第4話 ……ていうかなんなんだよ!

 神殿は神聖で重要な場所だ。

 いつでも、誰でも、簡単に入れるわけじゃない。何かの儀式があるとき以外は窓にも扉にもギッチリ、ガッチリ、厳重にカギがかけられている。

 だから――。


「実は……ここしばらく毎晩のように怖い夢を見るんです。それで今日も寝坊しちゃって……」


 洗濯物をしているメイおばさんのところに行くと俺は全力ネコかぶりモードで目をうるうるうるませながら言った。


「あらあら。そうだったんですね、アルバート様」


「それで……神殿で神様にお願いしたら怖い夢を見なくなるんじゃないかと思って行ってみたんですけど……」


「儀式や何かがないときはカギがかかっていて入れませんものねぇ、神殿は」


 大げさに肩を落としてしょんぼりとしょげてみせるとメイおばさんはほほに手を当てて悲し気なため息をついた。


「神殿でお祈りしたらもう怖い夢なんて見ないですむって思ってたのに……。今日も怖い夢を見たらどうしよう。僕、夜が来るのが……眠るのが怖いです……!」


「あらあら、まあまあ……!」


 両手で顔をおおって涙声で言う俺の背中をメイおばさんはそっとなでた。そして、俺の耳に顔を近づけると――。


「アルバート様、ここだけの話ですよ……」


 そうささやいたのだった。


 ***


 神殿の裏口に置いてある鉢植えを持ち上げるとメイおばさんが教えてくれたとおり、カギが置いてあった。


「……計画通り」


 カギを手ににんまりと笑う。


「アル、その根性悪そうな笑い方やめろってば」


「ユウキ以外、誰も見てないんだ。ちょっとくらい根性悪そうな笑い方をしたっていいし、ネコを脱いだっていいんだよ……っと」


 ユウキのため息をさらりと聞き流して神殿の扉のカギを開ける。もちろん木の扉に耳を押し当てて物音がしないか、誰かいる気配がないかも確認済みだ。


「神殿に忍び込むなんて……バレたら怒られるぞ」


「じゃあ、さっさと用事をすませてバレないうちに出ないとな」


「そういうことじゃなくて……」


 と、ぶつぶつ文句を言いながらもユウキは神殿内に侵入、そーっと扉を閉めた。これで共犯だ。こっそりほくそ笑む。


「ほら、ユウキ。くだらないこと言ってないでこっち! ここに立つ! 水鏡をのぞきこむ!」


「くだらないって、お前なぁ」


 あきれとあきらめの混じったため息をもらすユウキの背中をグイグイと押して水鏡の前に立たせた。

 前世の記憶を思い出したあとにスキルが使えるようになった転生者がいたという話は神殿に来るまでのあいだにユウキにもしてある。だから、ユウキも大人しく水鏡をのぞきこんだ。


「なんでアルが俺のスキルにそこまで興味津々なんだよ」


 スキルなしだと言われた十才のときのマイルスの儀では水面が波立って鏡と言えるような状態じゃなかった。でも、今日は水面が凪いで鏡のようにはっきりとユウキの顔を映している。


「俺とユウキ、王族とその乳兄弟はいつでもいっしょ。それがしきたり。慣習。習わし」


「まぁ、そうだな」


「スキルによっては剣を手に取って戦争に行くなんて状況を回避できるかもしれない。戦争に行くことになっても最前線で戦うんじゃなくて後方支援を担当できるかもしれない」


「うん、まぁ、そうだな」


 戦争という単語を聞いただけで水鏡に映るユウキの顔はくもる。そんなユウキの背中を俺はバシバシと叩いた。


「乳兄弟のユウキが戦争に行かずにすむなら末っ子王子の俺も行かないですむし、乳兄弟のユウキが後方支援にまわされるなら末っ子王子の俺も後方支援にまわされることになる」


「うん、まぁ……そうだな」


「剣だの矢だのスキル攻撃だのが飛び交う戦場じゃなく、後方で武器や食料の補給とか負傷した兵の手当てとかテントの設営の指示とかを担当できるかもしれない! スキルによってはこのアーリス城から出ないですむかもしれない!」


「うん、まぁ、そうだけど……」


「俺が戦場で後方支援担当になれるか、なんなら安心安全地帯で引きこもれるかはユウキのスキルにかかっているってことだ! 来い! 後方支援っぽい非戦闘系スキル、来い! 引きこもれるなんか素敵系スキル、来い!」


「まぁ、そうなんだけど! 清々しいほどに最低だな、クソ末っ子王子! 誰もいなくても! ここにいるのが俺だけでも! 少しはネコをかぶれよ! あとイッタイよ、背中!」


 説教なのか怒っているのかあきれているのかわからないユウキの絶叫は聞き流して、俺はバシンバシンと背中を叩きまくる。


 あと少し。

 あと少しでぼんやりと水鏡に浮かぶユウキのスキル名が読めるようになる。


「ユウキのスキルは……ユウキのスキルは……!」


 ユウキといっしょになって俺も水鏡をのぞきこむ。ユウキもごくりとつばを飲み込む。

 水鏡にスキル名がはっきりと浮かび上がった。


 ユウキのスキルは――。


「……〝スーパーのタナカ〟」


「……〝すーぱーのたなか〟」


 水鏡に浮かび上がったスキル名をユウキと俺は同時に読み上げた。凪いだ水面にはきょとんと目を丸くするユウキの顔と、眉と眉のあいだにしわを寄せる人形のようにかわいらしい俺の顔が鏡のようにきれいに映し出されている。


 ……って、いうかなんなんだよ。


「スキル〝すーぱーのたなか〟ってなんだよ!? なんなんだよ!!?」

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