第16話 必要な材料はそろった。

 両手をつないで輪を作った俺とユウキはそろって深呼吸を一つ。


「スキル〝スーパーのタナカ〟!」


 ユウキがスキルの発動を〝宣言〟すると前回同様、足元が金色に光った。無事に俺の魔力はユウキに伝わり、〝場〟は展開された。

 次にするのは――。


「まずは……〝レトルトのおかゆ〟!」


 欲しい商品の名前を呼んで錬成だか召喚だかをすること。

 恐らく〝れとるとのおかゆ〟なのだろうものが現れる。俺の手のひらよりも大きくて、つるつるしていて硬そうで……食べやすくも飲み込みやすくもなさそうに見える。

 そもそも食べられるのか、これ。


「アル、ものすっごいブサイクな顔になってる。心配するなよ、ちゃんと食べ物だから。おかゆはこの袋の中に入ってるんだ」


 なんだ、つるつるしている部分は食べ物じゃないのか。

 俺はほっと息をついた。


 そういえば前回の〝たんさんすい〟もつるつるした容器に入っていた。このつるつるした素材、前世のユウキが暮らしていた国、世界ではよく使われる素材なのかもしれない。

 それはまぁ、さておき――。


「こんなにかわいい末っ子王子様に向かってブサイクとは失礼だな、ユウキ」


 これだけは言っておかないといけない。

 フフンとあごをあげ、金髪碧眼の王子様然としたかわいいかわいいお顔を見せびらかす。


「はいはい。かわいい、かわいい。んで、次は……」


「おい」


「卵はこの国、この世界にもあるからいいか。あとは風邪のときの定番、長ネギ。それと……そうだ、そうだ。サラダチキンを忘れちゃいけない!」


 雑に俺のセリフを聞き流してユウキは材料の錬成だか召喚だかを続ける。

 現れたのは上半分は緑色、下半分は白色の棒状の野菜らしきもの。それとやっぱりつるつるの素材に包まれたこぶし大の白っぽいかたまりだ。

 ユウキは俺の手を放すと三つの食材を腕に抱えた。足元の光がゆっくりと消えていく。


「……アル、さっき以上にブサイクな顔になってる」


 スキル〝すーぱーのたなか〟で錬成だか召喚だかした食材をじーっと見つめているとユウキが苦笑いした。

 だから、こんなにかわいい末っ子王子様に向かって……というセリフは省略。ユウキがテーブルに置いた食材を顔をしかめたまま見下ろす。


「この棒状の……」


「長ネギ?」


「〝ながねぎ〟。ずいぶんとにおいがきついな。それに〝さらだちきん〟はなんていうか……なんだ、これ」


 なんだ、これという感想しか出てこない。

 ……なんだ、これ。


「蒸して味付けした鶏肉を真空パックしたものだよ」


「鶏肉を〝しんくうぱっく〟……?」


「えっと、鶏肉っていうのは……」


「バカにするな、鶏肉くらいわかる。ニワトリの肉だろ」


「え? ……あ、そっか! 真空パックの方か!」


 鶏肉をどう説明するか考えようとしていたのだろう。ぽりぽりとえり首をかくユウキに俺は目をつりあげた。


「前世の記憶とこの世界での記憶がごっちゃになることがあってさ。この世界にあるものとないもの、アルに説明しなきゃいけないこととそうでないことがときどきよくわからなくなるんだ」


「……そういうものか」


 金色の前髪をくるくると指でいじりながら顔をしかめる。なぜだろう。胸がざわざわする。


「そのあたりの記憶の整理もしていかないといけないな」


「……アル、その顔ってものすっごく面倒くさいなーって思ってる顔?」


 ユウキに尋ねられた俺は一瞬、目を丸くした。でも、すぐさま胸のざわつきをごまかすようににっこり。


「面倒くさいなんて全っ然、思ってるよ!」


 かわいい末っ子王子スマイルで微笑んでみせるとユウキの顔がげんなり顔になる。


「ネコかぶり状態の全力笑顔で本音を言うな。言葉と表情の落差に気持ち悪くなる」


「かわいい末っ子王子様がにっこり大盤振る舞いで笑ってやってるのに贅沢なやつだな」


 なんて言いながら俺は素の表情に戻った。ひとしきりユウキで遊んでそこそこ満足したのだ。


「で、〝しんくうぱっく〟ってのは?」


「包み方の一つ、かな。包んだあとに空気を……」


「うん、そのあたりは説明しなくていい。〝しんくうぱっく〟は包み方。それがわかれば十分だ」


「……」


 やっぱり面倒くさがってるじゃないか、というセリフを飲み込んだのだろう。ため息を一つ。ユウキはパン! と手を叩いた。


「おかゆを作るのに必要な材料はそろった。調理場を借りに行こうか、アル!」


「バカか、ユウキ」


 フン! と鼻を鳴らした俺はユウキが〝根性悪そうな顔〟と称する笑みをにやりと浮かべてベッドへと向かった。


「とっくに夕飯の時間は過ぎてる。調理場を借りるのは明日の朝食後、父様に〝おかゆ〟を持っていくのは昼食だ。それに……」


 言いながら両腕を広げて背中からベッドにダイブ。


「スキルを使ったんだ。魔力酔いでもう立ってられないだろ」


「しまっ……! アル、ずるい……ぞ……」


 弱々しい声とともにどさりと音がした。ユウキがソファか床に倒れこんだ音だろう。


「ずるいとはなんだ。かわいくて賢い末っ子王子様と言え」


 ついでに言うと前回、スキルを使ったときのことをすっかり忘れてのんきにしゃべっているユウキがバカなのだ。


「……かわいい末っ子王子様なら〝魔力酔いで倒れるかもしれないからベッドに横になった方がいいよ〟って乳兄弟の俺に教えてくれると思うんだけど!?」


「ただのかわいい末っ子王子様じゃなくて、見た目のかわいさを武器にネコをかぶる末っ子王子様だからな。ユウキ相手ならネコをかぶる必要なんてないし、床なりソファなりに転がしておいてもなんとも思わない」


「……おい」


 床かソファに転がっているだろうユウキの弱々しいツッコミに俺はけらけらと笑った。

 まぁ、こっちも本格的に魔力酔いがひどくなってか細ーーーい声しか出なかったのだけど。

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