第3話 スキル? なんで?

「ユウキ、いる?」


 納屋の扉を開け、ネコをかぶったまま声をかける。納屋の中にユウキ以外の誰かがいる可能性もなくはない。

 この納屋には馬の寝床にするためのわらがつまれている。それを城内で暮らす犬やネコも寝床として使っている。

 それから――。


「……アル」


 今日なんかは俺が寝ているあいだに部屋を抜け出したユウキも使っていたりする。

 わらの上で丸くなっている犬たちの中でも一番体が大きくて、茶色の毛がふっさふさで、抱き心地抜群なのがテディ。そのテディの首にしがみついていたユウキがゆっくりと顔をあげた。

 広くはない納屋の中にいるのは犬とネコとユウキだけ。他の人間の姿はない。


「見つけたぞ、ユウキ」


 かぶっていたネコをさっさと脱ぐと俺は腰に手をあててユウキをにらみつけた。


「末っ子王子とは言え王族である俺に迎えに来させるとはいい度胸だな」


「探した?」


「まさか。ここでテディの首にしがみついていることはわかりきっているからな」


「……つまりついさっきまで寝てたってことか。いいかげん俺が起こさなくても朝食の時間までには起きられるようになれよ、アル」


「えらそうに説教するな」


 フン! と鼻を鳴らしてみたけど心の中がざわざわして落ち着かない。言ってることはいつもどおりだけどユウキの声にはやっぱり元気がないのだ。


「お前が起こしてくれなかったせいで朝食はとりそこねたし、宿題をやる時間もなくなった。まったく。散々だよ」


「いや、だから自力で起きろよ。宿題だって昨日の夜のうちにやっておけばよかっただろ」


「ユウキがずっとうなされてたからうるさくて勉強どころじゃなかったんだよ」


「うなされてた?」


 ユウキはオウム返しにつぶやいた。かと思うと表情をくもらせ、再びテディの首に顔をうずめてしまった。

 多分、きっと、うなされていた原因を思い出してしまったのだろう。

 ユウキにしがみつかれたテディはふっさふっさとうれしそうにしっぽをふっている。でも、いつまで経ってもユウキはなでてくれないし顔をあげもしないものだからしょんぼりとしっぽを下げてしまった。


「なんでうなされてたんだよ」


 ユウキの代わりにテディの頭をくしゃくしゃとなでながら尋ねる。


「怖い夢でも見たのか」


「夢っていうか……思い出したんだ、昔の記憶を」


「昔の記憶?」


 わずかに顔をあげたユウキがこくりとうなずく。そんなユウキのほほをテディがべろんとなめた。


「なんて言ったらいいんだろう……」


 テディに励まされて少し元気が出たのか。もうちょっとだけ顔をあげたユウキがえり首をぽりぽりとかいた。

 考え事や困り事があるときの、小さい頃からのユウキのクセだ。


「〝ネコをかぶれ〟ってたまにアルに言うだろ?」


「しょっちゅうな」


 と、言い返しながらうなずくとユウキはじとりと俺をにらみつけた。口うるさくさせてるのは誰だと暗に責めているのだ。

 澄ました顔でユウキの無言の説教を受け流し、続きを話せとあごでうながす。渋い顔になったユウキだけど、あきらめたようにため息をついて話を再開した。


「〝ネコをかぶる〟ってのは俺が住んでた日本って国で使われてた言葉なんだ」


「ニホン?」


 俺もユウキも生まれてから一度もリグラス国を出たことがない。そもそもニホンなんて国、聞いたこともない。


「この世界にはない国……だと思う。俺はその世界の日本って国で小学校に通ってて、紺野 佑樹って名前で……」


「ショウガッコウ? コンノユウキ?」


「うん、そう」


 聞きなれない単語ばかりだ。眉間にしわを寄せる俺を見てユウキはまたぽりぽりとえり首をかいた。


「うまく説明できないし、こんな話、信じられないかもしれないけど……本当なんだ。俺は昔、こことは違うどこかで生きてて……それで……」


 ユウキの声がどんどんと小さくなっていくのを聞きながら俺はため息をついた。

 まったく――。


「別に信じないなんて一言も言ってないだろ。末っ子王子とはいえ王族である俺を……お前の乳兄弟である俺をなめすぎだ」


 それにユウキの言うことだ。信じるに決まってる。


 ――戦争なんてイヤだ!

 ――あんな思い、二度と・・・したく……な、い……!


 昨日、ユウキがそう叫んで倒れた時から可能性の一つとして考えていた。


 このリグラス国と隣国グリーナの関係は昔から悪いけど、ここしばらく直接的な衝突はなかった。俺とユウキが生まれてからずっと戦争と呼ばれるような出来事は起こっていないのだ。


 それなのに、ユウキは〝二度と〟と言った。

 まるで経験したことがあるみたいに。


 それはつまり、俺より数か月早めに生まれて、俺といっしょに大きくなって、乳兄弟の兄担当みたいな顔して口うるさく説教するユウキじゃなく、別の誰かの経験がユウキの中にあるということ。


「前世の記憶を思い出したってことだろ」


「前世……?」


 フン! と鼻を鳴らす俺を見上げてユウキはきょとんと目を丸くした。


「転生者って言うんだよ、お前みたいなやつのこと。珍しいけど今までにもなかったわけじゃない。俺のお祖父じい様……前国王の乳兄弟も転生者だったらしいしな」


 大っぴらにはしていないけど機密事項というわけでもない。

 メイおばさんから〝ここだけの話……〟と教えてもらったことがある。一番上の兄にも聞いてみたことがあるけど、こちらもいろいろと教えてくれた。


「ユウキがうなされていたのは前世のイヤな記憶を夢で見ていたからか」


 ユウキはこくりとうなずいた。


「剣の練習に行きたくない、戦争に行きたくないなんて言い出したのも前世の記憶が関係しているのか」


 ユウキはまたうなずいた。

 かと思うと顔をゆがめ、口元を押さえた。吐きそうになるほどの光景を思い出してしまったのかもしれない。


「アル、ごめん……これ以上は……」


 吐き気が少し落ち着いたのだろう。そう言って再びテディの首に顔をうずめるユウキを見下ろして俺は金色の前髪をくるくると指でいじった。


 戦争なんてイヤだ、あんな思いを二度としたくないと叫んで気を失うような記憶。うなされるような、吐きそうになるような記憶。ユウキが思い出した前世の記憶とはどんなものなのだろう。

 気にはなる。知りたいと思う。

 でも、それ以上にこんな状態のユウキを見ていたくなかった。


 何かないだろうか。ユウキの気をそらすなりまぎらわせるなりできる何か。

 まったく別の話題ではだめだ。気を使っているなんて思われるのはしゃくだから。


 何か。

 何か――。


 リグラス国国王である父親ゆずりの金色の髪をくるくるくるくると指でいじっていた俺はふと手を止めた。

 そういえばメイおばさんと一番上のアシュリー兄様が言っていた。


 ――ここだけの話ですけどね、転生者は特別なスキルを贈られてこの世界に生まれてくるんですって。

 ――お祖父様の乳兄弟殿も、他の転生者も、前世の記憶を思い出すまではスキルなしだったそうだよ。


 十才のときに神殿で行われる〝マイルスの儀〟。

 そのマイルスの儀でこの世界、この国の子供たちはスキルがあるかどうかを調べる。神殿の水鏡をのぞきこむとスキル持ちはスキル名が浮かび上がり、スキルなしは波紋が広がるのだ。

 俺もユウキも十才のときにスキルなしと言われた。


 でも――。


「……今のユウキならスキルがあるかもしれない」


「スキル? なんで?」


 転生者らしいけど俺よりも転生者について詳しくないユウキが顔をあげて首をかしげた。でも、今は教えてやらない。

 俺はにやりと笑うと、


「神殿に忍び込むぞ、ユウキ!」


 ユウキの腕を引っ張って走り出したのだった。

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