第17話 かわいい末っ子王子様になんて顔をさせるんだ。
「アルバート様とユウキと私、三人だけの秘密。ここだけの話ですよ」
片目をパチリとつむって見せるメイおばさんに連れられて俺とユウキが小アーリス城のはずれにある調理場に案内されたのは朝食をとってすぐのこと。パーティや大規模な演習で大人数の料理を用意するときにだけ使われるその調理場はひっそりと静まり返っていた。
「二人だけで何を作るつもりですか? 火は使いますか? もし火を使うつもりなら私もいっしょに……!」
「大丈夫ですよ、メイおばさん。俺が調理場を使ってるの、何度も見てるでしょう?」
ユウキの苦笑いにそれでもメイおばさんは心配顔のままだ。
「でもねぇ、ユウキ。あのときはソフィーもいっしょだったでしょう?」
「でも、俺ももう十三才です。あの頃よりも大きくなってる。それに母さんはいないけど今日はアルがいっしょですから。……な、アル」
急に話を振られて目をパチパチさせた俺だったけどユウキの目配せにすぐさま深々とネコを装着。
「うん、ユウキ。僕、がんばるよ! ……だから、メイおばさん。安心してください」
生まれてこの方、十三年。ユウキ以外の人の前では必ずネコをかぶり、素直でかわいい末っ子王子を演じてきたのだ。急に振られてもちゃーんと、即座に対応できる。
にっこりと笑ったあと――。
「でも、もし何かわからないことや怖いことがあったら……メイおばさんを呼びに行ってもいいですか?」
小首をかしげ、うるうるおめめでトドメの一撃。
「もちろんです……もちろんですよ、アルバート様!」
一撃必殺。無事に
「すぐ隣の小屋で洗濯物をしてますから何かあったらすぐに呼んでくださいね」
「ありがとうございます、メイおばさん」
「何かあったらすぐに! すぐに呼ぶんですよー!」
なんて念押しして隣の小屋へと入っていくメイおばさんをにこにこ顔で見送った俺はユウキと二人きりになるなり――。
「……計画通り」
にんまりと笑った。
「その根性悪そうな笑みをさっさと引っ込めて。まずは手鍋を探してきてよ、アル」
「末っ子王子とは言え王族相手だぞ。命令するな、ユウキ」
「はいはい、手鍋を探してきていただけますか。お願いします、アルバート様」
「それはそれで気持ち悪い。やめろ」
「……おい」
なんて言い合いながら〝おかゆ〟作りを開始した。
この調理場は大人数の料理を用意するときにしか使わない。そのせいか、並んでいるのは子供一人が余裕で隠れられそうな大きな鍋ばかりだ。
小さな手鍋は棚のすみにひっそりと置かれていた。
「ほら、かわいい末っ子王子様が手鍋を見つけてきてやったぞ」
「自分でかわいいとか言うなってば。……じゃあ、次はサラダチキンを
「……さ、いて?」
小アーリス城のメインの調理場から拝借してきた種火を大きくしていたユウキが立ち上がった。
「そ、こうやるの」
つるつるとした素材を千切って開けると蒸して味付けした鶏肉だという白いかたまり――〝さらだちきん〟を取り出す。その〝さらだちきん〟を手で細く千切ると――。
「ほれ、味見」
ユウキは俺の口に押し込んだ。
反射的にもぐもぐと噛んで飲み込む。しっとりとして柔らかく、口の中で鶏肉の身がほどけて消える。塩味と旨味がしばらく口の中に残るのはしっかりと味がしみこんでいるからだろう。
名残惜しい気持ちで口の中から消えていく〝さらだちきん〟を味わったあと――。
「……うまい」
俺は唇をとがらせてつぶやいた。
「だろ?」
ユウキがどことなく自慢気な表情をしていることも、ユウキの前世には俺たちの国や世界よりもずっとおいしいものがあるのことも、なんだかちょっとくやしい。
唇をとがらせたまま〝さらだちきん〟を千切り始めた俺はそのうちに眉間にしわを寄せた。
「またぶさいくな顔になってるぞ、アル」
……だから、かわいい末っ子王子様相手に失礼だな。
ていうか――。
「その〝ながねぎ〟ってのはなんなんだ。においがきついんだよ。そのままでも十分、におったけど切るとますますにおう」
てなわけだ。
トン、トントン……とちょっとぎこちない包丁の音がするたびに独特のにおいが広がるのだ。かわいい末っ子王子様もぶさいく顔になる。
〝ながねぎ〟の白い部分を不器用な手付きで細かく切っていたユウキは手を止めて困り顔になった。
「におい、そんなに気になる?」
「なる!」
「え~……。それ、アルだけかな。それともこの国、この世界の人はみんな気になるのかな」
「知るか! とにかくにおう!」
ぶさいくな顔でばっさりと言い捨てる俺にユウキはぽりぽりとえり首をかこうとしてあわてて手を止めた。料理中にぽりぽりとかくのを我慢したのはいい心がけだ。
「火を通せばにおいは弱くなると思うんだけど……」
「それならとりあえず完成させろ。……ほら、終わったぞ」
千切り終えた〝さらだちきん〟をずいっと突き出して、皿を持っているのとは反対のぬれた指先をぺろりとなめる。
……やっぱりおいしい。
つまみ食いならぬつまみなめをしている俺の表情を見て、ユウキはくすりと笑って皿を受け取る。乳兄弟の兄担当と言わんばかりの表情に俺はフン! と鼻を鳴らした。
「アル、手を洗ったら卵を割って。んで、といておいて」
「わかった」
うなずいて底の深い小皿を探す。
普通、王族は料理なんてやらないし調理場に入ることもない。でも、俺の場合は特別。実家の後ろ盾なんてなくて、乳母のソフィーがほぼ一人で面倒を見て、育ててくれていた末っ子王子だ。
料理をやったことはないけどソフィーとユウキがやっている姿は何度も見ている。
「アルって本当、手先は器用だよな」
「手先は、とはなんだ。手先は、とは」
見よう見真似で卵を割り、スプーンでとく俺を見てユウキが感心したように言う。
〝手先は器用〟のあとに続くのは多分、〝運動はからきしなのに〟だ。
「そのあいだに……」
と、つぶやきながらユウキは〝れとるとのおかゆ〟が入っているというつるつるの素材の封を切り、鍋に中身を開けた。鍋の中をのぞき込んだ俺は思わず顔をしかめる。
「……なんだ、これは」
多分、今の俺の顔は〝ながねぎ〟のにおいをかいだときと同じか、それ以上にぶさいくな顔になっているはずだ。
……〝おかゆ〟め。
かわいい末っ子王子様になんて顔をさせるんだ。
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