第15話 元気がないときの、おかゆ。

 一旦、小アーリス城に戻った俺とユウキはおばあちゃん家庭教師であるケリー先生の授業を受け、食事を終え、夜を迎えた。


「アル、俺さ。前世の記憶を思い出して思ったことがあるんだよ」


 正面のソファに座ったユウキを見つめ、〝なんだ?〟と問いかけるように俺は首をかしげた。


「この国、この世界の料理って朝も昼も夜もガッツリ、大味! って感じなんだよ」


「がっつり……おおあじ……?」


 生まれてからずっとこの国、この世界の〝がっつりおおあじ〟な料理を朝も昼も夜も食べてきたのだ。ユウキが何に引っかかって、何を言おうとしているのかさっぱりわからなかった。

 俺の眉間に深々としわが寄るのを見てユウキはぽりぽりとえり首をかいた。


「そう、ガッツリ大味。……えっと、この国、この世界の料理って肉や魚はドーン! と焼く」


「……どーん」


「メインの料理にそえる野菜はゴロッと蒸すかゆでる! んで、塩とコショウで味付け! って感じじゃん? 甘いものなら砂糖、ババーン! って感じの味付け」


「……ばばーん」


「それにパンもギシッ! とかたくて噛み切るのも手でちぎるのも一苦労」


「……ぎしっ」


「朝でも昼でも夜でも、病気のときだって。どんなときでも同じようにそういう感じの料理が出てくるだろ?」


 〝どーん〟だとか、〝ばばーん〟だとか、〝ぎしっ〟だとか。

 さっぱりわからないけどユウキが何を言いたいのか、雰囲気はわかった。多分、きっと、おそらくわかった。

 だから俺は深々とうなずいた。


「うん、まぁ……そうだな!」


 この国、この世界では当たり前のこと。不思議に思うようなことでも、不満に思うようなことでもない。


「でも、確かに……」


 ユウキがスキル〝すーぱーのたなか〟で出したマーマレードは、ただただ砂糖の甘さばかりが口に残るこの国、この世界のマーマレードとは違っていた気がする。

 この国、この世界の料理が大味というのならユウキの前世の料理は繊細……とでも言うのだろうか。


「ナイフでギコギコ切らないといけないステーキを朝からっていうのもね。うちの母さんじゃあ、見ただけで吐きそうになってたと思うよ」


「ソフィーが? 吐きそうに? よだれを垂らしそうに、じゃなく?」


 ユウキの母親で俺の乳母だったソフィーは朝からしっかりガッツリ食べていた。出された食事は残さないし、なんなら俺とユウキが食べきれなかった分まで食べていた。


 ――アルバート様とユウキのせいでこんなに丸々と太ってしまったんですよ!


 なんて、けらけらと笑いながらお腹をバシバシと叩いていた。ステーキを見ただけで吐きそうになるなんて高熱を出して寝込まないかぎりない。

 案の定――。


「あ、違う違う」


 あわてたようすでユウキは手を振った。


「ソフィー母さんじゃなくて前世の母さんの話。前世の母さんは起きがけにヨーグルトくらいしか食べられなかったんだ」


 〝よーぐると〟? と聞き返したいところだけどグッと飲み込む。いいかげん本題に入ってもらわないと困るのだ。

 そう――。


「で? ユウキが言っていた試してみたいことってなんなんだよ」


 父様に食事を取ってもらえるように、病気を治して元気になってもらえるように、何を試してみたいのか。

 それが本題だ。


 わかっているというようにユウキは深くうなずく。


「メイおばさんの話だと陛下は高熱を出して、そのせいで食事が取れなくなってるんだよな。多分、のどがれてるとか痛くて食べられないんだと思う」


「あの食い意地の張ってる父様が一週間近くほとんど食事を取れていないんだ。相当、つらいんだろうな」


 昨夜と今日三食にいたっては一口も食べていないらしい。夕飯のあとにメイおばさんが〝ここだけの話……〟と追加で教えてくれた。

 事態はどんどん悪くなっている。


「前世ではそういうとき、食べやすいものや飲み込みやすいものを作って出してたんだ」


「食べやすいもの、飲み込みやすいもの?」


 うつむきかけた俺はユウキの言葉に再び顔をあげた。


「そう、いつものかたいパンとただ焼いただけの肉じゃなくて、もっと柔らかくて、食材が細かく切ってあって……あと消化にいいもの!」


 言われてみれば一理ある。

 毎日食べているパンはかたいし、焼いて塩とコショウをしただけの肉はナイフとフォークで切り分けでもまだ歯ごたえがあって食べやすい、飲み込みやすいとはとても言えない。

 のどが腫れて痛くて、飲み込むのが大変で、だけど食べて体力を回復しなきゃいけないのなら食べやすく飲み込みやすいものを用意するべきだ。

 でも――。


「食べやすくて……飲み込みやすいもの……?」


 そんな料理、思い浮かばない。全っ然、思い浮かばない。

 金色の前髪をくるくると指でいじってうなり声をあげているとユウキがくすりと笑うのが聞こえた。


「そんな料理、あるのかよ」


 ムッとして尋ねると――。


「おかゆだよ」


 ユウキがきっぱりと言った。


「〝おかゆ〟?」


「そう、おかゆ。前世で俺が暮らしてた国・日本で、病気で元気がないときによく食べた料理」


 言いながらユウキはソファから立ち上がった。


「でも、おかゆを作るために必要な食材をこの国、この世界で見たことがないんだ。だから――」


 言葉を切ったユウキは俺に向かって手を差し出した。手のひらとニヤリと笑うユウキを交互に見て、俺もソファから立ち上がった。

 そして――。


「その〝おかゆ〟を作るためにスキル〝すーぱーのたなか〟を使うってことだな」


 ニヤリと笑ってユウキの手を取ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る