第40話 ウインドウショッピングとインスタ映え

 きらきらの洋服を身にまとって、渋谷109をぶらりと散策。私たちは、背筋をぴんっと伸ばして歩けていた。


 もはや都会のおしゃれオーラにも負けていないし、自分たちのペースで会話もできていた。


 ただし店長さんから借りた洋服のお値段を知っているから、あんまり調子に乗るわけじゃなくて、身のほどをわきまえていた。


 まぁ外面をどれだけ取り繕っても、中身は千葉市の庶民というわけで。


 私たちは渋谷109の冒険を終わらせるために、吉川さんの希望通りスイーツのお店に入った。


 吉川さんは、すっかり現代のことを理解していた。


『なるほどねー、お店の内装と雰囲気で選ばれてるんだ。たしかこういうのを、インスタ映えっていうんだっけ?』


 さすがに吉川さんはギャルをやっていただけあって、流行を噛み砕くのが早かった。


「もし吉川さんが現代を生きてたら、インスタ映えにもあっさり適応したんでしょうね」


 私が褒めたら、吉川さんはぐるりと店内を見渡した。


『たぶん適応したと思うけど、でも積極的に写真を撮るとしたら、地元の花壇とか野良猫だと思うよ。あたし、渋谷には憧れてたけど、住みたいとは思ってなかったから』


 見た目と違って、乙女な内容にびっくりしてしまった。


 真奈美ちゃんが、小さく手を叩いて同意した。


「わかりますぅ。わたしもスマートフォンで撮っているのは、お花と野良猫さんですぅ」


 真奈美ちゃんは、スマートフォンの画像フォルダを見せてくれた。本当に野花と野良猫ばかりである。


 とくに野良猫がいい。撮影場所はなんとなくわかるから、私も撮ろうかな。


 シカコも、画像フォルダを展開した。


「あたしは、自分で作った料理の写真ばっかりだな。誰かに見せるっていうより、自分の実力がどれだけ上がったのか知りたくて、画像で残してる」


 どの料理も、栄養素と食べやすさ重視であった。もっと俗っぽくいえば、肝っ玉かーちゃんが子供たちに食べさせる料理の絵面である。


 とてもではないが、若い女性が愛しのカレシに食べさせる料理じゃないだろう。そういう意味ではシカコらしかった。


 彩音ちゃんの画像フォルダは、ご存じのとおりサイクリング関連だ。


「ボクはスマートフォンを使い始めて間もないから、サイクリングの風景ばっかりだね」


 どの写真にも、房総半島の大自然が映っていた。あまりにも爽やかすぎて、目が溶けそうになる。


 でも大自然をサイクリングする楽しさは、いまの私ならわかるかもしれない。


 柳先生は、スマートフォンを隠して、画像フォルダを展開しなかった。


「わたしは気にしないで。ソシャゲのスクリーンショットばかりだから」


 ゲームの画像だらけっていうことも、それを隠したがることも、すごく柳先生らしかった。


 じゃあ、私はなにを撮影しているのかといわれると、事務的な内容ばかりだった。


 授業の日程表、受験に役立つ英単語、電車の乗り換え案内……どれもこれも役立つ情報ばかりだ。趣味的なものは一切ない。


 私の画像フォルダを見て、シカコがげらげら笑った。


「なんだよこれ、教室のうしろにある掲示板じゃないか」


 そ、そんなことは……あるなぁ。たしかにこれは教室の掲示板だ。連絡事項のプリントとか、保健室の発行した熱中症対策とか、季節のおたよりとか貼ってあるの。


 もしかして私ってば、味気ない人間なのかしら。


 ちょっと焦る私に、吉川さんが古臭いキメポーズでいった。


『サカミっちもさ、なんか一つぐらい趣味があるといいよ。インスタ映えするお店で、スイーツの食べ歩きとかでもいいじゃん? もうすぐあたしは成仏しちゃうから、あたしの見れなかった光景を、ぞんぶんに楽しんできて』


 未来を感じるアドバイスだった。だがそれは、吉川さんの叶わぬ願望でもあった。


 もし吉川さんが現代まで生きていたとしたら、明るくてステキな人生をすごしていたんだろう。


 きっとそこには柳先生との友情もあって、私たちがうらやむような旅行だってあったに違いない。


 私は、吉川さんの人生設計が気になったので、おもいきって質問してみた。


「吉川さんは、どんな大人になりたかったの?」


『自分の子供に尊敬される大人だよ』


 吉川さんが、どんな人間なのか、すごくよくわかった。


 見た目こそギャルだが、地元を愛する堅実な女子だった。


 たとえすでに死んでいたとしても、子だくさんの幸せな家庭を想像できた。


 とても立派な生き様だと思う。


 じゃあ私は、生きているのに、立派なんだろうか?


 立派ではないような気がする。でも落ち込むところではないんだろう。


 もし私が自分自身を立派じゃないと思ったなら、ちょっとずつでいいから改善していけばいい。


 生きているんだから、いくらでも時間はある。


 大切なことは、自分自身を諦めないことだ。

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