第2章 元気がないときの……。

第10話 俺はついにたどり着いた!

「まさか、この日、この場所にたどり着くまでの道のりがこんなにも過酷だとは……。だが、しかし! 今日、俺はついにたどり着いた!」


 俺の父親であり現リグラス国・国王が住まうアーリス城を見上げて俺は不敵な笑みを浮かべた。


「過酷っていうかなんていうか、おおむね自業自得っていうかなんていうか。ネコをかぶってるせいでにっちもさっちも行かなかったって感じな気がするけど?」


 不敵に笑う俺のとなりでユウキはあきれ顔で言った。


 ユウキが前世の記憶を思い出したのが五日前。

 ユウキのスキル〝すーぱーのたなか〟を初めて使って、二人そろって魔力酔いで倒れたのが四日前のことだ。


 じゃあ、三日前は何をやっていたかというと大事だいじをとって休んでおきなさいとメイおばさん筆頭に、小アーリス城の使用人たちにちょっと過保護が過ぎるんじゃないでしょうかというくらいしっかり、がっつり見守られて部屋を出ることができなかったのだ。

 素直でかわいい末っ子王子を演じている手前、心配するメイおばさんたちを振り切って部屋を出ていくことはできない。いつ何時なんどき、部屋をのぞきに来るかわからないから抜け出すこともできない。


「ありがたいんだけどな」


「ありがたいんだけどね」


 と、言いながらベッドの中で大人しく過ごすしかなかったのだ。


 じゃあ、二日前は何をやっていたのかというと剣術や武術を教えてくれているヴィクトール先生が午前に、家庭教師のケリー先生が午後にやってきた。ヴィクトール先生は鍛錬が足りないから魔力酔いなんて起こすんだと基礎練習をしに、ケリー先生は魔力酔いで倒れてやれなかった分の授業をしにやってきたのだ。


 国が大変なときだから少しでも役に立ちたくて魔力の実験をしていた――なんてうそをついたものだから。それをケリー先生も、また聞きしたヴィクトール先生も間に受けて感激したものだから。

 基礎練習はいつもよりもきつめだし。宿題もたっぷり出るし。なんなら前回出された宿題もまだまったくやってないし――!


 そんなこんなで昨日はというと丸一日、筋肉痛と宿題と戦っていたのだ。


「本当に過酷で……舌打ちしたくなるような道のりだった」


「舌打ちはやめろよ、アル。行儀が悪いぞ。それにここはアーリス城の入り口。誰が見てるかわからないだろ」


「へえへえ、ちゃーんとネコをかぶりますよー」


 乳兄弟の兄担当という顔で説教するユウキに雑な返事をしながら俺はにっこり。きゅるん☆ とかわいい末っ子王子スマイルを浮かべてみせた。

 瞬間、ユウキがげんなりする。


「何度見ても気持ち悪い。言葉と表情に落差があり過ぎて気持ち悪い」


「素直でかわいい末っ子王子様をつかまえて気持ち悪いとか言ってんなよ、ユウキ」


 にっこり、きゅるん☆ とした末っ子王子スマイルのまま言い返す俺を見て、ユウキはますますげんなりした顔になった。

 でもまぁ、いつまでもユウキで遊んでいるわけにもいかない。アーリス城の入り口に立つ門番が俺とユウキに気が付いたからだ。


「アルバート様、ユウキ、おはようございます」


 二人の門番がにっこりと微笑んだ。


「門番の皆さん、おはようございます!」


 こちらもネコかぶり全開でにっこり微笑み返す。


「……おはようございます」


 ユウキの声が小さいのは俺のかわいいかわいい末っ子王子スマイルに何か言いたくて、それを必死に飲み込んでいるからだ。


「今日はどちらへ? 書庫で調べ物ですか?」


「いえ、父様に……陛下に会いに来たんです」


 と、俺が言ったとたんに門番たちは顔を見合わせた。


「あの……どうかしたんですか?」


 ネコかぶり全開。不安げに目をうるませて上目遣いに見つめると、門番たちは困り顔になった。

 そして――。


「実は最近、陛下はどなたともお会いにならないのです。部屋にずっとこもられているご様子で……」


 声をひそめてそう言った。


「陛下にご相談したいことがあるからと宰相さいしょう殿や大臣殿がいらしても会えないそうなんです。ラルフ様が話を聞き、陛下に伝え、のちほど手紙で回答が届くとか」


「……そう、なんですか」


 ラルフというのは陛下の――父様の乳兄弟だ。今は執事を務めている。

 生まれたときから今現在まで、一番近しく信頼できる存在として父様の身の回りのほとんどをラルフがしている。

 でも宰相や大臣の話を聞いて、父様に伝えて……なんてことを今までしていたという話は聞かない。乳兄弟としても執事としても行き過ぎだ。


 金色の前髪をくるくると指でいじりながら考え込みたいところだけど、かわいくて無邪気な末っ子王子のネコをかぶっている今はするわけにはいかない。

 今、末っ子王子がするべきことは――。


「教えてくれてありがとうございます」


 門番たちににっこり微笑みかけること。

 それから――。


「それじゃあ、陛下に話を聞くのはまた今度にして、今日は書庫に行って自分で調べてみることにします。……行こう、ユウキ!」


 とりあえずアーリス城内に侵入してしまうことだ。


「そうですか、行ってらっしゃいませ」


「高い場所に置いてある本を取るときには気を付けてくださいね。アルバート様、ユウキ」


 アーリス城内へと入っていく俺とユウキを門番たちは笑顔で見送ってくれた。ネコをかぶった末っ子王子スマイルで兵士たちに手を振り、背中を向けると――。


「まぁ、書庫になんて行く気、さらっさらないけどな」


 にんまりと笑う。そんな俺の表情を見てユウキは盛大にため息をついた。


「だから、アル……その根性悪そうな笑い方やめろってば」

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