第11話 何かあったんだろうな。
門番たちの話では大切な相談があるからと宰相や大臣が来ても、俺の父親であるリグラス国・現国王には会えなかったらしい。
と、なると父様の執務室と自室があるアーリス城の五階に末っ子王子の俺があがろうとしても止められてしまう可能性が高い。
アーリス城内ではたくさんの人たちが働いている。常に誰かが廊下を歩いているし、どこかの部屋から出てきて、またどこかの部屋に入って行くし、階段をのぼったりおりたりしている。
つまり誰にも見られずに五階まであがるのは不可能ということだ。
なら、どうやって五階まであがるのか。
「おはようございます。今日もいい天気ですね」
「アルバート様、ユウキ! えぇ、えぇ、絶好のお洗濯日和!」
「おはようございます。わぁ、窓がピカピカ!」
「まぁ、アルバート様。おはようございます。お手製のみがき粉を使ってみたんですよ」
「おはようございます。とってもきれいなお花ですね。いい香りもします!」
「あらあら、アルバート様。それにユウキも。そうでしょう? 今朝、
という具合にキラッキラの末っ子王子スマイルで会う人会う人の目をくらませつつ、堂々と階段をあがっていくのである。
「アルの心臓の強さとネコをかぶってるときの愛想の良さには感心するよ」
「そうだろう、そうだろう。感心し、感動し、見習うがいい」
「絶対に見習わない」
なんてユウキと話をしているうちに目的の五階まで、誰に止められることもなく到着した。
長い廊下には人の姿がまったくない。四階まではたくさんの人たちが行き来していたというのに、だ。
「やっぱり人払いしてあるのかな」
声をひそめてユウキが言った。
「だろうな」
声をひそめて俺も答えた。
いつもなら父様に会うために執務室の前の廊下には宰相や大臣が行列を作っている。でも、今は誰もいない。しん……と静まり返っている。
ユウキと顔を見合わせていると――。
「アルバート様? それにユウキも……」
名前を呼ばれた。振り返ると父様の自室からラルフが出てきたところだった。ラルフは父様の乳兄弟で、今は執事として身のまわりのあれこれをしている。
アーリス城や小アーリス城内で働く男性使用人たちと同じデザインのスーツを今日もピシッと着ている。五十代に入って白髪が目立つようになったが髪をなでつけ、きちんと整えているために老けた印象は受けない。
いつものラルフの場合は、だ。
手押し車を押し、後ろ手にドアを閉めるラルフはずいぶんと疲れ、老け込んで見えた。
手押し車には朝食だろう、パンと肉料理の皿が乗っている。塩、コショウで味付けした手のひら大のステーキ。そこに蒸した野菜が添えられている。
アーリス城、小アーリス城では見慣れた朝食だ。
「……五階には誰もあげないようにと皆に伝えておいたはずなのですが」
がっしりとした体格の父様の隣に立つと小さく見えるラルフだけど、細身ながら背は高い。いつもは穏やかな微笑みを浮かべているから感じなかったけど高い位置からにらまれると結構、威圧感がある。
顔が引きつりそうになるのをどうにか堪え、門番からなーんにも聞いてないふりでにっこり。ネコかぶり末っ子王子スマイルを浮かべた。
「おはようございます、ラルフ。父様に……陛下に聞きたいことがあるのですが今、お話できますか?」
「もうしわけありません、アルバート様。今、陛下はどなたともお会いになりません」
ピシャリと突っぱねられてかわいい末っ子王子スマイルが引きつりそうになる。でも、これまた我慢。
代わりにうるうるうるんだ瞳でラルフを上目遣いに見上げた。
「あの、でも……ちょっとだけでも……」
「もうしわけありません」
一蹴である。取り付く島もない。
だが、しかし。ここでかわいいかわいい末っ子王子がするべき表情は顔を引きつらせることでも、しかめっ面をすることでもない。
「そう……ですよね、父様はお仕事でお忙しいですもんね」
しょんぼりとうつむいて見せることだ。
俺の隣でユウキもうつむく。ただし、うつむいた理由はまったく別。ネコをかぶる俺を見て〝……気持ち悪い〟とかなんとか言いたいのを必死に飲み込んでいるのだ。
末っ子王子とは言え王族である俺相手にいい度胸だ。よし、あとで一発なぐろう。
……なんて思っていることはおくびにも出さず。
「ラルフ、父様はしばらくお忙しいのですか?」
うるうるおめめでラルフを見上げ、俺はちょこんと首をかしげてみせた。
深々とネコをかぶった俺の質問をむげにすることは難しい。いつものラルフなら〝三日もすれば今やっている仕事が落ち着きます。その頃なら会えるかもしれません〟とこっそり教えてくれる。
今日もそんな感じの答えを期待していたのだが――。
「もうしわけありません。……アルバート様がいらしたことは陛下にお伝えしておきますので」
と、言って俺とユウキの肩をガシリとつかむとくるりと半周。体の向きを強制的に変えたラルフはポンと背中を押した。
帰れ、ということだ。
ネコをかぶってしまっている末っ子王子としてはこれ以上、抵抗するわけにもいかない。
「……わかりました。父様にお仕事がんばってくださいと伝えてください」
ちょっとさみしげな微笑みを浮かべてチラ、チラ……と父様の自室のドアに視線を向ける。それでもやっぱり父様に会いたいんです、未練たらたらですアピールだ。
でも――。
「はい、アルバート様」
ラルフは俺のアピールを完全無視。短くそう言っただけできびすを返してしまった。いつものように〝それを聞いたら陛下もお喜びになります〟なんて言って穏やかに微笑んだりもしない。
「何かあったのかな」
ラルフに見送られて――というよりは見張られて階段を下りながらユウキがぼそりと言った。
「何かあったんだろうな」
ぼそりと答えながら金色の前髪を指でくるくるといじる。何かあったのはまちがいない。
でも、その何かについて成人前で、何の力も後ろ盾もなくて、王位継承権なんてあってないような末っ子王子の耳に届くことなんてそうそうないのだ。
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