第19話 ……陛下がお会いになるそうです。
「皆さん、こんにちは!」
「アルバート様、ユウキ、こんにちは。今日も書庫に行かれるんですか?」
「はい、調べ物の続きです!」
なんて言いながらアーリス城の門番たちににっこり。きゅるん☆ とかわいい末っ子王子スマイルを振りまき――。
「こんにちは。今日もいい天気ですね」
「アルバート様、ユウキ! えぇ、えぇ、今日はシーツもよく乾きそうですよ!」
「こんにちは。わぁ、鏡がピカピカ!」
「まぁ、アルバート様。こんにちは。お手製のみがき粉を使ってみたんですよ」
「こんにちは。とってもきれいなお花ですね。あざやかな色をしてます!」
「あらあら、アルバート様。それにユウキも。そうでしょう? 今朝、咲いたばかりなんです。二階の廊下に飾ろうと思っているんですよ」
という具合にキラッキラの末っ子王子スマイルでアーリス城内で働く人々の目をくらませ、前回同様、堂々と目的の五階まであがったところでユウキがこっそりとため息をついた。
「前回も言ったけど……アルの心臓の強さとネコをかぶってるときの愛想の良さには感心するよ」
「そうだろう、そうだろう。感心し、感動し、見習うがいい」
「絶対に見習わないし、多分、見習えない」
なんて話しながら五階の廊下をのぞくと今日も宰相も大臣も誰一人いなくて、ひっそりと静まり返っている。
「ラルフはまだ人払いを命じてるみたいだな」
「また追い返されるかな」
手鍋を乗せたトレイを抱えたユウキが心配そうに言う。
「前回は情報不足で大人しく引いたが今回は引かない。かわいい末っ子王子様のネコを総動員してラルフを陥落させる。絶対に父様に〝おかゆ〟を食べてもらう」
〝おかゆ〟と、〝おかゆ〟を抱えるユウキを
「食事がまったく取れていない国王陛下殿に〝おかゆ〟を食べてもらうことができれば……それで病気が治りでもしたら、恩をガッツリ売れる。〝切り札〟を切るまでもなく後方支援担当にまわしてもらえるかもしれない。もしかしたら、安心安全地帯での引きこもり生活だって……!」
「……アル」
ユウキに低く静かな声で名前を呼ばれて口をつぐんだ。低い声だけど怒っているわけじゃない。
微笑むユウキに見つめられてそっぽを向いた俺は金色の前髪をくるくると指でいじった。
あわよくばそうなればいいとは思っている。
でも、だけど、一番は――。
「陛下に……アルのお父さんに元気になってもらいたいから。食べてもらいたいから、だろ」
ユウキに頭をくしゃくしゃとなでられて唇をとがらせる。末っ子王子とはいえ王族の俺相手に、と文句を言おうとして――。
「……アルバート様、ユウキ」
ラルフに名前を呼ばれた。父様の乳兄弟で今は執事をしているラルフだ。
父様の部屋から出てきたラルフは今日もピシッとスーツを着ている。疲れのせいか、昨日よりもさらに老けこんだように見えるけど。
俺とユウキの顔を見るなりラルフは目をつりあげた。
「陛下にお会いすることはできないと昨日、お伝えしたと思いますが?」
冷ややかな対応は想定済み。ちゃっちゃかネコをかぶるとうるうるうるんだおめめでラルフを上目遣いに見つめた。
「ラルフ……僕、聞いてしまったんです。陛下が……父様が食事を何日も取っていないって
」
言いながらラルフが押す手押し車へと目を向ける。ユウキいわく〝がっつりおおあじ〟なこの国、この世界ではあたりまえの料理がずらりと乗っている。でも、パンにも焼いた肉にもそえられた野菜にもまったく手がつけられていない。
「一体、誰から聞いたんですか」
もちろん素直に情報源を教えるわけがない。
「僕、父様のことが心配で……少しでも食べてもらいたくて……。それで料理を作ってきたんです!」
高い位置からラルフににらみ下ろされてとなりに立つユウキは体を強張らせる。でも、心臓が強くて愛想の良いネコかぶり中の俺はうるうるおめめをさらにうるうるさせてラルフを見つめた。
「アルバート様が、ですか」
「僕とユウキとで、です。〝おかゆ〟と言って病気で食欲がないときやのどが痛くて食べ物や飲み物が飲みこみづらいときに食べる料理なんです」
「……〝おかゆ〟?」
聞いたことのない名前の料理だからだろう。ラルフの表情がけわしくなる。
ユウキが転生者で、前世の記憶をもとに〝おかゆ〟を作ったとは言えない。まだユウキが転生者であることやスキル持ちになったことは隠しておきたい。
だから――。
「僕の乳母でユウキの母親であるソフィー。彼女の故郷に伝わる料理なんですよ」
俺とユウキを値踏みするように見るラルフに俺は末っ子王子スマイルでにっこり。しれっとうそをついた。
「ちょっと……だいぶ不思議な見た目をしているけど……でも、元気がなくて食べられない人のことを考えて作られた優しい味の料理なんです!」
「ですが、アルバート様。陛下のお食事は……」
ラルフの表情がかげった理由はすぐにわかった。
食い意地が張っていて子供たちに甘い父様だけど一応は一国の王だ。例え実の息子が作ったものでもおいそれと口に入れるわけにはいかない。
「わかってます、ラルフ。父様とラルフの前で僕がちゃんと毒味をして見せます」
「……アルバート様」
「だから、お願いです! 陛下に……父様に……!」
チリン、チリン……と俺の言葉をさえぎったのはベルのかすかな音。ハッと振り返った、ラルフの視線の先には父様の部屋の扉。
ラルフはしばらく扉を見つめたあと――。
「アルバート様、ユウキ……ついてきてください。陛下がお会いになるそうです」
いつもの穏やかな微笑みは見せてくれないまま。ラルフは低く静かな声でそう言ったのだった。
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