタマゴジャナイ。

「……」


 部屋に入ってきた俺とユウキを父様は力ない微笑みで出迎えた。

 俺と同じ金色の髪と青色の目をした父様。でも、俺と違って熊みたいな巨体はベッドに横たわったまま。顔色もよくない。いつものようにムダに大きな声で〝アルバート、ユウキ! よく来たな!〟と名前を呼ぶこともない。


「……父様!」


 ベッドに歩み寄りひざをつくと父様は俺の頭に手を置いた。いつもは金色の猫っ毛が乱れるのも気にせずくしゃくしゃに頭をなでまわすのに、今日はただ頭に手を乗せるだけ。大きな手の重たい感触に俺はうつむいた。


「私のために食事を作ってきてくれたそうだな」


 なんとか聞き取れる程度の小さくかすれた声で父様が言う。小さくうなずくとユウキに目配せした。うなずき返してユウキはベッド横のサイドテーブルに〝おかゆ〟が入った手鍋と取り皿、スプーンを並べた。


「おかゆと言います。私の……故郷に伝わる病気で元気がないときに食べる料理です」


 手鍋を布で巻いておくのは冷めにくくするためだとユウキは言っていた。そのおかげか。フタを開けるとふわりと湯気が立ちのぼる。


「これは……」


 ユウキが小皿にすくった〝おかゆ〟を見てラルフは顔をしかめた。

 白いドロドロしたものの中に白くてふやけた粒々がときどき姿を現す。いつも食べている料理と比べ、〝おかゆ〟は見慣れない姿をしている。

 ラルフがぶさいくな顔になるのも仕方がない。


 だから――。


「アル」


「ありがとう、ユウキ」


 ユウキが差し出した小皿を俺はネコをかぶった末っ子王子スマイルで受け取った。

 もう一つの小皿にも〝おかゆ〟をよそってサイドテーブルに置く。父様用の〝おかゆ〟だ。俺が食べてみせて、大丈夫だと納得すれば父様なりラルフなりが小皿に手を伸ばすはずだ。


 生まれたときからずっといっしょに育ってきたユウキのことを俺は信用している。〝おかゆ〟もいっしょに作ったし味見もしている。

 だから、これは父様とラルフへのパフォーマンス。不思議な見た目をしている〝おかゆ〟だけど安全な食べ物なのだと、毒なんて入っていないと見せるためのパフォーマンスだ。


 ラルフの手を借りて上半身を起こした父様もまた小皿をのぞきこんで目を丸くしている。ぶさいくな顔になっているラルフと不思議そうな顔をしている父様を前にスプーンで〝おかゆ〟をすくってパクリと食べてみせた。

 調理場で味見したときには口の中をやけどしそうなくらいに熱かったけどちょうどいい温かさになっている。

 やっぱり不思議な食感だしうす味だけど――。


「……優しい味、だな」


 思っていることを低くてかすれた声が代弁するのを聞いて、俺はスプーンをくわえたまま顔をあげた。ポカーンと間の抜けた顔になっていたことだろう。でも、見てる人も気にする人もいない。


 だって――。


「父様?」


「陛下!?」


「陛下ーーー!!!」


「ん?」


 毒見をされるべき父様がスプーンをくわえて首をかしげていたから。

 〝おかゆ〟の入った小皿を手に、だ。


 俺とユウキはびっくりして、ラルフにいたってはブチギレ気味に絶叫したが当の父様は気にするようすもなく二口目の〝おかゆ〟を口に運んでいる。


「あの、父様……僕といっしょに食べたら毒見の意味が……」


「なんだ、アルバート。毒見のつもりだったのか。てっきり親子水入らず。いっしょに昼食事を取ろうと、そういうつもりなんだと思っていたぞ。……それにしてもこの白いつぶつぶ。アリの卵か?」


 なんて言いながら父様は三口目の〝おかゆ〟を口に運んでいる。


「違う。アリの卵じゃない。米だ。日本人の心、米。穀物。親子そろって同じ発想しやがっ……」


 なんて言ってる途中で正気に戻ったユウキはあわあわと手で口を押さえた。一国の王相手に〝しやがって〟なんて言っちゃうとはおそろしい。

 当の一国の王はというと――。


「コレハコメ。コクモツ。アリノタマゴジャナイ」


 末っ子王子の乳兄弟が殺気まじりに放った言葉を復唱してコクコクとうなずいている。

 〝おかゆ〟を調理場で見たときの俺の反応とほぼほぼ同じ。こんなところで血のつながりを実感するとは……なんだか複雑な心境になってくる。


 いや、でも父様の方が上手うわてか。


「アリノタマゴジャナイ」


 アリの卵かもしれないとも思いながら少なくとも二口は〝おかゆ〟を口に運んでいるのだから。

 ちなみに四口、五口と今も順調に食べ進めている。


 おろおろとするユウキとかわいい末っ子王子らしく困り顔を浮かべた俺を見て父様はスプーンをくわえたまま、弱々しいながらもケラケラと笑った。

 そんな父様を見て怖い顔をしていたラルフはあきれ顔になり、そのうちに苦笑いをもらした。いつも通りとはいかないけれど少しはいつも通りに近づいたラルフの優しい苦笑いに俺とユウキはこっそり微笑み合った。


 でも――。


「かわいい息子とその乳兄弟が作ってきてくれたものだ。毒味なんて必要ない。なぁ、ラルフ」


「それはそれは。余計な気をまわしてしまいもうしわけありませんでした」


「良い、気にするな。ラルフの心配性は子供の頃からだからな。……しかし、あまり心配し過ぎると倒れるぞ」


「今まさに倒れているお前が言うな」


 ぽんぽんと飛び交う父様とラルフのやりとりに今度は目を丸くする。一国の王をいち執事に過ぎないラルフが〝お前〟呼ばわりしているのだ。驚きもする。

 自分とユウキ、乳兄弟の関係を考えれば不思議なことではないのだけれど。

 父様とラルフも〝何を驚くことがある?〟と言わんばかりの笑みを含んだ目を俺とユウキに向けている。


 ユウキと顔を見合わせて苦笑いしているとカチャ……と食器がぶつかる音が再びした。


「その……〝おかゆ〟とやらはおいしいのですか?」


 見ると父様がまた〝おかゆ〟を口に運んでいた。


 メイおばさんの〝ここだけの話〟情報だし、父様のやつれ方を見てもしばらく食事を取れていなかったというのは本当なのだろう。〝おかゆ〟をゆっくりとだが食べ進める父様を見てラルフが目を丸くしながらもうれしそうにしているのが何よりの証拠だ。


「不思議な味、食べ慣れない味ではある。だが、のどをすんなりと通っていってくれる」


 この国、この世界では当たり前のパンや肉料理といった食事はかたく、のどにつかえて飲み込めなかったのだろう。ユウキの言っていた通りだ。

 とは言え、一度にたくさんを食べられるほどの体力は――体を起こしていられるほどの体力はないようだ。


「ありがとう。アルバート、ユウキ。二人のおかげで久々にずいぶんと食べられたよ」


 小皿に盛られた〝おかゆ〟の半分ほどを食べたところで父様は横になってしまった。


「今日中くらいなら温め直して食べられます。火にかけるときは水を足して、食べられるときに少しずつ食べてください」


「わかった。ありがとう、ユウキ」


 〝おかゆ〟の入った手鍋をはさんでユウキとラルフが交わす言葉を聞きながら、ベッドの上で目を閉じている父様の横顔を見つめる。

 〝おかゆ〟を食べたおかげだろうか。さっきよりもちょっとだけ顔色が良くなった気がする。

 ……気がするだけかもしれないけれど。


 でも、ひと眠りして、また〝おかゆ〟を食べて、またひと眠りして……そうやって体力を回復して。何日かしたらすっかり元気になるかもしれない。

 父様のことだ。きっと元気になるだろう。


 そろそろ帰ろう。

 唇を引き結んで立ち上がろうとした俺は――。


「それで、アルバート。私に何を聞きたくて来たんだ?」


 父様の言葉に目を丸くした。

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