第9話 ……父様のところ。
部屋の扉が閉まる音を聞いて、一拍。
「はぁー……」
「はぁー……」
ベッドに引っくり返って身動き一つできない俺とユウキはそろってため息をついた。
ケリー先生が呼んでくれた医者や使用人、メイおばさんたちがあれこれと世話を焼いてくれていたのだけど、最後の一人がようやく出て行ったのだ。
俺の母親は領地に帰ってしまっていないし、俺の乳母でユウキの母親であるソフィーはすでに亡くなっている。
十三才になって身のまわりのことのほとんどは俺とユウキの二人でどうにかできるようになったつもりでいたけど……小アーリス城の使用人たちから見たらやっぱり末っ子王子とその乳兄弟。
心配でしかたないらしい。
「ありがたいんだがな」
「ありがたいんだけどね」
代わる代わる、あれこれとかいがいしく……ちょっと過剰なくらいに世話を焼いたりようすを見にきたりしてくれるものだからおちおち寝ることもユウキと話をすることもできなかったのだ。
耳を澄ませて足音が近付いて来ないことを確認してから俺は口を開いた。
「まさか魔力を使った反動だったなんてな」
「魔力酔いって……聞いたことはあったけど魔力なしの俺が経験する日がくるなんて思わなかったよ」
まだ気持ち悪いのが治まらないのだろう。弱々しいけれどユウキは声をあげて笑った。
「マーマレードと炭酸水が原因じゃなくてよかったけど……スキルを使うたびにこれから毎回のように倒れることになるのかな」
「それはものすごく困るな」
俺たちはそろって、またため息をついた。
シーツがすれる音とベッドがきしむ音がした。ユウキが寝返りを打ったのだろう。
「なぁ、アル。なんでお医者さんやケリー先生に俺のスキルの話をしなかったんだ?」
魔力酔いが原因で倒れたのだとわかったとき。当然のように医者もケリー先生も何をやっていたのかと尋ねた。
俺とユウキがスキルなしで、ユウキにいたっては魔力すらもないことはアーリス城内にいる誰もが知っていることだ。
そこで――。
「魔力の実験をしていたら失敗しちゃったみたいで。国が大変なときだから少しでもお父様やお兄様たちの役に立てるようになりたいって、僕も何かできることはないかなって練習してたんですけど……よけいに迷惑も心配もかけることになっちゃって。……ごめんなさい」
と、ネコかぶり全開。うるうるうるんだ瞳としおらしい態度でそう答えたのである。
ちょっと苦しいいいわけかと思ったけど医者も使用人もメイおばさんも目元を指でぬぐって大感動。ケリー先生にいたっては向上心があってよろしいと涙ながらに拍手していた。
「俺の日頃の行いがいいおかげだな」
「アルの日頃の行いがいいかはさておき、日頃のネコかぶりが完璧なことは確かだな」
ユウキの皮肉を無視して俺はフフン! と胸を張った。ベッドの上に転がったままで。
「……ユウキのスキルはまだわかっていないことが多い」
ひとしきり自分の完璧なネコかぶり末っ子王子っぷりに酔いしれたあと。俺はしれっとうそをついた理由のタネ明かしを始めた。
「切り札は効果的なタイミングで切らないと意味がない。まずはいろいろと試して、何ができて何ができないかを知らないと。転生者だってこともしばらくは秘密にしておけよ、ユウキ」
「……アル。今、すごく根性悪そうな笑い方してるだろ」
「かわいいかわいい末っ子王子様に向かって何を言ってるんだ。愛くるしい笑顔を浮かべてるに決まってるだろ」
「うそを言うな、うそを」
ぽんぽんと返ってくるユウキの声にケラケラと笑いながら、俺は内心でほっと息をついた。ようやくいつもの調子が戻ってきたようだ。
「今日はこっそり抜け出して納屋で寝たりするなよ」
「このとおり、身動きもできないんだ。抜け出したりできるわけないだろ」
……確かに。
ユウキは寝返りを打てるまでに回復したみたいだけど、体力のない俺は腕をあげる元気もない。起き上がれるほど体力が回復するまでにはまだ時間がかかるだろう。
「ならいい。明日は時間どおりに起こせよ。行きたいところがあるんだ」
「だから一人で起きられるようになれって。……で、行きたいところって?」
「父様のところ」
俺が生まれるどころか一番上の兄が物心つく頃には亡くなってしまっていたと聞いている。
でも、父様なら――現国王である陛下なら会って話したことがあるはずなのだ。
「お祖父様の……前国王の乳兄弟だったっていう転生者のことを父様に聞いてみようと思うんだ」
戦場に出ることになっても後方支援担当にまわしてもらうため。あわよくば安心安全地帯で引きこもり生活を送るため。
スキルだけでなく転生者や前世の記憶、そしてそれら〝切り札〟の扱い方も知らないといけない。
「父親って言っても一国の王だろ? 息子とはいえ末っ子王子であるアルがそんなに簡単に会えるのかよ」
隣国グリーナと一触即発の今の状況で国王である父様が暇なわけがない。
メイおばさんも言っていた。
――国王陛下もオリヴィア様も最近、あまり食べてくださらないとかで料理長たちやラルフ、オクタヴィアが頭を悩ませているんですよ。
――国王陛下は仕事が忙しいかららしいんですけど、オリヴィア様は本を読むのに夢中で食堂に行きたがらないんですって。
と、――。
でも、こちらも一刻を争う。本当に戦争が始まる前に〝切り札〟の使い方を整えておかないといけない。
「まぁ、見てろって。ネコをかぶって十数年の末っ子王子様の本気を見せてやるから。俺のかわいいかわいい末っ子王子スマイルで父様も、そのまわりの連中も
「へえへえ、期待してますよ。ネコをかぶったクソ末っ子王子様の本気とやらを」
「かわいいかわいい末っ子王子様の本気、な。期待しておけ。大いに期待しておけ!」
なんて言っていたのに、数日後――。
「もうしわけありません、アルバート様。今、陛下はどなたともお会いになりません」
「あの、でも……ちょっとだけでも……」
「もうしわけありません」
アーリス城に向かった俺の目論見は父様の乳兄弟であるラルフにピシャリとそう言われ、あっけなく
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