第39話 ファッションを追いかける理由とは、背筋が伸びる瞬間である

 私たち世治会メンバーが、渋谷109に圧倒されているとき、見ず知らずの第三者から助け船が入った。


 大人の女性向けブランドを扱う店長さんだった。


「すごいじゃん! その制服の着崩し方、わたしたちの青春そのもの! よく現在の109に、二十年前のスタイルで入ろうと思ったね、えらいよ」


 どうやら店長さんは、吉川さんや柳先生と同年代らしい。つまり元平成ギャルだ。いまでは店長らしいかっこいいスーツを着ていて、いかにも仕事ができそうだった。


 吉川さんは、いつもの古臭いキメポーズをしながら、こう返した。


『あたしの青春を、ちゃんと最後までやり遂げるためだよ』


 未練があってさまよう幽霊だから、この意見になって当然だ。


 しかし店長さんは幽霊という情報を知らないから、『吉川さんが若いころの青春をやり直すために一念発起した』と受け取ったらしい。


 まるで一つの時代を生き抜いた戦士みたいな顔で、当時の渋谷について語った。


「そうだね、あのころは、本当に良かったもんね。渋谷の街全部が109みたいな雰囲気で、どこにでもギャルがいた。それがいまじゃ、わたしたちのほうが見世物になってる」


 その視点はなかった。そういわれてみれば、渋谷109を利用するようなおしゃれさんのほうが、街中を歩くと目立つんだ。


 実際、私たちがおしゃれさんのプレッシャーを感じたのも、渋谷109に入ってからだ。


 ただ渋谷の街を歩くぐらいじゃ、ありふれた都心ぐらいにしか感じなかった。


 もしかしたら、おしゃれというのは、使いどころを間違えると諸刃の剣になるのかもしれない。


 平成ギャルの吉川さんも、当時と現代の渋谷について、一家言あるようだ。さきほど撮ったばかりのプリクラを、聖なる宝物みたいに持ち出した。


『プリクラの流行も終わってた。スマートフォンとかいう便利な機械もある。でも、あたしの人生のやり残しに付き合ってくれる仲間は、かつての渋谷と同じぐらい、ピカピカに輝いてるよ』


 吉川さんの生きていた時代は過去のものだけど、友情だけはどんな時代でも尊い。


 その通りだと思う。だって私たちと吉川さんは、まだ一日ぐらいしか一緒にいないけど、ちゃんと友達になれたから。


 私は腹黒だけど、友情という形のない宝物の大切さは知っていた。


 もちろん私だけじゃなくて、シカコも、真奈美ちゃんも、彩音ちゃんも、みんな友情の尊さを知っているから、世治会メンバーとして渋谷の冒険を楽しめていた。


 元ギャルの店長さんは、私たちの友情に、ジーンと感動したようだ。


「年を取ったら、涙もろくなっちゃって……ねぇ、あたしと同い年ぐらいのあんた、ずいぶん年の離れた友達がいるみたいだけど、大切にしなよ。大人になってから、こんなバカに付き合ってくれるやつなんて、本当に貴重なんだ」


 もしかしたら店長さんは、平成ギャル時代の友達が残っていないのかもしれない。


 だがそれは店長さんの人徳の問題ではなく、どんな大人でもありふれた経過だ。


 うちの両親も、学生時代の仲間と会うことなんて、ほとんどない。


 きっと働くようになって、自分の家庭を持つようになると、他のことにリソースを割けなくなるんだろう。


 いつかは私も大人になって、世治会メンバーと疎遠になるんだろうか。


 そんな寂しい未来は想像したくないが、人生は難しいから何が起きても不思議ではない。


 だからこそ、いまこの瞬間を楽しんだほうがいい。


 どうやら店長さんも、私と似たようなことを考えていたらしい。吉川さんの体型を、プロの目でチェックした。


「あんた、もう十分に平成ギャルをやり直したんだから、これから109を歩くときは、うちの店の服を着なよ。アラフォーでも似合う服、取り扱ってるからさ」


『えっ、あたしが、大人向けの服を?』


「そう、平成ギャルもいいけどさ、自分の年にあわせたファッションも超いい感じだからね」


 こうして吉川さんは、今風のアラフォー向けファッションに着替えた。メイクも今風にしたので、すっかり都内で働くOLの見た目になっていた。


 元々の素体が柳先生なのに、プロが衣装を揃えるだけで、こんなにも垢ぬけた見た目になるなんて。ファッションって本当に不思議だ。


 さらに店長さんは、私たち女子校生組を店舗の裏に招いた。


「若い子たちにも、うちの店の若者向けを貸してあげる。これ全部、マネキンに飾る用で、お客さんには売らない予定だから、帰るときに返してくれればいいよ」


 店長さんは粋な人であった。


 断る理由もないので、私たち女子校生組も、最新のファッションに身を包むことになった。


 全身鏡を見てびっくりだ。私ですら、そこそこかわいくなるんだから。


 元々かわいかった真奈美ちゃんは、さらにかわいくなった。


 元々かっこよかった彩音ちゃんは、さらにかっこよくなった。


 ではタヌキみたいな顔で、ブロッコリーみたいな頭をしたシカコがどうかといえば、それなりにかわいくなっていた。


 たとえそれなりであっても、お下品なシカコがプラス評価になるんだから、ファッションの力は凄まじいものがあった。


 シカコは、私のカカトを軽く蹴った。


「なんだよサカミ、文句があるならいえよ」


「文句じゃないわよ。シカコですら可愛くなるんだから、おしゃれってすごいんだなって」


「やっぱバカにしてんじゃないか、サカミだって微妙な顔のくせに」


「うるさい、微妙な顔の自覚はあるから、ほっといてよ」


 キツネ顔の私と、タヌキ顔のシカコが、低レベルの争いをしていると、店長さんがくすくす笑った。


「大丈夫よ、二人とも。十分にかわいいから、109を楽しんできて」


 店長さんにお墨付きをもらったら、私とシカコの不安が吹き飛んだ。


 もしかして、私みたいな不細工でも、花開く瞬間があるとか?


 そう思ったら不思議なもので、なぜか背筋が伸びた。


 あぁ、いまようやくわかった。世間のおしゃれに命をかける女の子たちは、この背筋が伸びる瞬間を味わうために、流行を追いかけているんだ。


 私の場合、毎日渋谷109のノリで生きていくのは無理だけど、どこかでハレの日を作って、その日だけおしゃれして旅をするのもいいのかもしれない。


 となれば、やっぱり体力が必要になるので、朝早く起きてジョギングしたほうがいい。


 本日の東京大冒険は、人生の収穫が多いようだ。

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