第12話 本当に忙しいから、なのかな?
「隣国と戦争になるかも、なんて話が末っ子王子な俺の耳にまで入るんだ。父様は――リグラス国・国王は相当に忙しいはずだ。きっと自室にこもって仕事に追われているんだろう」
ラルフに追い返されるようにして五階をあとにした俺とユウキは門番たちに見送られてアーリス城を出た。
〝戦争〟と聞いてユウキは一瞬、顔を強張らせた。でも、俺がフン! と小馬鹿にしたように鼻を鳴らすのを聞いて目を丸くし――そのうちにほほを緩めた。
――今はその、〝あんな思い〟に関する記憶は話さなくていい。思い出さなくていい。
――今はこういう記憶を……楽しい記憶だけを思い出せ。
〝まーまれーどそーだ〟を飲んだときに俺が言ったことを思い出したのだろう。ユウキはわかったというようにうなずいて、今度はえり首をぽりぽりとかき始めた。
困ったり考え事をするときのユウキのくせだ。表情からして今は考え事をしているのだろう。
何を考えているのやらと思いながら俺は話を続けた。
「国の一大事ってときに末っ子王子の雑談になんて付き合ってる時間はないだろうな」
もし今すぐにでも戦争が始まるのなら、こちらものんびり父様の手が空くのを待っているわけにはいかない。
急いでユウキのスキルや前世の記憶、転生者のことを調べ、戦争に行くことになっても後方支援にまわしてもらえるよう、あわよくば安心安全地帯で引きこもり生活を送れるよう、〝切り札〟の使い方を整えておかないといけない。
「父様から話を聞くのはあきらめて、転生者だったっていうお祖父様の乳兄弟のことは自力で調べるしかないな」
と、言ってみたもののどこからどう手を付けたらいいのやら。途方に暮れて金色の前髪をくるくると指でいじる。
と、――。
「陛下は本当に仕事が忙しいから会えないのかな?」
ユウキがぼそりとつぶやいた。
「なんでそう思うんだ」
言い方は疑問形だったけど確信があるのだろう。尋ねるとユウキは顔をあげ、真っ直ぐに俺の目を見た。
「仕事が忙しいだけなら宰相や大臣には会うんじゃないかな」
まぁ、確かに。
宰相や大臣に会わないと進まない話も多いはずだ。
「それにラルフ様が陛下の部屋から出てきたときも……。アル、ラルフ様が手押し車を押してたのを覚えてる?」
うなずく。
朝食だろう、パンと肉料理の皿が乗った手押し車を押してラルフは父様の自室から出てきた。
でも、それがなんだというのだろう。
「料理はほとんど手付かずの状態だった。おかしいだろ? 陛下の部屋から出てきたのに手付かずなんて」
ユウキに言われて俺は金色の前髪を指でくるくるといじって……そのうちに目を見開いた。
確かにおかしい。
ラルフが運んでいたのが父様の朝食で、父様の部屋から出てきたところなら、皿の上の料理は空か食べかけの状態になっていないといけない。
でも――。
「皿の上の料理はまったく手をつけられていなかった」
「いや、パンを一口分ちぎった形跡はあったよ」
さらりと訂正するユウキを俺は感心して見つめた。
「よくそんな細かいところに気が付いたな、ユウキ」
「アルの全力ネコかぶりに笑い出さないよう、料理をじーっと見つめて気を紛らわせていたからね」
さらりと言うユウキを俺はジトリとにらみつけた。
「一発なぐらせろ、ユウキ」
「誰が見てるかわからないからダメだよ、素直でかわいい末っ子王子様。それに暴力は普通にダメ」
にらみつける俺をユウキは乳兄弟の兄担当という顔で受け流す。
「まぁ、今日の朝食は忙しくてパンを一口かじるのがやっとだった……って可能性もあるけど」
えり首をぽりぽりとかくユウキを横目に俺は前髪をくるくると指でいじった。
「食い意地の張っている父様ならパンを一口かじるなんてお上品なことをするよりもパンを丸々一個、口につめこんだ状態で仕事をする方がありえそうだけどな」
でもまぁ、ユウキの心配するとおり可能性としてなくはない。
それなら――。
「よし、専門家に確かめに行くぞ!」
考え込むユウキにニヤリと笑いかけ、俺は腕を引いて駆け出した。
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