第13話 ここだけの話。
「ここだけの話ですよ、アルバート様」
調理場のすみにある流し場で皿洗いをしていたメイおばさんに声をかけると期待したとおりの言葉が返ってきた。
声をひそめるメイおばさんに俺は身を乗り出す。もちろんかわいい末っ子王子らしいキラキラおめめで興味津々ですよアピールすることも忘れない。
メイおばさんをはさんで正面に立つユウキはそんな俺を白い目で見つめている。
――よし、専門家に確かめに行くぞ!
そう言って真っ直ぐにやってきたのがここ。メイおばさんのところだ。
医師のところにでも行くとユウキは思っていたのだろう。心の中で〝専門家ってなんの専門家だよ〟とかつぶやいているかもしれない。
でも、よく考えてもらいたい。
医者が患者の――特に一国の王である父様の病状なんて教えてくれるわけがない。何か知っていたって教えてくれるわけがない。
もちろん俺の全力ネコかぶり末っ子王子スマイルを駆使すれば聞き出すことは可能だ。
でも、それよりは小アーリス城どころかアーリス城内で一番の古株で、あちこちからいろんな話を仕入れている情報の専門家であるメイおばさんに聞いた方が早い。絶対に早い。ダントツで早い。
実際――。
「前に国王陛下もオリヴィア様もあまり食べてくださらなくて料理長やラルフ、オクタヴィアが困っているというお話をしたじゃないですか」
「はい、聞きました」
俺とユウキが知りたかった情報をきちんと教えてくれるのだ。
ユウキが〝根性悪そうな笑い方〟と表現するにんまり笑いが浮かびそうになるのをどうにかこらえ、話の内容にあわせて不安げな表情を作ってみせた。
前にメイおばさんから聞いた話ももちろん覚えている。
父である陛下は仕事が忙しくて、一番年の近い姉・オリヴィアは本を読むのに夢中で食事を取らないのだと言っていた。
「アルバート様にこっそりその話をしてから一週間。陛下の食べる量はどんどん減って、昨夜と今朝はついにまったく食べていない状態で料理が戻されたとか」
「父様は……陛下は病気なんですか?」
青い目をうるうるとうるませて俺はメイおばさんを上目遣いに見つめた。
「あぁ、アルバート様。そんな今にも泣きそうな顔をしないで。お医者様は熱病だろうと仰っていましたから。きっと、すぐによくなります!」
「でも……」
「そうですよね、何日もお食事をまともに取っていらっしゃらないなんて心配ですよね。なんでも喉が痛くてお食事を飲み込めないんだそうですよ。ラルフ様が料理長にご相談なさっているのを聞きました」
メイおばさんの情報網恐るべし。
相手は一国の王。国王の病状なんて国家機密モノだ。隣国と戦争になるかもなんて今の状況ならなおのこと。
そんな重要情報をにぎっているなんて何者なんだよ! と叫びたくなるのをこらえて俺はうるんだ目でメイおばさんを見つめた。
「メイおばさん、教えてくれてありがとう。心配だけど……父様はきっとすぐに良くなるって信じて、僕は今、僕ができることをがんばります!」
「えぇ、えぇ。お医者様もラルフ様もついているんですもの。すぐに良くなりますよ。……でも、アルバート様。がんばるのはいいですが無理や無茶はしないでくださいね。魔力酔いを起こしてユウキと二人そろって倒れたときにはみんな、心配したんですから!」
「はい、メイおばさん。ありがとうございます!」
ネコをかぶった末っ子王子の健気でかわいい笑顔ににっこり、ほほをゆるめるメイおばさんに見送られ、俺は小アーリス城へと足を向けた。
「アル、そんなに早足でどこに行くんだよ」
「部屋に戻るんだよ」
あわてて追いかけてくるユウキを振り返りもせずに言って俺は短くため息をついた。
「メイおばさんの話を聞いただろ。人間は食べなきゃ弱るし死ぬ。熱病でも死ぬときは死ぬ。もちろん回復する可能性もあるけど回復しない可能性も考えておいた方がいい」
父様が死んだ場合、それを聞きつけた隣国グリーナがここぞとばかりに攻めてくるはずだ。そうなれば戦争が始まってしまう。
グリーナ国に知られることはなくても内政がどう傾くかわからない。戦争に反対する者ばかりではないのだ。
「やっぱり父様の回復を待っている場合じゃない。ユウキのスキルや前世の記憶、転生者について調べられるだけ調べないと」
そして戦争に行くことになっても後方支援にまわれるように、あわよくば安心安全地帯で引きこもり生活を送れるように〝切り札〟の使い方を整えておかないと。
「ひとまず部屋に戻って前世の記憶の整理とスキルの実験をするぞ、ユウキ。……おい、ユウキ!」
返事がないのを不思議に思って振り返るとユウキは道のど真ん中で立ち止まって俺をじっと見つめている。
「なにしてるんだよ、ユウキ! さっさと部屋に戻って……!」
「アル」
いつもよりも強い口調で名前を呼ばれ、俺はあわてて口をつぐんだ。強い口調だけど、でも、怒っているわけじゃない。
「アルは別に陛下に……お父さんに死んでほしいなんて思ってないんだよな」
そう尋ねるユウキの目は悲し気だった。
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